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38話 結果


 武術大会は軍人家生徒にとって散々な結果に終わった。


 初戦敗退はエミールのみならず、軍人家生徒全てに等しく()し掛かり、その内容も一様に(かんば)しくない。

 エミールのように相手と打ち合えたのは稀で、大半は数回避けるのが精一杯。結局最後は一撃で沈んでしまうのだが、中には開始数秒の一瞬で勝負を決められた試合もあった。


 なお今回の優勝者は王太子シャルル。並いる騎士、貴族の子息子女を次々打ち破り、近衞騎士の嫡子テオドールとの決勝も制しての優勝だった。不正や忖度(そんたく)を勘繰る余地もない文句無しの試合振りだと評判である。


 このように大会を通して、シャルルを筆頭に騎士や王侯貴族の実力が大いに誇示され、よりその地位を不動とした一方、軍人一族は彼らに大きく劣るとの認識を色濃くさせた。

 つまりこの武術大会がもたらしたものは、上流階級と軍人のより深い分断、そして軍人に対する世間の侮蔑の悪化だけだった。軍人からすれば軍事演習廃止に続く一方的な大損であり、軍の存在意義が更に揺らぎかねない結果だ。


 当然エミールはその旨を大会後にセリアへ密書で伝えている。皮肉たっぷりに。


 ──今大会にて我ら軍人一族が、騎士及び貴族方の“引き立て役”として御役に立たせて頂き、大変光栄なる思いであります。ひとえにシェグラン公爵令嬢たる貴女様のおかげであり、高貴なる者の優越を世間に示し、平民を祖とする我々軍人とは違うのだと宣伝する目的も大いに果たせたことでしょう。


 といった具合で慇懃(いんぎん)であるが故に強烈な嫌味が、これでもかとぶち込まれた内容である。少々大人気(おとなげ)ないと自分でも思いつつ、それでも軍人家の立場から言うべきことは譲れなかった。


 それにゲームストーリーを(かんが)みても、軍の弱体化や騎士との分断はよろしくないと、エミールは考えている。

 ゲーム終盤ではシナリオ分岐によって隣国の侵攻が始まってしまう。ストーリー上はメインキャラ達と騎士団の活躍で敵を撃退しているが、実際には王国軍の存在もあった筈だ。それを踏まえて勘案するに、軍部と騎士団に大きな溝が出来てしまうのは、いくらストーリー通りにいったとしても、まずい結果を招かないだろうか。

 この懸念も合わせて先の密書に(したた)めていたが、果たしてどこまで理解が得られるかは不透明。大会の結果もあって、エミールは憂鬱なまま学園生活を再開した。


 当然と言うべきか学園内で交わされる会話は、先日の武術大会のことばかり。各々好みの生徒の活躍振りを賑やかに語り合っている。

 昼休みになれば食後に学園中庭で、ルイに加えてフィーユを交えた団欒(だんらん)となり、やはり武術大会が話題になった。


「武術大会、凄かったですね。特に中盤戦以降がもうはらはらの連続で、皆さんとてもカッコよく戦って、流石は騎士になられる方々だなぁって」

「フィーユさん……」


 フィーユの無邪気な言葉に、黙りこくったエミールは紅茶へ口を付け、ルイが(たしな)めるように彼女の名を呼ぶ。そこまでされて初めてフィーユが「あっ」と小さく声を上げ、気まずそうな顔でエミールを見た。


「ええ、ええ。全く素晴らしい大会でしたよ、我ら軍人に身の程を弁えさせるに足る催しでしたとも」


 ティーカップを卓上に置くと唇を嘲笑に歪め、投げやりに言い捨てる。

 流石のフィーユも掛ける言葉が見つからないようで、視線を落としたり顔色を伺うかの如くちらりとこちらを見たりを繰り返した。ルイも同様らしく、気まずさを埋めるためか何度も紅茶を口に運ぶ。だがその中身は頻度(ひんど)の割に、一向に減っていないように見えた。

