15話 口車と特訓
「それで、あの時セリア様と何の話をしていたの?」
ずいっと能面を寄せたルイが、いきなり問いをぶつけてきた。転生者同士としての会話は一切明かせない。エミールは寮室に戻るまでに練り上げた台本を脳内でめくる。
「お前の出自に絡むことだよ。表向きじゃない、公然の秘密の方の」
それだけでルイの面持ちが変わった。視線を斜めに落とし、陰のある表情で黙り込む。
表向きのルイはただの中流階級、つまり裕福な平民ということになっていた。本来であれば国王と公妾の子は庶子といえども王族に準じる地位ではある。が、あくまでそれは父親である王が己の子として認知、公認している場合だ。落胤──非公認の私生児については存在の公表もされない。
それでもルイのことは、社交界を始め上流層にとっては周知のことで、平民でも知っている者は少なくない。当然ルイ自身もそのことは、悪い意味で嫌というほど思い知らされている。
「類い稀な量の闇の魔力を持つ御落胤……公爵家はその動向が気になるんだそうだ。そしてその気掛かりな人物の隣に、親しげなルームメイトが居る。当然向こうは探りを入れたくなったわけだ」
「それであの時エミールだけが……」
「ああ、どうもセリア嬢に何か企んでるんじゃないかと怪しまれてたみたいで、あれこれ聞かれてな。お前との出会いや上級生から助けられたこととかを正直に話して、『ルイは俺の親友だ』ってはっきり伝えたら納得してもらえたよ」
「はわ……し、親友」
まずは直球で事実を話すと、ルイの肌が薄紅に染まった。狙い通りだとエミールは内心ほくそ笑む。セリアとの転生者談議など、ルイに話せないことは全て伏せつつも、それ以外は開けっ広げに出してしまうという、都合の悪い情報を別の事実で覆い隠す作戦は上々の滑り出しを見せた。
「そんで『ルイには手を出すな』って釘刺したのが一番効いたみたいでな。セリア様も仲良きことは美しきことといった具合で、お前と俺の仲を歓迎してくれた。入学して初めての友情を失わずに済んで俺としても良かったよ」
ルイが赤らめた顔を両手で覆う。思惑通りだが、想像していた以上に彼は押しに弱いらしい。ゲームにおいてヤンデレ化した彼は強烈な執着心をセリアに向けていたが、逆に想いを向けられるのは耐性が無いようで、今や背中を丸めて可愛らしく縮こまっている。
目標の無力化を、限られた戦力だけで成功させたエミールが満足気に頷く。これでルイの疑念を十分に払拭出来たに違いない。そう判断して話を別の方向へ向かせる。
「ま、そういう感じだ。ところで……っていつまで丸まってんだ」
ルイの腕を掴んで引っ張り上げて立たせると、まだ顔の赤い彼の背を軽く叩く。そうしてルイの思考を立ち直らせてから、以前から考えていたことを口に出した。
「ところでよ、話は変わるが俺に魔力操作の稽古をつけてくれねえかな。出来る時で構わないから、放課後に付き合ってくれよ」
魔力に優れる血筋である貴族や騎士家の人間と比べて、軍人家系のエミールは明らかに魔力量が劣る。しかし、魔力の総量が大きい大貴族であっても、その扱いが下手であれば宝の持ち腐れ。逆に魔力を操る技能に秀でる者は、魔力で勝る相手とも互角以上の戦いが可能になる。
そしてルイは、王宮住みだった幼少期に、独学で魔術理論を身に付けた博学な秀才。彼から魔力の扱い方を指導され続ければ、いつか騎士家の生徒とも、互角に打ち合えるようになるかもしれない。
エミールの考えと依頼に、ルイは二つ返事で了承した。
制服の上衣を脱いだ白いシャツ姿の二人が、相対する形で寮室中央に立つ。両の目を閉じたエミールが、身体の内側より魔力を引き出し、それを身に纏った。全身からぶわりと放出される魔力を、そのままただ霧散しないように抑え込む。
魔力を体外に出しつつも外側へ広がり過ぎぬ程度に留めるという、相反する行為を同時にこなすのは、難易度が高い。騎士や軍人が得意とする、体表面に魔力の膜を張る魔力の鎧は、体や衣服に張り付ける程度であればそう難しくはないが、オーラのような形で、目に見えて分厚く強力にしようとする程に、その難度は跳ね上がる。
エミールが帯びた魔力は、炎のように揺らぎ、その厚さは精々三、四センチといったところだった。
「うん、やっぱり魔力の動きが大きいかな。全身に帯びた魔力も少し波立ってる」
「ふぅぅ、要は無駄な動きが多いと。まあ今まで我流に頼るしかなかったから、そうなのは分かってはいたが。貴族や騎士の家なら、ノウハウや指導者に恵まれてるんだろうなぁ」
まず魔力の属性とそのコントロール具合から見ることになったが、早速ルイの指摘が飛ぶ。エミールは魔力の操作を中断して、その場にへたり込んだ。そしてがっくりと、無いものねだり同然の弱音を吐く。
