19話 軍事学研究会
視線の集中砲火を受けたルイは、刺々しい眼差しの数々に怯む。優に二〇〇は超えるそれらには、鋭利なものから驚きや戸惑いまで様々な瞳の形が見えるが、全て無言の異口同音で問い掛けていた。
──王の落とし胤という国一番の腫れ物であるお前が、何故ここに来た。
ルイは軍人家系の生徒達に圧倒されるばかりで、ぴくりとも動けなかったが、お構いなしにエミールの声が響く。
「教官殿、彼は私の友人ルイであります。申し訳ありませんが、飛び入りで友人を参加させることになりました。了承願います」
「……いいだろう」
野太い返答が場を支配する。声の主は屋内の奥、椅子が並べられたこの空間を講義室とすれば、教壇に当たる場所に立つ偉丈夫で、その男は王国軍の制服を身に付けていた。どうやら学園関係者ではなく、軍の人間らしい。
教官殿と呼ばれたことからして、教授役ということだろう。糸巻のような巻毛が密集した長髪、室内の誰よりも鋭い目付き、笑みとは無縁そうな険しい形の唇とがっしりした顎。どれを取っても気難しさを感じるいかにもな容貌をしていた。
エミールに先導されて建物の中を進む。空席に向かう間、そして着席後も、その場全員からの視線とひそひそ声を一身に浴び、ルイは針の筵の座り心地を味わった。
急に背中を軽く叩かれる。エミールだった。ルイの方を一切見ないまま、自分が隣に居るという無言の気遣いをした親友に、ルイは気持ちが大分マシになる。ややあってエミールの顔がこちらを向いた。
「改めて説明するが、ここは『軍事学研究会』という名の軍人生徒によるサークルだ。軍から人を招いたり生徒同士で軍事について学び研究する場、いわば非公式の軍人学校だな」
「軍人学校? でも騎士科の授業だって戦い方を教えるでしょ」
ルイの当然な疑問にエミールは大きく首を振る。
「騎士科で学べるのは、魔物相手の戦闘法がほとんどだ。対人戦も個人戦闘が大前提で、集団戦術、つまり『軍隊としての戦い方』は一切やらねえからな」
誤解されがちだが、軍事における集団戦術とは単に『集団で戦う』という意味ではない。集団が一個となって指揮官の命令通りに行動し、戦うことを言う。
要は個人が自ら考えて独自に動くのではなく、大勢の兵士が、指揮官の命令のまま一斉に同じ行動を取る駒となるのだ。そして一方の指揮官は、集団を意のままに操れるよう統率し、適切な指示を出せるよう教育されていなければならない。
そういう内容のエミールの解説を聞き、ルイはちょっとした衝撃を受ける。自身が持つ戦闘のイメージ、数人がそれぞれの行動を取りながらも連携し合って戦うパーティの姿と、エミールの語る集団戦はあまりにもかけ離れていた。
「国境防衛を担う軍と違って、騎士団の仕事は魔物退治と治安維持。普段は魔物や盗賊しか相手にしない。その上、この国はもう一〇〇年程の間平和だったしな」
無論それは良いことだが、と断った上でエミールは続ける。
「一方で最後の対外戦争が一〇〇年も前というのは、実戦経験者が一人も残っていないということでもある。戦はどういうものか、どう戦えばいいのかを伝える人間が居ないってことだ」
「それで騎士科であっても、『軍隊としての戦い方』が教えられない……と」
「いや、それでも書物だとか教育を通じて経験を伝えていくのが筋なんだが、どうもそれがなおざりにされたらしくてな。おまけに長い平和の中で軍の存在感が無くなる一方、騎士団は魔物と盗賊退治で活躍するばかり。結果、集団戦術が省みられることなく個人の武芸だけが持ち上げられたわけだ」
げんなりした顔でエミールが大きく息を吐く。
「全く、エドジダイかってんだ……」
ぽつりと漏らした呟きの意味は、ルイには分からなかったが、この国の現状を嘆き呆れていることは伝わった。
説明の間に、自分達よりも後にやって来た生徒らが全て揃ったらしく、最後の一人が着席する音をもって事態が動いた。ずっと潜めた会話がそこら中でされていたが、教壇上の軍人が口を開くと、一斉に静まった。
「揃ったようだな、では本日の講義を始める。今日は……珍しい客人がいることだし、まずは復習を兼ねて軍事の基本を扱うとしよう」
威厳たっぷりの教官は真っ直ぐルイの目を見つめ、一つ問う。
「ルイ、軍事における“攻撃”とは何か? 答えられるかね」
「えっ軍事における攻撃……?」
突然の問い掛けにルイは面食らったが、すぐさま考え込んでから答えを出す。
「敵に損害を与えること……でしょうか」
「広義の意味としてなら合っているな。確かに敵戦力、施設や物資への物質的損害の他、士気や情報などの要素に損害を与えることもまた“攻撃”である」
教官の男はうんうんと顎を小さく上下させた後、再び口を開く。
