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34話 新たな関係


 フィーユとの邂逅(かいこう)から早一ヶ月。隣国工作員による魔物騒動の衝撃もすっかり落ち着き、学園は完全に日常を取り戻した。

 一方、エミールとルイは学園生活に新たな日常が加えられている。


 昼食のために学園の食堂へ入ると、時折フィーユが同席するようになったのだ。

 最初は以前の礼を改めて述べ、自作のクッキーを食後の茶菓子として贈ってきたのが始まりで、今では時々昼食や食後の紅茶を共にするように。つまりは知人以上友人未満の、親密ではないが浅はかならぬ関係なのは間違いない。


 正直なところエミールとしては、フィーユとある程度の距離を置きたかった。自分達が彼女と近しいと親セリア派に思われたら、面倒事に発展しそうだからだ。

 それにセリアとは転生者同士にして密書を交わす関係である。むしろ反セリア派より親セリア派に近い。

 この二つの理由からフィーユとの関係は浅い方が望ましいのだが、当の彼女は接近に前向きらしい。勘弁して欲しいんだが──などと鬱屈(うっくつ)しつつも、エミールはフィーユの内面を探る機会として、この交流を利用していた。


「へえぇ、ルイさんは自分の影に魔力を溜め込めるんですか」

「うん、()れ物としてイメージするのにやりやすいし、闇の魔力は影との相性がいいみたいでね」


 また意外にも彼女はルイとの会話を弾ませる傾向があった。闇の魔力に対しても、嫌悪どころか素直な興味を見せている。

 彼女が転生者である疑いを念頭に置くエミールからすれば、すわゲームストーリーを知らずにルイの顔目当てで寄ってくる輩かとも思えて警戒していたが、最近はそれも薄れてきた。


 あまりにも純朴(じゅんぼく)なのだ、彼女は。そして時たま抜けている。

 以前、一度自作の菓子を茶請けに持ち込もうとしておきながら、女子寮に忘れてしまい、わたわたと平謝りしたことがあった。それにわざとらしさは全く無く、どこか子犬を思わせて少々和んだ程だ。

 これが本性を覆い隠す演技だとしたら、前世の錚々(そうそう)たる名俳優達でさえ舌を巻くだろう。騙されても仕方がないと諦めがつく。それほど毒気が抜かれる時間だった。


 それもあって既にエミールはフィーユを、ゲーム通りの善良なるも間の抜けているところがある少女との評価を定めつつあった。

 以前令嬢方に詰められていた原因である、彼女と王太子シャルルとの関係も、問題無いことがこの食後の茶事の中で判明している。

 度々シャルルと一緒に居るところを目撃されているとの噂に関して尋ねてみると、あっけからんにこう答えた。


「お喋りしてただけですよ。それに私って平民じゃないですか、貴族だらけのところに飛び込んだ私を殿下は気遣ってくださってるみたいで……え? 殿下のことをどう思ってるかって、優しい人だなぁとしか」


 これを聞いてエミールは確信する。あ、こいつシャルルに恋愛感情向けねえな、と。

 シャルルのことを語る彼女の表情もやや淡白で、恋慕の色など見えない。なんと言うべきか、フィーユにとってシャルルは“親切な人”止まりで終わっているように思える。王太子という肩書きにも興味が無いらしい。だからこそ平然と彼相手に会話出来るのだろうが。


 そんな彼女が王太子の婚約者たるセリアを差し置いてシャルルを横取りしようなどとは、エミールには想像が付かなかった。

 故にフィーユとシャルルの関係は放置しても良いと判断する。もう彼女を警戒するなど、するだけ無駄、時間と精神を損するだけとさえ思う。


 とはいえ、今後彼女が反セリア派に取り込まれる、あるいは既に取り込まれている可能性を考慮すると、やはりこの茶飲み仲間の関係を長続きさせるのは危険と言わざるを得ない。派閥争いに巻き込まれるのは真っ平御免(ごめん)である。


 故に、そろそろ引き際を考えねばとエミールは思っているのだが……ルイがフィーユとの交流にやや好意的な態度を見せたのは完全に想定外だった。

 交友関係の狭い彼にせっかく新たな、それも女子という貴重な出会いを捨てさせるというのは、友人としてどうなのか。かといって、ルイを放って自分だけフィーユというリスクから離れるわけにもいかない。


 どうしたものか。食後の紅茶を飲みながら、二人の会話に耳を傾ける。魔術を話題の中心とした楽しげなそれを聞いているうちにふと、セリアとの文通を思い出した。


 フィーユが親セリア派に詰められていたこと、そして派閥の統制をしっかりしろという叱責の二つを込めた密書の応答には、素直な反省があった。

 元々セリアはゲームストーリーの戦闘イベントに対応するべく自己鍛練を最優先としていたが、そのために公爵家に属する派閥の調整はおろそかとしている。

 多少その自覚はあったようで、軽挙妄動を慎むよう取り巻きと会う度に最低限の釘は刺していたらしい。それでも一部が暴走してしまったことの責任は当然感じているとし、フィーユに謝罪するとも返書に(つづ)られていた。