魔力量の多い上流階級は、当然その扱いを重要視しており、代々蓄積された経験から編み出された技術や指導法をそれぞれ持っているものだった。
しかしエミールのような軍人家は、貴族や騎士の家柄と比べて歴史が浅く、その分魔力関連の経験値も不足している。特に魔力操作など、個人の感覚や経験に依存する実践的な分野は、まだまだ未熟。そのため軍人家の人間は、学園に入る以前の家庭教育の質も、他の上流階級に劣りがちであった。
エミールのため息を見てか、ルイが慌てたように明るい声を被せる。
「大丈夫、卒業までに僕が騎士に遅れを取らないレベルにするよ!」
それが出まかせの気休めではないとエミールは感じ取った。ただ現実から目を逸らそうとしたのなら、騎士に勝てるようにといった大言を吐くだろう。だがルイは、それよりずっと現実的な目標を口にした。機嫌取りの媚びなどではなく、本気で言い切れる一線が「騎士に遅れを取らないレベル」ということだ。
ルイに微笑を向けて信頼を表せば、彼は小さく安堵の息を吐いて本題に戻る。
「そういえばエミールの魔力属性は水なんだね。なら魔力を操るイメージは掴みやすいと思う。まずは自分を包む水を球にしていくイメージで、魔力の動きを制御してみて」
ルイの言う通り、エミールはオーラのように全身を包んでいる魔力を丸めていく想像をしながら魔力を操る。
エミールの水属性は、火や風などと並ぶ一般的な属性の一つだ。魔力を効率よく水に変えられるため、どんな場所であろうと、飲用水や体や物を洗う水を確保することが可能。また魔術による戦闘だけでなく、武器に付いた血や汚れを、即座に洗い流して切れ味を保つなど、汎用性の高さから日常生活でも戦闘でも幅広い活躍が出来る。
更に水という流体と魔力はイメージが合致させやすいため、水属性は他の属性より扱いが容易とされていた。エミールも宙に浮かぶ水玉を想像し、そのイメージと己の魔力を重ねる。集中させた意識の中で、飛沫を上げてうねっているような魔力の流れが、緩やかになるのを感じた。邪魔にならない程度のルイの掛け声が淡々と響く。
「うん、波立っていた魔力が落ち着いてきた。その調子」
ルイの指摘や助言を受けつつ、魔力操作の訓練を続ける。それから一時間以上経ち、夕食の時間に差し掛かる頃には、エミールを覆う魔力が荒れ狂う滝壺のような状態から、強風を受ける泉程度までに制御されていた。
まだ少し波打ってはいるが、始めより明らかに魔力の流れが安定して、効率的に魔力を操れているとエミールも実感する。
「ふぅ、かなり良くなったな。ルイのお陰だ、ありがとう」
魔力の放出を止め、師となった友人に礼を言う。この調子で魔力操作の能力が向上すれば、魔力による身体強化の効果も改善され、戦闘能力も飛躍的に伸びることだろう。
「これからも頼む。これなら本当に卒業するまでに、騎士家生徒とやり合えるようになりそうだ。そうなれば……我が家の悲願である騎士になれるかもしれない」
エミールは一族の、いや全ての軍人家の人間が、一度は夢見る願いを口にした。それを耳にしてかルイが問い掛ける。
「やっぱり軍人でも、騎士になりたい、子供を騎士にさせたいと思うものなの?」
「ああ、給金と地位が騎士の方がずっと上というのもあるが、何より“陽の当たる場所”に出たいんだよ」
軍人一族セルジョン家の嫡男であるエミールの顔に、影が差す。
この国の軍人の大半は、学園での成績不足や騎士団の試験を突破出来ず騎士になれなかった者達、いわゆる“騎士落ち”だった。軍人家系の人間なら誰であれ、日陰者扱いされる軍人より、この国の花形である騎士になりたいという思いはある。無論、エミール一家も。
「辛気臭い話になっちまったな。そろそろ夕食時だし、飯食いに行こうぜ」
そう言って常の表情を装う。エミールのそれにルイが何か言いたげではあったが、彼の口が開くより先に、エミールは背を向けて寮室の扉を開けた。
背後のルイと共に寮室を出て、寮三階の廊下を進む。一階に置かれた食堂へ向かおうと階段を下りていくと、階下より学生らの賑やかな会話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 今日はウサギの蒸し煮らしいぞ」
「マジか、ウサギなんて久しぶりだ。ウチの領でも家畜として育ててるんだが、こっちに来てから食えてない。楽しみだ」
「野ウサギには負けるが、ウサギ肉は美味いよな──って早く行かなきゃ、残りモンのクズ肉だらけの蒸し煮出されるぞ」
どやどや響く声と足音に、エミールがルイへ微笑を向ける。そこに先程まであった陰は無い。彼の様相が純粋に元に戻ったのを認め、ルイも面持ちを緩めた。
「俺達も行こうぜ」
「うんっ」
二人は階段を速足で駆け下りていく。その姿は王の御落胤と転生者ではなく、ただの男子学生そのものだった。




