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14話 密談

 

 学園中庭の四阿(あずまや)で笑みを向け合ったエミールとセリアは、今後も手紙を始め、連絡を取り合うことを約束する。しかし、エミールはそれに関して一つ心配があった。


「ルイに勘付かれると面倒だな。何で一介の軍人家系生徒と公爵令嬢が手紙のやり取りをしてるんだって怪しむ。下手したら俺が言い寄っていると誤解しかねない」


 事実、以前にセリアの情報を集めようとした際、ルイはエミールの動きを怪しんだ上に、ゲーム内で見せた妄執(もうしゅう)の片鱗を覗かせている。おそらく己以外の人間に関心を持って欲しくないのだろう。

 自分以外の人間に、エミールの心が寄っていってしまったら自分は捨てられる。そう思い込み、そしてそれを酷く恐れているのだ。エミールとてそんな彼の心情を察している。


「手紙は日本語で書けば、見られても内容は分からないだろうが、それはそれで何故に暗号文をやり取りしてるのかという話になっちまうだろうな」

「それは……そうね。相互に本人へ直接届くようにするべきだから──我が家の“(オンブル)”を使えばいいかも」

「あ、やっぱりそういうのいるんだ」

「ええ、公爵家の隠密組織がね」


 貴族が主人公のファンタジーでよくある隠密の存在は、エミールも予想こそしていたが、実在していることに僅かなりとも驚く。

 ゲーム内で描写されてはいなかったが、セリアによれば、公爵家は闇の魔力を持つ人間を密かに集め、気配を消す魔術を会得させて諜報活動を行わせているのだという。上級貴族の間で流れる噂では、他の大貴族や王家も同様の組織を抱えているらしい。

 とはいえ隠密用の闇魔術が存在すれば、当然貴族達はその対策を行なっているため、彼らの運用は慎重で、いざという時以外動くことはないそうだが。


「影の一人を連絡役として手紙を運んでもらいましょう。ただし、受け取ったらその場で読んで処分すること」


 エミールは勿論と頷く。ルイに手紙を見つけられたら一巻の終わりだ。受け取る際にも、連絡役の隠密がルイの不在を確認した上でエミールと接触することとした。


「とはいえ、公爵家の“影”に何て説明するんだ? たかが下級貴族の生徒相手に密書とか、絶対変に思われるだろ」

「表向きはルイの監視ってことにすればいいでしょう。陛下の私生児にして闇の魔力を持つ彼の動向を、ルームメイトである貴方から伝えてもらうことになった、と」

「なるほど、万が一ルイにバレた時もその言い訳で誤魔化すか。その時は傷付けちまうだろうが……」


 エミールの表情が(くも)る。ルイを不穏分子として監視するなど、最早彼を公爵家に売るようなものだ。それがただの見せかけであっても。

 公爵家が権力にものを言わせて強制してきたために仕方がなかったのだ、と理屈の通った言い逃れは出来る。だが、ルイからすれば裏切りでしかなく、深く傷付けてしまうだろう。そんな思いはさせたくない。エミールは億が一にでもルイに露見させまいと胸に誓った。


「連絡役……いや“(オンブル)”全体に、ルイの不在を入念に確認してから俺と接触するよう、しっかり周知しておいてくれ」

「……分かったわ。きちんといい含めとく」


 釘を刺すエミールの真剣な声に、セリアも背筋を正して答えた。懸念が払拭されると、エミールが緊張を解いて、これからについて問う。


「よし、じゃあ今度はゲームストーリーについてだ。次に来るメインイベントは何だったっけ?」

「最初の実習の次は……戦闘イベントとしてはダンジョン攻略ね。学園の近くで魔物の巣が発見されて、セリアとメインキャラ達が魔物の殲滅に駆り出されるっていうイベント」

「あー、この前の実習で(グラウリー)を倒したからってんで、学園からセリア達に特務パーティとして行動するよう要請されるんだったか。でも生徒だけでっていうのが無茶振りだよな。ゲーム的に主人公達を活躍させるためってのもあるだろうが、本来は騎士団の仕事だろうに」

「騎士団は魔物の急激な活発化に対応し切れず、隅々まで手が回らないって設定だったから。それに自分で言うのもなんだけど、一般騎士より実力のある人間が何人も生徒にいるしね」