「より正確に言えば『我の意思・目的を敵に強制せんとする行為』だが。では狭義の“攻撃”、つまり戦場で敵を攻撃するとは具体的に何を意味するか?」
「ええと、戦力をぶつけることかと」
ルイの返答に、場の空気が白けた。背後から、ふんっと鼻を鳴らす音やため息が聞こえる。困惑したルイにすかさずエミールからのフォローが入った。
「お前は悪くない、それも一般認識の一つだろうよ。魔物や野盗相手の戦闘しか想定していないこの国のな」
「エミールの言う通りだ。魔術科の生徒であれば、あるいは……とも淡い期待はしたがな」
教官はどこか疲れたような陰のある顔をする。しかしすぐにそれを消し、厳粛な軍人の顔付きに戻した。
「では正解をエミールが答えろ。以前の復習だ」
「はっ、『火力の前進』であります」
「左様。いつの時代も変わらず、剣であろうが槍であろうが、弓、魔術、他全て、敵に届く攻撃距離が違うだけで、『加害能力』すなわち“火力”を敵に向けて前進させることは不変の原則である!」
声を張り上げながら、教官が黒板に簡略化された剣、槍、弓矢、杖を縦に並べて書き、その横に矢印を伸ばす。上から順に、攻撃が届く距離を意味する矢印の長さが増していった。
それらを書き終えると、ルイに向き直った教官がまた大声を放つ。
「その上で問う! ルイ、戦場において魔術師のあるべき戦闘位置はどこか?」
「それはもちろん後衛です」
「後衛とは具体的にどこを指す。前衛とはどの程度の距離がある」
「前衛から数メートルから一〇メートル程……いえ二〇メートル以上でしょうか」
最初は自分の常識で答えようとした。が、先程の教官の暗い顔を思い出し、魔物と戦うパーティ戦闘での後衛位置の倍以上を提示してみる。
しかしそれはかなり甘い考えだった。教官が失望したかのように大きく首を振る。
「……違う。最低でも一〇〇、二〇〇メートルのレベルになる。相手の顔が見えるようでは近過ぎる」
それはあまりにも遠過ぎると思えた。五〇メートルも敵と離れてしまえば、どんなに優秀な魔術師でも魔術を命中させることが困難になる。
ところが隣のエミールが見透かしたように言う。
「当たらないと思ってるだろ。当てる必要なんか無いんだよ、届きさえすれば」
エミールは反応を窺うように教官の方を見た。教官が頷く。それにエミールが頷き返し、ルイの目を見て連続した問いを掛ける。
「矢の雨が降ってきたら魔術師はどうする? 魔術で防ぐだろう。だが絶え間無く降ってきたら?」
「魔術で防ぎつつ、どこか物陰に飛び込むかな。そして矢が飛んで来る方へ魔術を牽制に放つ」
「何故牽制するんだ」
「それは──撃ち返すことで少しでも相手怯ませ……あ、そうか」
答えるうちに、ルイは気付く。それを見た教官がまた頷き、人差し指の代わりか手に持ったチョークで宙を指した。
「そう、それが可能な限り距離を取ることと命中せずとも良い理由だ」
教官が背を向け、黒板に文字が紡がれていく。チョークで書かれた「射撃」いう言葉から線を伸ばし、その先で「制圧」という単語を丸で囲った。
「射撃とは単に敵を倒すためだけではなく、敵を“制圧”するために行うもの。攻撃の届かぬ場所から一方的に攻撃し、敵を怯ませ、自由に動けぬよう釘付けにする。それが射撃の本懐である」
舌で教鞭を振るう男が、やや前のめりになって声高に主張する。
「次の言葉を肝に銘じよ! 『歩兵戦闘の主眼は射撃を以て敵を制圧し突撃を以て之を破摧するに在り』これは古来より変わらぬ原則である!」
黒板に勢いよく文章が加えられていく。それと同時に教官の声は熱をより帯びていった。
「攻撃魔術の発達以前より、戦場では弓矢で敵の制圧を図りつつ剣槍で突撃していたのだ。昨今はそこに強力な魔術、魔道具が加わり、射撃の制圧力が大きく増している。攻守共に射撃、つまり火力が勝敗を左右する要素であること、そして今後はよりその重要性が増していくと、よくよく心得よ!」
「はっ!」
こちらに振り返りながら叫んだ教官に、生徒全員が背筋を伸ばして応えた。ルイも自然とそれに倣っていた。
「では、それを踏まえて諸外国での実例を学んでもらう」
教官の言葉をルイは真剣に耳へ入れる。魔術師としての道を進む自分は、王国軍へ入るつもり全くはない。それでも、この国が抱えている問題に対する軍人達の危機感を知った今、他人事とは思えなかった。いや、騎士に並ぶこの国の花形である魔術師もまた当事者なのだと自覚した。
そして、エミールが所属する課外活動という点とは関係無しに、この軍事学研究会への関心がルイに芽生えていく。
この日を境に、二人は放課後に寮ではなく、研究会の会場へ足を運ぶようになった。




