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20話 行進


「そこぉ! 列を乱すな!」


 エミールの耳に若い男の怒声が響く。二メートル程度の棒を担いだ初年生達が、隊列を組んで行進し、その脇で上級生が彼らと同じ棒を振り上げて怒鳴り散らしていた。エミールとルイも行進に混じっている。

 じりっと照らす陽を浴びた額や首筋に汗が浮かび、息も乱れつつある二人だが、叱咤(しった)を浴びながらも足並みを揃えて歩き続けた。


「隊列を乱すなって()ってんだろうがっ、この愚図(グズ)!」

「はいっ……!」

「声小せえぞ! タマ落としたか!」


 そこへ罵声が叩き付けられる。エミールではなくルイに。顔を上げて絞り出すように返答した彼は背筋を伸ばし直す。


 その後も行進中何度かルイだけ上級生に怒鳴られる状況が、学園校舎をぐるりと一周するまで続いた。軍事学研究会の会場前で、初年生達が汗を拭い息を整える中、エミールがルイへ気遣うように声を掛ける。


「今日も散々言われたな」

「うん……でも前よりずっと良くなってはいるよ。けれど、軍事学研究会って軍事を学ぶだけじゃなくて、兵士としての訓練も受けるとは思わなかった」


 そう言ってルイは大きく息を吐いた。今でこそ彼は行進訓練についていけているが、当初は息も絶え絶えでふらふらと倒れそうになりながら怒声を浴び続けていたものだ。

 初めて軍事学研究会に参加した時は、たまたま現役軍人による講義の日だったため、ルイはてっきり座学中心の私塾のようなものだと思い込んでいたに違いない。だが、軍事学研究会という軍人育成の場は、そんな手ぬるい場所ではなかった。


「兵を率いる人間として、兵の手本となれるようでなければいけないからな。要は兵よりも“兵士”を知っておかなきゃならんわけだ」


 エミールが語る通り、兵士を指揮する軍人は、まず兵士というものを知らなければ話にならない。軍人は兵士を指揮する以前に、そもそも指揮下の彼らを兵士として教育することが出来なければ、軍兵を用立て、維持することもままならないのだから。

 一息挟んでエミールは語り続ける。


「それに、指導役の上級生にとっては兵を訓練、指揮する練習だしな。座学以上に必要なことだ。つーか、軍事学研究会は元々それが目的で創設されたもんだし」

「そうなの?」

「ああ、会の名称も今と違ったらしい。集団行動や集団戦法の経験と知識を身に付けさせるための集まりで、座学は後になってからだって聞いてる。昔から軍事教育は基本的に経験を伝えていくもので、学問じゃなかったしな。戦術書なんてものも、かつて読むのは物好きな学者だけだったそうだ」


 古くから軍事の知識や技術というものは、経験に裏打ちされた技能であって、机上で学べるものではないとの立場が取られており、実践的に学ぶものであった。

 かつては騎士も上位の家に従者として迎え入れてもらい、その従者生活の中で騎士に必要な技能と知識を身に付けていた。傭兵もまた、自身の所属する傭兵団にて先達から教育され、実戦で経験を積むことで一端(いっぱし)の戦士へと成長するのが一般的だった。

 一方で(いにしえ)の時代に、歴戦の将軍や王によって優れた戦術書も書かれている。ところが、どれも後世の騎士や傭兵の関心を大きく買うことなく、学者の蔵書以上の物にならず、そのまま忘れ去られている。

 このように“戦い方”は座学で得られる知識ではなく、実践的に教育される技術とされてきた。しかし近年、軍事を科学的に分析し、その原則や要素を見出し論じていくことで学術化を図ろうとする動きが進んでいる。


「ここ数十年で諸外国を中心に、忘れられた戦術書を掘り起こしたり戦史を紐解いて“必勝の法則”を探ろうって活動が盛んになってきてな。我が国でも軍人達が“戦いの原則”を研究し理論化するようになってから、今の軍事学研究会が出来たそうだ」


 エミールの語りが一段落した時、彼とルイの耳に他の生徒達の会話が届く。どうやら公爵令嬢セリアを筆頭とした特務パーティを話題にしているらしかった。


「聞いたか? 公式発表はまだだが、特務パーティがダンジョンを攻略したって」

「らしいな。以前に発見された魔物の巣窟(そうくつ)一気呵成(いっきかせい)に突き進んで、親玉をぶちのめしたとか」

「王太子殿下を始めとする俊英(しゅんえい)揃いなことに加えて、何よりあの低級竜(グラウリー)を一蹴したセリア嬢が参加されているからな。(オーガ)どころか飛竜(ワイバーン)さえも敵じゃないだろうよ」

「いよいよ学園の秀才達が本領を発揮し始めたって感じだな。こりゃ王都の騎士団が、楽になる通り越して暇になっちまうんじゃねえの」


 そのやり取りに、ルイは感心とも呆れともつかない声を漏らす。一方のエミールは生返事を返した。


「相変わらずセリア様は凄まじいね」

「だな」


 実の所、エミールはセリアがダンジョンを攻略した事実をとっくに把握していた。セリアからダンジョンへ向かうことや、突入前の探索状況、魔物のボスを討伐したことなどを逐一密書で伝えてきたためだ。

 それらによれば、魔物の種類やダンジョンの様相などは概ねゲーム通りであり、被害も軽微で済んだらしい。対するエミールは、ルイが軍事学研究会に参加していることを中心に近況を伝えていた。


