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3話 分岐点


 王立学園は王侯貴族の子息令嬢を始め、様々な階層の人間も通うとあって、壮麗かつ広大である。正面広場をコの字で囲う本校舎に加え、その左右にも講堂や倉庫、学生寮などの多数の施設が所狭しと立ち並ぶ。まるで小さな町だ。


 そんな巨大教育機関に一生徒として所属することとなったエミールだが、今のところ学園生活は滞りなく進み、毎日顔を合わせるルイとは、互いに相手へ干渉せず朝の挨拶を交わすだけのぎこちない関係が続いている。

 とはいえ、たとえ前世の記憶が無くても、ルイの扱いは()れ物に触るようなものだったろう。彼の立場があまりにも微妙だからだ。


 エミールは誰もいない学園の廊下を一人歩きながら、独りごちる。


「生まれは王の愛人の子、しかしながら宮廷から追放同然に締め出され、孤立状態。そしてその原因が──」

「この黒魔術師が!」


 突然の怒声がエミールの耳を打つ。声は廊下の突き当たり、左に折れ曲がるその先から聞こえた。

 足音を立てぬよう慎重に曲がり角まで身体を滑り込ませる。壁に背中を張り付け、そっと向こう側の様子を(うかが)うと、三人の上級生らしき学生が一人の男子学生と相対していた。


「闇の魔力を持っている人間が何でこの学園に居るんだ」

「そうだ! 高貴なる我が学園に(けが)らわしい闇魔法使いが在籍出来ると思っているのか!」


 罵声を浴びているのは、見覚えのある美青年だった。ルイだ。エミールは面倒なところに出会(でくわ)したと天を仰ぐ。その間にも学生らの怒気と(あざけ)りの言葉が響いた。


「知っているぞ。公妾(こうしょう)の母親にも捨てられたくせに、体裁が悪いからと王宮から手切れ金をたっぷりもらったんだろ。それで学園の人間を買収して入学したのか、ああ?」


 ヨーロッパ風であるこの世界に、アジア的な「側室」という制度は存在しない。が、一方で側室に似た「公妾(こうしょう)」という、公的に認められた国王の愛人はいる。ルイの母親がそうだった。


 本来であれば、公妾の子も王族に準じた高貴な存在として扱われる。しかし、ルイの場合は生まれ持った闇の魔力により、母親を始め人々から忌避(きひ)された上に、父親である王から認知されないまま学園へ入学する年齢一五歳に達した途端、王宮から追い出されてしまった。

 そのため、彼は“国王の庶子”ではなく、平民同然の──とはいえ曲がりなりにも王の血を引く故に、下級貴族程度の配慮はされる──扱いとなっている。


 エミールは前世の記憶を辿(たど)る。ゲームでも、ルイはその境遇のせいで宮廷だけでなく学園でも孤立していた。ヒロイン(セリア)との出会いが彼を良くも悪くも変えていくのだが、今はまだどこにも居場所が無い哀れな青年でしかない。


 ふと己が身を隠す学園の綺麗な白い壁へ意識が向いた。その汚れ一つない純白とあまりにも対照的な上級生の性根に呆れ果てる。貴顕(きけん)なる貴族や、商人に地主といった中流階級(ブルジョワジー)の子女が通い、騎士や魔術師、官僚を輩出する華美な学園の中身がこんな有様とは、この国の将来はどうなるのか。

 そんなことを思う間にも、廊下の角越しから罵詈雑言(ばりぞうごん)が響き続ける。ため息が一つ、エミールの口からこぼれ落ちた。流石に同情はするが、面倒事は御免だった。そもそも助けようにも、ルイに詰め寄る上級生は見るからに学年だけでなく、下級貴族に分類されるエミールより身分が上なことが感じられる。火中の栗を拾うどころの話ではない。


 その場を人知れず立ち去ろうとしたその時、再び聞くに()えない中傷の声が上がる。


忌々(いまいま)しい闇魔力持ちが。陛下もこんな落とし(だね)が出来ちまってお辛いだろうな! 何で恥も知らずに生き続けてやがんだ」


 これにはエミールも思わず硬直した。かあっと頭が熱くなり、その場から去るために持ち上げんとしていた右足が、向きを変えて床を叩く。たんっ! と小気味良い音が響いた。

 すぐにエミールは、自分は何をしているのかと驚愕(きょうがく)し後悔する。


「何だ?」

「誰かいるのか」


 上級生らの声がエミールの耳朶(じだ)を打つ。エミールの脳が急激に処理速度を上げ、どうするべきかを思考し続けた。

 今からこの場を離れるか? まだ自分だと知られてはいない、すぐに逃げれば誰かが居た程度の情報しか残らないだろう。そうすべきだ、己の身が可愛ければ。だが……それだと、ルイはどうなる? 上級生が彼をこれ以上どうするかは分からない。人の気配に興が削がれてルイを解放するかもしれないし、逆にもっと酷い言葉をぶつけるか、暴力に発展するかもしれない。

 それに、自分が何をされているのか知った他人に堂々と見捨てられた、とルイが感じたら、この先彼は大きな闇を抱えるのではないか。たたでさえ既に闇を宿しているのに!


 そうやって保身と良心、不安が入り混じった葛藤(かっとう)に体を支配されて、その場を動けないうちに、曲がり角の向こうから足音が聞こえてくる。こうなっては今更走り去っても自分の姿をしっかり捉えられてしまう。もう手遅れだった。ええいままよとエミールは迷いを放り出して踏み出す。曲がり角の壁際から廊下の中央へ乗り込んだ。


「あっ、こんなところにいたのか。ルイ! 寮長がお呼びだ、早く来い」


 そう怒鳴るように声を上げると、上級生らに失礼と声を掛けながらするりと間に割り込む。


「お前、一体何やらかしたんだ。一刻も早く寮長殿の元に送り届けなきゃ、ルームメイトの俺まで連帯責任にされちまう」


 そしてルイの腕を掴み、そのまま足早に現場を立ち去った。


「全くなんでよりにもよってこいつがルームメイトなんだか!」


 わざと上級生達に聞こえるように叫ぶ。これならルイを助けに来たとの印象は付きづらいだろう。呆気に取られているルイを引きずり回し、先程の廊下から十分距離が離れたところで、エミールは手を離す。


「あ……えっと……」


 困惑したルイが何か言葉を紡ごうとするが、一向に形を成さない。しかしエミールはそんな彼に構う姿勢を見せずに、言葉だけを投げ付けた。


「じゃあな、一応まっすぐ寮に戻っておけ。さっきの連中に見られるとまずい。俺に迷惑かけんなよ」


 ルイの表情も確認することなく足早に去る。エミールは頭の中で誰に聞かせるでもない言い訳を巡らせていく。


 勢いで助け出してしまったが、ルイとの関係が大きく深まるようなことはないだろう。悲観的に見ても、気まずい同居人からただのルームメイトに進展してしまう程度で済む……筈だ。

 それにあれを放置した結果、寮室の空気と彼の気質が悪い方へ向かうのが目に見えている。彼の闇が増大することを防いだ今回の自分の行動は間違いではない。

 そう思い込みたかった。




「おかえりエミール!」


 その日の授業を終えて寮に戻ったエミールの前にあったのは、はつらつとした挨拶と美青年の笑顔だった。


 ──畜生(ちくしょう)やっちまった!



※学園の外観はフランス最古の士官学校「エコール・ミリテール」(1750年設立。フランス革命勃発の39年前)をモデルにしています。

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