 会話の途切れた間が更に沈黙を呼び寄せ、全員の口蓋(こうがい)をより重くさせていく。


 すっかり場の空気が冷え込んでしまったところへ、突然第三者の声が飛び込んだ。


「あら、随分な御身分の殿方が特待生とお茶会の真似事ですの?」


 顔を向ければ、貴族令嬢らしき長髪の女子生徒が護衛のような男子生徒二人を連れて立っていた。見知った顔が無いため、全員上級生と思われる。

 小さな茶会にずかずか乗り込んで来た一行は、目の前で仁王立ちするなり、堂々と言い放つ。


「フィーユさん、このような人達に付き合わされてさぞ御迷惑でしょう。さあ、私達とあちらへ」


 名乗りもせず平然と言ってのけた彼女が指し示す方には、御令嬢方の集まる一角が。しかし桃色髪の少女は、唐突な展開に付いていけてない様子でぽかんと固まっている。

 見かねたらしいルイが間に入った。が、二人の男子生徒は止まらなかった。


「挨拶すらせずにいきなり何用でしょうか?」

「特待生に言い寄るお前らが何を言うか!」

「そうだ、フィーユ嬢の迷惑も考えず毎度のように付き纏って。彼女の気持ちも考えろ!」


 ──あーこれ、反セリア派の連中か。フィーユの囲い込みに来たんだろうが、今更なんで……。


 喚き立てる相手を冷たく観察していたエミールだったが、疑問の答えはすぐに察することになった。


「未来の聖女様に近付くな、ひ弱な“騎士落ち”と闇魔力持ちの分際で!」


 この物言いでピンと来る。

 以前は闇の魔力持ちであるルイの存在とエミールの軍人家系という荒事に強い立場が、一定の抑止力として機能していたのだろう。

 これまで学園生徒の軍人家への評価は「騎士落ち」という蔑称が表すように、騎士より弱く下賤(げせん)な存在だが、それでも一般より荒事には慣れているといったもので、中小貴族の令嬢や文官一族ぐらいの相手なら十分な牽制となっていた。

 だが、武術大会によって軍人家への見方が悪化し、生徒がより侮るようになったことで、最早「吹けば飛ぶようなもの」程度と思われてしまったに違いない。もっと言ってしまえば、学園生徒からすれば軍人家出身の生徒など「雑魚(ザコ)」でしかないのだろう。


 加えて、ルイが軍人家生徒と近しいことは、既に学園内ではそこそこ知られている。それ故に、彼女らのような生徒の目には、“騎士落ち”と同類であるかのように映り、その同一視からルイのことも侮っているのかもしれない。


 エミールとしては、軍人という腐っても上流階級に属する人間の義務「面子を守る」を履行するべく、「舐められたらぶちのめせ」を──流石に暴力ではなく威嚇で──実行したいところだった。

 が、相手はどう見ても年上で高位の貴族令嬢とその腰巾着。挙句に公爵令嬢セリアへの対抗意識を持つより上位の貴族家子女達が、後ろ盾(ケツ持ち)として控えている。あまりにも分が悪い。

 ここで張り合っても損をするだけで、自分どころかルイの立場も悪くなるばかりなのが目に見えている。そもそも、元より近付くつもりではなかったフィーユのためにそこまでする義理も意思も無いのだ。


 早々に形だけの白旗を揚げてこの場を収めよう。と思ったその時である。


「あー……その」

「面白い組み合わせですけれど、皆さん何の集まりで?」

「やあ、ああ(かしこ)まる必要は無い。今は彼女も私も一生徒に過ぎないからね」


 気品ある二つの響きに思わず目を剥く。金糸の長髪にエメラルドの瞳。シェグラン公爵家令嬢セリアが優雅に歩み寄ってきていた。彼女の隣には、亜麻髪に碧眼の彫刻じみた美形──王太子シャルル。背後には赤髪の若き騎士テオドールと眼鏡を掛けた青年……次期宰相候補と評判の大貴族子息までいる。

