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35話 ファンタジーと現実


 ある日の放課後。学園の中庭に置かれた四阿(あずまや)にて、金糸の如き長髪を黒のリボンで纏めた令嬢が紅茶を口にする。

 唇を離れた白磁のカップが卓上のソーサーへ置かれ、公爵令嬢セリアは笑みを深めた。


 ──エミールの頼みを叶えられて良かった……流石に軍部へ大規模な臨時予算を回すとなると、いくら公爵家の力を駆使してもまず無理だもの。


「上手くいって良かったわ」

「そうだね。各地で軍の兵舎を整備する予算を確保するなんて、かなりの難題だったけれど、確かに必要な事だった。セリアの提案のお陰で無事成立出来て本当に良かったよ」


 隣から清らかな響きが耳を通る。亜麻色の髪にサファイアのような碧眼の美青年、王太子シャルルがセリアヘ笑顔を向けていた。

 しかし、シャルルとは反対方向より低めで力強い声がセリアの耳朶(じだ)を打つ。


「しかし都市部での兵士と住民の衝突を防ぐために、都市在住の兵士を郊外へ移すという案、そしてそれを行うための予算を都合する策、よくぞ思い付いたものだ」


 短い赤髪に似合う快活な微笑を浮かべた好青年が、シャルルに続いてそう声を張る。近衛騎士子息テオドール・ガルディアンの賞賛に、セリアは小さく苦笑し首を振った。


「兵舎の整備は私が考えたものじゃないわ」


 元々兵舎の整備とその必要性を訴えたのはエミールであり、彼の父親を通じて軍部へ、そして軍部から宮廷に話が上がっている。

 セリアは宮廷での議論を前に、国王へ意見を奏上(そうじょう)したに過ぎないと自身では思っていた。


「ですが詳細を詰めて、なおかつ予算を確保する妙案を練り上げたのは貴女です」


 唐突に会話へ割り込む落ち着いた声色に目を向けると、眼鏡を掛けた青髪の学生が読んでいた本を閉じながら、にこりともせずこちらを見つめていた。琥珀(こはく)色のやや鋭い眼差しには深い知性を感じる。


 彼はシャルル、テオドール同様、乙女ゲーム『クリスタル・コシュマール』のメインキャラクターである。大臣を輩出してきた宮廷貴族重鎮の家柄で、いわゆる女性向けファンタジー作品における次期宰相候補キャラだ。

 低級竜(グラウリー)の騒動後、特務パーティが結成された際にセリアの下へ現れ、以後シャルルとテオドールに加わる形で度々行動を共にしている。


 その青髪の青年が、眼鏡の中央を指先でくいっと持ち上げて位置を改めながら言う。


「多額の費用が掛かっていた軍事演習を取りやめ、代わりに学園で武術大会を開くことで、軍の予算を削減しつつ他国への牽制を維持する。そんな非凡な発想、宮廷貴族の誰も思い付かないですよ」


 賛美の言葉に、セリアは洋扇を開いて口元を隠す。


 ──実はそれ、主人公が悪役令嬢に転生する漫画にあった『武術大会を開いて、費用の大きい軍事演習の代わりとする』というのをそのまま使わせてもらっただけなのよね。


 気まずさを扇子で覆い隠し平静を装うセリアの内情など知る(よし)もなく、シャルルが声を弾ませた。


「軍部の予算拡大を請求する声には宮廷もほとほと困っていたから、この案はまさに渡りに船だったね。皆セリアに感謝してたよ」

「あいつら軍人は何もしないくせに、声だけはデカいからな」


 テオドールの呆れ顔にシャルルは微苦笑する。

 

「まあまあ、軍人達は騎士や貴族ほどの収入がないから何をやるにも国庫に頼らざるを得ないんだ。仕方ないさ。でもこれで、彼らにとっても負担が大きかった演習を廃止しながらも演習の存在意義だった他国への牽制はそのまま残し、更にそれで浮いた予算で兵舎を整備出来る。いいこと尽くめだよ」


 彼の言葉に眼鏡の青年もその通りだと頷いた。


「ええ、そして武術大会も学生主体であることで、経費を抑えつつ我が国の人材の優秀振りを国内外に広め、国民に将来への安心を、他国には我が国に隙はないのだとアピールできます」