 それは確かにとエミールは頭を小さく上下させる。眼前のセリアも、何人もの騎士を相手取る(グラウリー)をたった一人で(ほふ)った実力者。通常のゲームプレイより能力が強力ではあるが、ゲーム開始時点で既にメインキャラ同様、新人騎士に勝るとも劣らない実力を(そな)えていた。

 それを思えば、騎士団の人手不足を補う応急措置として優秀な学生を一時的に動員するというのは、一応の合点がいく。もしかすると、騎士の養成機関でもある学園として、学園の領域は自前で守るという誇りと面子もあるのかもしれない。


「まあこの国、貴族が前線に出る“高貴(ノブレス・)なる義務(オブリージュ)”もあるが、それ以上に徹底した実力主義だもんなぁ。魔物が多い土地柄だから当然ともいえるが」

「魔力が豊かな土地ではその分、生き物の魔力保有量が多くなる──つまり人も魔物も強力になるっていう設定も関係しているんでしょうね」


 ゲームの舞台にして二人の祖国たるリュクス王国は、他国と比べて領域内の魔物の生息数が飛び抜けて多い。国境の半分以上が魔物の領域と接しているというのもあるが、そもそも王国の前身は、他国の拡大によって魔物の少ない安全圏から押し出された人々が、生き残るために魔物の棲息地を切り拓いて築いた国だった。

 そういった建国の経緯から、魔力に優れた貴族は先頭に立って魔物を討伐し民を守る義務があるとされ、尚武(しょうぶ)の気風が強い。学園もその実力主義の下、階級の差別なく才ある者を吸い上げるために設立されたものだ。

 ゲーム内でセリアらは学生の身分でありながら、度々魔物討伐に駆り出されているが、それも実力主義の影響が大きいのだろう。


「ダンジョン攻略だけれど、鍛錬最優先のおかげで問題なく済ませられる筈。どちらかというとシャルル様始め、メインキャラの強化を手助けする形になりそう」

最初のボス(グラウリー)を完封してるなら楽勝だろうな。ただ……少々悔しいが、俺の実力じゃ戦闘イベントに関われん。何も出来ることはないだろうよ」


 後半の言葉を言うに連れて、僅かにエミールの面持ちが暗くなる。騎士家の生徒と同格どころか明らかに劣るエミールの実力では、セリア達の特務隊に参加することはあり得ない。雑用として付いていくことすら叶わないだろう。

 エミールの吐露にセリアは首を振る。


「さっき言った通り、自分の持つ手札によって出来ることに限りがあるのは仕方ないわ。その出来る範囲で全力を尽くせば良いと私は考えてる」

「……分かった。俺もそう思うようにする」


 彼女の励ましを受けて、エミールの顔から陰が取れた。転生者だからといって、手の届かないことまで無理に責務を負う必要はない。そうエミールは受け止めた。


「メインストーリーは基本的に私が何とかする。その代わりルイのことを完全に任せるわ、元々彼の扱いをどうするべきか悩んでいたの。不遇な境遇から助けたいとは思うものの、私が関わるとヤンデレ化と闇堕ちの可能性があるから、下手に手出しが出来なくて」


 今度はセリアが少し申し訳なさそうに視線を落とす。だが目線を元の高さに戻した時には、瞳に希望の光が満ちていた。


「でも、その彼を安心して任せられる人が居て本当に良かった。ルイのこと、頼んだわ」

「言われずとも。背中は任せろ」


 転生者同士の談議が一区切りついたその時、午後の授業が始まる五分前の予鈴が鳴り響く。


「あっ」

「やべっ、じゃあな!」

「ええ、また!」


 その音色に二人は顔色を変えて立ち上がった。すっかり会話に夢中になってしまっていた両者は、別れの言葉もそこそこに、四阿を飛び出す。中庭を駆け抜けたエミールが校舎に転がり込むと、どこからともなくルイが現れた。


「長かったね。一体、公爵令嬢(セリア)様と何を話していたの?」

「ああ、ちょっと色々。今は時間がないから、寮に戻ってからな」


 当然の如く疑念たっぷりに問う彼に、早歩きで教室へ向かいつつ煙に巻く。幸いその場ではルイの追及を受けることはなかった。


 だがその日の授業を終えて寮へ戻ると、状況は一変。二人して寮室に入った途端、ルイは逃げ道を塞ぐように扉を閉める。エミールは頭の中で言葉を組み立てながら、唇の裏を舌で湿らせた。


 ──さぁて、言いくるめの時間だ。


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