 将来の国家中枢が半ば揃ったようなまさかの状況に、エミールらも反セリア派令嬢達も固まってしまう。その隙を突いてか、セリア一行が両者の間へ割って入る。

 貴族令嬢と取り巻きの男子生徒の三人組が、はっと再起動を果たすものの、相対する面々には二の句も告げぬ様子で(こうべ)を垂れた。


「で、殿下に並び皆様御機嫌麗しゅう……わ、私はこれにて、無作法ながら失礼させていただきます」


 震え声でそう言い残し、彼女達は決して走っているわけではないが、脱兎の如くという表現が似合う逃走を見せた。呆気ない幕切れに、エミールは鼻白らむ。


 ──助かったのは事実だが……面白くはねえな。


 そう思いながらルイと共に椅子から立ち上がる。流石に王太子とその婚約者の前で座ったままなのはまずい。フィーユも遅れて身を起こす。

 やがて、逃げる彼女らの背を見送ったセリアが振り返った。エミールの顔を見て一瞬彼女の表情がぴしりと引き()ったが、すぐさまフィーユへ笑みを向ける。


「大丈夫でしたかフィーユさん。災難でしたね」

「いえ、私は何とも。それよりお二人が悪く言われたのが」


 そう言ってフィーユがエミールとルイへ気遣うような視線を送った。これにルイが気にする必要はないと首を振り、エミールも平然と振る舞う。


「こちらこそ何ともありません。あの程度、慣れたものです。武術大会のおかげで益々耐性が付きそうですがね」


 そうセリア達への皮肉を口にするも、彼女らの反応は何もなかった。代わりにセリアはフィーユとだけ言葉を交わす。


「またあのようなことがあってはゆっくりできないでしょうから、私達と同席しませんか?」

「それは……」


 再びフィーユがこちらに視線を向けた。が、笑みの仮面を見せてやると(ひる)んだように口をつぐむ。


「どうぞ、お構いなく。第一、我らと貴女は今までがあまりに近過ぎたのです。御自分の立場を(かえり)みる時が来たというわけですよ」

「立場って……」

「先程の御令嬢や先輩方が仰っていた通り、貴女は今代の聖女と評判の治癒魔術の使い手。卒業後は教会であれ医学の道であれ、あるいは他の道に進むにしろ将来は約束されています。大貴族が養子として積極的に迎えることも想定される。それだけの人間なのですよ貴女は」


 ──私のような平民上がりの一族と違ってね。


 拒絶にも似た言葉を最後に吐く。言った直後、フィーユの衝撃に歪んだ表情を見て良心がずきりと痛むも、それ以上何も言わず沈黙を保った。

 彼女だけではない。ルイに対しても若干の申し訳なさが湧く。せっかく交友の輪が広がったというのに、それを引き裂くに等しいことを言い放ったのだ。

 だがやはり、反セリア派を中心にフィーユへ近付こうとする者達が今後も現れ続けることを思えば、彼女との距離は考え直さねばならない。


「……でも」


 フィーユが口を開く。ところが昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響き、強制終了と相成った。


「あら、もうこんな時間ですか。フィーユさん、お茶はまた次の機会に致しましょうか」


 セリア達が午後一番の授業に備えてその場を去っていく。エミールとルイは、気まずい沈黙の中でフィーユと会釈を最後に別れ、セリア一行へ続くように校舎へ向かう。

 校舎と中庭を繋ぐ空間である回廊に足を踏み入れながら、エミールは(おもむろ)に謝罪を口にした。


「すまん、ルイ。フィーユ嬢との付き合いを断つような真似をしちまった」

「え? あ、うん。別にいいよ、エミールがそうするべきだって決めたことだし」


 あまりにもあっさりした答えに、唖然とする。


「え……彼女とは結構仲良さそうな感じだったが、いいのか?」

「確かに魔術関連の話はまあまあ盛り上がるけれど、強いて言えばそれだけだし」

「いやでも毎度笑顔で随分親しくしてたじゃんか」

「だって、女性には敬意を払わなきゃ。無碍(むげ)にはできないよ」


 ──育ちがしっかりしてらっしゃる! って宮廷の教育係に養育されたんだった。あれ? なら俺が気遣ってるつもりでフィーユとの付き合いを続けさせてたのって余計なお世話だった?


 フィーユを巡る今回の小さな騒動は、まさかの結果に終着した。


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