 流石に公爵家の御令嬢が平民相手に公的な謝罪などするわけにもいかないであろうから、非公式に二人だけの状態でされただろう。それともまだこれから行うのだろうか。

 先の返書を最後に、密書のやり取りはエミールからの一方的な近況報告だけとなっており、現在セリアの状況は噂以外に知り得ていない。


「ところで、例の令嬢三人組にあれから詰められることはなくなったので?」


 ルイとフィーユの会話が落ち着いたところを見計らい、そう口を挟んでみる。彼女はこちらを真っ直ぐ見据えて柔らかく答えた。


「ええ、セリア様が彼女達を連れて謝りに来てくださいました」


 思わず目を見張る。迂遠な物言いも抜きの直接謝罪など貴族としての面子を潰しかねない行為であり、令嬢方もいくら公爵令嬢の要請であっても、容易に首を縦に振れなかった筈だが。


「セリア様、御自分の不手際だと丁寧に頭を下げてくださって、逆に私の方が恐縮してしまいました。次期王妃様であるだけあって、とても素敵でお優しい人でした」


 無邪気に言うフィーユだが、エミールとルイは顔を見合わせる。そしてエミールの方から疑問を投げてみた。


「その……よくあの三人がすぐに頭を下げられましたね。貴族としてそのような行為は易々とするわけにはいかなかったと思うのですが」

「エミールさん相変わらず固いですね。敬語はいいのに」


 彼女はほんの少し唇を尖らせた後、記憶を探るように宙を見つめて語り出す。


「えーと、セリア様は公爵家としての品位が問われるって言ってました。公爵家の下に付く者の品位が疑われてしまえば上の者まで悪評が及ぶと。あと公爵家に付く以上、それに相応しい振る舞いをしなさいと叱っていました。そしたら躊躇(ためら)っていた彼女達も、謝罪してくれて」

「なるほど……」


 フィーユは単にセリアが貴族としての品位を持ち出して(さと)したと思っているのだろう。

 しかしエミールからすればそれだけでなく、セリアは言外に令嬢方を脅してもいる。公爵家の派閥に属する以上、もし今後もみっともない真似をするようなら公爵家は突き放すぞ、と。

 

 ──なんだ、ちゃんと引き締め出来るじゃないか。エミールは胸を撫で下ろす。

 今までセリアはゲームストーリーへの備えに全力を尽くしていたがために、派閥の統制が疎かになっていただけで、手綱を握ればきちんと制御出来るようだ。

 油断は禁物だが、今後は親セリア派の暴走を心配する必要性が低くなったとみていいだろう。


 それにフィーユはセリアのことを一切悪く思っていないようで、彼女を次期王妃だと明言もしている。

 これでフィーユが反セリア派に取り込まれ、セリアへの悪感情を吹き込まれている様子もないことがはっきりした。とりあえず学園内での派閥争いは、一応小康状態となりそうである。

 再びルイと顔を見合わせると、向こうも同じようなことを思っていたのか、互いに安堵の表情を見せ合った。



 フィーユと別れ、午後の授業も放課後の軍事学研究会もいつも通りに終えると、これまた常と同じくルイと共に帰寮。

 食堂で夕食を()り、ルイの魔力操作指導を受けて就寝する──前に、セリアからの密書を受け取った。

 シェグラン公爵家の(オンブル)の一人、ノワールがいつもの暗殺者めいた黒尽くめの格好で現れたのだ。寝る前の用を足した直後に。

 このような突然の訪問にも今では完全に慣れたエミールは、表情一つ変えずノワールの手から取った手紙をその場で開く。


 眼前の隠密の姿が音も立てずに消えていくのも気にせず、密書の内容へ目を走らせた。その中の一文に「おっ」と小さく声を上げる。

 夏期休暇中にセリアへ送った、兵舎整備の臨時予算の計上を公爵家の方から働きかけるよう嘆願した件についての返事が、そこにあった。


 ここのところ忙しく返事が出来なかったとの詫び、フィーユへの謝罪や派閥統制というフィーユから聞いたことと相違無い話。

 その下に、各地の都市郊外に軍の兵舎を建設する予算が確保できると確かに記してある。

 自然とエミールの口角が上がったが、次の文章を目に通した途端、呆気に取られてしまう。あまりの内容に刹那(せつな)の間、脳が理解を拒んだ。


「は……?」


 たったの一文、それだけでエミールの全身が怒りに染まった。


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