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2話 入学式


 女性向けファンタジーRPGゲーム《クリスタル・コシュマール》。いわゆる乙女ゲーに分類されるこのゲームは、一風変わったところがあった。

 剣と魔法の世界で貴族子女の通う学園に、平民出身ながら魔法の才に(あふ)れた女子が入学し、王太子を始めとする美青年らと交流する──というよく聞くストーリーの流れを()んではいる。

 が、このゲームのプレイヤーキャラであるヒロインは、その女子ではない。ヒロインは何と、王太子の婚約者たる公爵令嬢、世にいう「悪役令嬢」のポジションにいるキャラクターなのだ。


 というのもこのゲーム、近年人気ジャンルの地位を確立した“悪役令嬢モノ”のブームに乗っかって開発されたものだった。

 男に()びず、自ら道を切り開いていく公爵令嬢が痛快に突っ走り、冒険や葛藤(かっとう)を乗り越えながら友情や恋愛を育んでいく、というのがゲームのストーリーとなっている。なおRPG要素に加えて、ストーリー分岐によっては平民子女との百合エンディングルートも存在していたためか、女性向けゲームながら一定の男性人気も獲得したらしい。

 また女性向けゲームとして珍しい点は他にもあった。攻略対象(メインキャラ)との好感度パラメータや恋愛要素は存在している一方、ゲームクリアに必須なわけではない。ヒロインの能力やスキルに関わるのだが、あくまでゲームの進行上有利になるだけで、メインキャラと親密でなくてもクリアは可能となっている。そういったところも性別を問わず取っ付きやすいと評価されていた。


 そして、学園生活初日早々、エミールはこのゲーム、いやこの世界のヒロインを直接視認することとなった。


 ずらっと並ぶ椅子に新入生が着席し、エミールもその中の一人となっていた。その隣にはルイがいる。ふと着慣れない制服に体が窮屈(きゅうくつ)さを訴えてきた。エミールが肩を開いてから軽く脱力し緊張を息と共に追い出そうとする。

 この世界は典型的な剣と魔法のファンタジー世界であるが、これまたファンタジーでありがちなことに、学園の制服はやたらと近代的だ。どこか軍服を思わせるデザインの衣服にネクタイを締める形なのだが、今の形を持つネクタイは近代も後半、日本史でいう“黒船来航”の頃に生まれたもの。近世的な雰囲気のあるこの世界には異質な存在と言える。

 といっても、ゲームの世界だからといえばそれまでなのだが。


 緊張を解すために息と一緒に落としていた視線を上げる。目に映るのは真新しい制服を着こなし壇上に立つ亜麻色髪の美青年。ゲーム内のメインキャラクターの一人、王太子シャルル・ド・ブロンシュ・リュクスだ。


「皆の入学を祝すと共に、この学園で席を同じくすることを嬉しく思う。身分に拘らず広く開かれた学園に入学した今、王太子であろうと私は一学生として──」


 新入生代表としてその場に立った彼は、よく響く透き通った声で祝辞と抱負を述べていく。

 シャルルも攻略対象の一人として、ルイに負けず劣らずの美形だ。ルイが気弱なダウナー系に近いイケメンであるのに対して、長過ぎない亜麻の髪にサファイアの如き碧眼を持つシャルルは、正統派なイケメンキャラである。王太子の地位もぴったりと言えた。


 だがエミールにとって最も重要かつ要注意人物は隣に座っているルイであり、その次に注意が必要なのが、ゲームのヒロインにしてプレイヤーキャラクター、セリアだ。

 さりげなく首や視線を動かし、視界を埋め尽くした学生達を見渡す。やがて最前列に座る金の長髪を瞳が捉えた。黒のリボンでくくられた金髪の後ろ姿だけでも、明らかに纏うオーラが他の者と違う気がする。金糸の髪と黒のリボンが付いた髪留め。ゲームのヒロインであるセリアの特徴と一致している上にあの雰囲気、確信を持つには十分だ。


 エミールは前世の記憶を手繰り寄せる。

 プレイヤーキャラクターのセリアは、王太子シャルルとの婚約を結んだ公爵令嬢であるのだが、貴族学園へ入学すると、フィーユという名の平民子女がシャルルを始めメインキャラの青年達と交流を始めていくところを目撃してしまう。

 大体の作品の流れであれば、フィーユがヒロインでセリアがお邪魔キャラになるところだが、セリアはそんなことはどうでもいいとばかりに自分の道を突き進む。そんな彼女に、メインキャラの青年らとフィーユは、時に対立し時に事件に巻き込まれて共闘したり、様々なイベントを経てセリアに惹かれていく──。


 という具合で、可憐なフィーユではなく自信に溢れたセリアが中心となってゲームが動くのだが、エミールにとって警戒すべき点があった。まずセリアがルイとの接点を持ち、関係を深めていくかどうか。次にその関係がどう変化するかだ。

 通常のストーリー通りであれば、ルイはセリアに対する感情を(こじ)らせて執着し、やがて偏愛と狂気、憎しみに囚われる。いわば“闇堕(やみお)ち”してしまうわけだが、好感度やストーリー分岐によって、ルイとの純愛ルートへ入れば彼を救うことが出来る。


 つまり、エミールが今後生き残る可能性を上げるには、ルイがヤンデレ化しないようセリアとなるべく接触させないか、逆にセリアと純愛を(はぐ)んでもらうかの二択しかなかった。

 後者は不確実性が高く危険だとエミールは考えている。セリアがルイに恋愛感情を抱く可能性は低いと見るべきだし、たとえ上手くいったとしても、些細なボタンのかけ違いで彼の闇堕ちを誘発してしまう危険が容易に想像できた。


 ならばエミールが取れる道は、ルイとセリアの関係が希薄なものであるよう努める、しかない。こちらから近付かず徹底的に避けるのが無難だろう。セリアは王国貴族として最上位の一角、シェグラン公爵家の長女である以上、向こうから接触してきた場合はどうにもならないが。

 それでも、ルイがセリアへ気持ちを寄せないようにする手立てをエミールは考えてある。とはいえそれは、実行をなるべく避けたいのが本音でもあった。


 そしてセリアとは別にもう一人、念の為に警戒すべきメインキャラクターがいる。それが──。


 突然、がちゃりと小さな音が背後から起こる。エミールはすぐにピンときた。平民子女フィーユに違いない。ゲーム内でも、入学式へ向かう途中で迷子を助けた結果、盛大に遅刻をかますという話があった。

 首を不自然にならない程度の角度まで回し、目一杯視線を後ろへ向ければ、鮮やかな桃色が目に映る。


 ゲームで見たままの薄いピンクの短髪を流した少女が、今まさに扉から忍び足で、人垣がぽっかり空いた席に向かうところだった。その空席周辺を含めそこそこの人間から呆れの表情を向けられながらも、着席したフィーユは胸を撫で下ろす。

 流石はこの先、堂々と婚約者のいる王太子と交流してしまう人間だ、肝が太い。とはいえこれ以上の胆力を持つのが、セリアというヒロインなのだが。


 ふと急にエミールの感情が(たかぶ)り始めた。隣のレイを含めてゲームの主要キャラクターが四人も自分と同じ空間にいる、という事実に、エミールの中で緊張と奇妙な高揚が混ぜ合わされていく。

 これからゲームのストーリーが本格的に始動し、自らもそれに(から)め捕られる可能性が高い。それを改めて認識したのだ。心の臓が早鐘を叩き背筋を冷たいものが駆け抜ける。


 ……上等じゃないか。


 エミールは誰に向けるでもなく虚勢の笑みを貼り付け、己を奮い立たせた。


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