「だな、俺の腕前を披露すれば隣国もビビって手も出せなくなるさ」


 その和気藹々(わきあいあい)とした光景に、扇を閉じたセリアは微笑む。そしてふっと一度瞳を伏して、思う。


 これでエミールの言っていた兵士と住民のトラブルは無くなる。それに武術大会でエミール達軍人生徒も実力を評価される道が開けた。後は貴方の努力次第──。

 彼女はそう自身と同じ転生者である彼へ思いを馳せた。




 学園中庭で穏やかな茶会が行われている一方、古臭い煉瓦造りの倉庫を会場とした軍事学研究会は──怒号に満ちていた。軍人家生徒らの怒りの矛先はたった一つ。


「演習を廃止って正気かふざけんな!」

「何が武術大会だ! 剣の腕で戦争の勝敗が決まるかっ」

「戦は個人ではなく組織でやるもんだぞ、一騎打ちなんざ何百年時代を逆戻りするつもりだ!」


 エミールも、セリア発案の武術大会に対する非難轟々(ごうごう)を耳にしつつ、面持ちを憤怒に歪めていた。

 隣ではルイが少し青くなって座っている。研究会の異様な空気とエミールの苛立ちに気圧(けお)されているらしい。それでも彼はエミールにおずおず尋ねた。


「やっぱり初冬の軍事演習が無くなるのってマズいの?」

「……ああ、毎年農閑期(のうかんき)に行う演習は練兵と周辺国への牽制を兼ねているが、この国の場合軍が“軍隊であること”を維持する意味も大きい」


 ルイの質問にエミールは怒気を抑えて答える。そして喋っていくうちに落ち着きを取り戻していき、日常の声色で説明を続けた。


「まず、部隊間の連携を(つちか)うのが演習最大の目的だ。それぞれの部隊の訓練は各自で出来るが、部隊同士で足並みを揃えて行動する練習は、演習でしか出来ない」

「それはそうだね、パーティ戦闘だってお互いの連携を確認するには当然一人じゃ出来ないし、ぶっつけ本番で戦えって言われるようなものだよね」


 エミールの怒りが一応鎮まったことに安堵したのか、ルイがいつもの調子で相槌を打つ。


「そもそも所詮(しょせん)軍隊は人の集まりであって一個の塊じゃないからな。部隊の行進だって訓練を重ねてスムーズにいくよう整えるんだぞ、何千、何万の人間が練習無しで一斉に同じ行動が出来るもんか」


 常の口調で言い重ねるが、やはりまた激情がふつふつ沸いて後半は言い捨てるような形となった。冷静を取り戻そうと一度深く息を吸う。


「それに演習は、はっきり言ってしまうと“戦争の練習”だ。ただ戦う訓練をするだけじゃなく、大勢の兵士を動員し、目的地まで行軍させる動員訓練も兼ねている。必然そうするために必要な手続きや補給等の兵站の実践訓練でもある」


 ただでさえ大集団や大量の物資を移動させることにはトラブルが付き物。どんなに想定を重ねて計画を立てても、何かしらのミスやトラブルが起こり、思い通りにはいかないものだ。

 故に演習で経験を積み、課題を洗い出し、対策や体制の改善に繋げていくことで、本番(戦争)に想定外の事態が発生しないよう備える。

 軍事演習にはそういった意味もあった。


 エミールの解説の間にも、怒りに満ちた血気盛んな声が倉庫内に響き渡り続けていた。


「演習が廃止されれば国防力は確実に弱まる。武術大会なんか、他国への牽制どころか時代錯誤と笑われるだけだ、王宮はそれを分かってるのか!」

「抗議だ抗議! 国中の軍人家総出で抗議すれば王宮も無視は出来ない筈だ」

「そうだ! 軍人軽視にはもううんざり、いい加減俺達の力を分らせてやるべきだ! 兵も連れて宮殿に押し掛けてやろう!」


 煉瓦の壁に激憤が鈍く反響し合い、研究会の空気が不穏なものとなっていく。それを一人の上級生が断ち切った。


「静粛に、静粛に! 教官殿が発言される」


 途端に場が静まり返った。即席の教壇に王国軍の軍服を身に付けた(いかめ)しい男が登る。以前、ルイが初めてここを訪れた際に教鞭を取ったあの軍人だ。

 あの時と同じく、糸巻(ボビン)めいた巻毛で埋め尽くされた頭髪の下は、気難しさ一杯の岩のような顔をしている。


「諸君、怒りを覚えるのは無理もない。我々軍部も同じ思いをしておる。演習廃止撤回の求めも既に書面を通し、国王陛下へ奏上済みである」


 じっくりと学生達を見渡した後、再び教官の唇が重々しく動いた。


「諸君らが“不十分だ”と考えていることは分かる。しかし、魔物の活発化と外敵の影が(うごめ)く今、我らが王宮ひいては騎士、貴族と対立し、国防体制に分断を生むことは避けねばならん。それは理解できよう」


 教官の(さと)しに軍人家生徒らはぐうの音も出ず、幾人も視線を落とした。エミールも確かにと怒りを飲み込む。

 最後に教官は大人としての言葉で締め括った。


「そも諸君は未だ学徒の身分である。軍のことは我々現役の軍人に任せ、今は学ぶ者としての本分を全うすべし、以上!」


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