「調練再開ー! 整列っ、四列横隊!」


 上級生の声に、初年生らが弾かれたような動きで棒を持って起立し、横列を作り始める。その前を上級生が横倒しの棒を手に横歩きで通っていく。その棒を基準に初年生を並べながら、上級生がまたもルイを怒鳴り付けた。


「おい、とっとと並べヒョロガリが!」


 しかしルイも慣れたもので、馬耳東風とばかりに滑らかな動きで列の一部となる。やがて横並びで四列揃った隊形が完成すると、次々に号令が掛かった。


「気を付け! (にな)え!」


 一つ目の号令で、全員が槍を手にした門番のように直立すると、二つ目の号令で棒を肩に立て掛ける形で保持した。


「右向けーっ、全体、前へー進め!」


 再び号令が掛かり、生徒達が同時に右を向き、瞬時に四列横隊から四列縦隊へと変わった。そして一斉に歩き出す。しばらく行進した後に停止の指示が出され、また別の号令が飛んだ。


「全体止まれ! 二列、左向けー……左っ」


 今度は左を向いて四列横隊になると、縦一列ずつの偶数に当たる生徒らが、斜め前へ左足を一歩踏み出すことで、四列から二列へと一息で変貌(へんぼう)。そしてまた上級生の号令で、体の向きを変えて二列縦隊となり、校舎周りを一周する。

 その後も列の数を変えての行進を何度か繰り返して、今日の活動は終わった。


「本日の調練は終了、各自解散してよし」


 軍事学研究会の会場前で解散の令が下り、上級生が立ち去ると初年生達は残らずその場で座り込む。エミールも腰を下ろして荒い息を整え、ルイはその隣でがっくりと崩れ落ちた。彼の整った鼻先から汗粒が垂れている。


 ──水ならぬ汗も滴るとはこのことか、なんてな。エミールは下らぬ思考を汗と共に拭い去った。


 しばし誰もが息を休めていたが、やがてぽつぽつ雑談の芽が出てくる。それらに連れられて、エミールが他愛無い会話に興じようと隣にいる筈のルイの方を見た。

 へたり込んだ黒髪の青年を二、三人の初年生が囲んでいた。口々に紡がれたのは──労いと友好の言葉。


「今日もきつかったな、ルイもよく付いて来れてるよ」

「ああ、騎士科でもないのによくやってるっていつも思うぜ。先輩方も少しは認めてくれたっていいだろうに」


 彼らは一言二言掛けただけですぐに離れていく。だが軍人家系の生徒達が通り掛かりにとはいえ、ルイへ親しげに言葉を掛けるその光景に、エミールは感慨深いものが湧き起こる。


 軍事学研究会におけるルイの立場は当初、良いとは全く言えなかった。そもそもエミールが彼に軍事学研究会の存在を隠していた訳も、ルイへ敵意を向けられることが分かり切っていたためだった。

 その最大の理由が軍人の身内意識の強さから来る閉鎖性と排他性だ。元より軍というのは、軍隊生活などを通じて身内意識が強いものだが、学園の軍人家系出身生徒は少々事情が違う。

 

 彼らは軍人の家出身という理由で、学園の生徒や教師の大半から見下されている。まだ入学してそう時間が経っていない初年生はともかく、上級生はそれを思い知っていた。

 自然、軍事学研究会の活動を通して、下に見られる者同士で団結し、辛苦を乗り切らんとする流れが生じていく。その結果、強固な身内意識と“自分達を見下す者達”に対する排他性が出来上がってしまったのだ。

 加えて、貴族や騎士家の人間との魔力の差から、実技成績が相対的に低くなる事実。それに伴い、卒業後の騎士団への加入が叶わない可能性が濃厚になっていく現実。この二つに年々苦しみ焦燥していくのが軍人家系生徒の宿命である。


 特に今年卒業を控える三年生は、己の実技成績の現状から騎士になる未来は絶望的だと悟りつつあり、今までの努力は何だったのかと、(すさ)んで精神に余裕のない者が少なくなかった。


 故に“余所者”であるルイは、軍事学研究会の上級生達に、八つ当たり同然の小さくない敵意を向けられている。また、当初は初年生も同様に、ルイへの感情は悪いものばかりだった。

 しかしエミールと共に彼が毎度研究会の調練に参加し続けていくうちに、初年生らの間で少しずつ彼を認め受け入れる空気が醸成されつつある。今はまだ極一部の生徒だけだが、思いがけずルイの状況が改善される可能性が見えてきた。そしてその可能性の先にある希望も。

 もしかするとルイという存在が将来、軍人と貴族達の架け橋になるやもしれない。そんな希望が。


 胸中から込み上げるものに突き動かされるように、エミールが立ち上がった。まだ息を整えていたルイの腕を肩に担ぎ、彼を助け起こす。


「よっと。どうだ、一人で歩けるか」

「ま……まだ、無理そう。あと、ちょっと」

「そうか、ならこのまま支えといてやる」


 自然と口角が上を向く。ふと空を見る。どこまでも澄んだ青が広がっていた。季節はすっかり夏──ゲームのストーリーが大きく動く時期だ。



※ストックの都合上、毎日更新はここまでとなります。

20話以降は2週間〜1ヶ月程度の更新頻度になる予定ですが、必ず月1以上のペースで続けるつもりなので、今後ともよろしくお願いします。


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