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13話 テンセイシャ


 ──テンセイシャって言葉をご存知?


 その言葉にエミールの心臓が跳ね上がる。表情こそ保ってはいたが、鼓動の度に身体が揺れそうな感覚に陥り、動揺が全身から出てしまうのではという不安に駆られた。

 そんな彼を置いてルイが先にセリアの言葉へ応える。


「申し訳ありません、聞いたこともない言葉です。異国の言葉ですか?」


 ルイは首を傾げ純粋に疑問の反応を見せた。それに続こうとエミールも慎重に言葉を紡ぐ。


「……私も寡聞(かぶん)にして耳にしたことがありません」


 嘘は言っていない。この世界で一度もその単語を聞いた覚えがないのは事実だった。自然に振る舞えただろうか。そう内心怯えながら、素知らぬ顔を崩さずにセリアの声を待つ。

 ルイとエミールの目をそれぞれ正面から捉えた彼女は、口元を隠していた洋扇を畳みながら下ろした。露わになった真一文字の唇がいやに冷たく見える。


「いえ、ご存知ないのであれば、それはそれで構いません。大したことではありませんから」


 意味深な問いかけをした割に、セリアはあっさりと引き下がり、四阿(あずまや)の外へ視線を向けた。エミールとルイもつい同じ方向を見ると、学園の時計塔が一時間半ある昼休憩も残り三〇分程度に入ったことを告げている。


「お時間を取らせましたね。午後の授業の準備もあるでしょうし、お戻りになって構いません」


 首を戻した彼女の言葉に、二人が一礼して立ち上がろうとした。その時、再びセリアの声が覆い被さってくる。


「ああ、エミールさんにはまだ少々聞きたいことがあるので残ってくださる?」

「……はっ。ルイ、先に戻ってくれ」


 ルイは明らかに納得がいかないという表情を見せつつも、「分かった」と返事をしてその場を立ち去った。

 流石に彼も、学園有数の実力を持つセリアの居る場所へ、露見の恐れを押して闇魔術による盗聴などの工作を(ほどこ)すような真似をするつもりはないらしい。こちらの様子を遠目に確認できる位置に潜むくらいはするのだろうが。

 中庭を去るルイの背を見送り終わってから、セリアの口が開く。


「では()()()()()のお話といきましょうか」


 そう言って彼女は口角を上げた。一方のエミールはセリアの微笑みを見て、抵抗の意味も理由も無いと悟り、早々に白旗を()げる。


「……一体どういう意味で……というのは無意味なんでしょうね。いつから気付いていたんですか」

「素の口調でいいわよ。例の実習の様子から疑ってはいたけど、確信したのはついさっき。転生者(テンセイシャ)って言った途端、瞳が一瞬揺れたから」

「よく見ていらっしゃる……で、どうするつもりだ?」


 言葉遣いと姿勢を崩して右足を左膝の上に乗せた。するとセリアは畳まれた洋扇でびしりとエミールを指す。


「どうするつもりはこっちの台詞。貴方、ルイをどうしたいの? いや、その前にここがゲーム『クリスタル・コシュマール』の世界だと知っているの?」

「分かってるさ、ストーリーも大まかだが知っている。ゲーム実況配信を通してだけどな」

「なら!」

「分かってるさ」


 語気を強めるセリアに、エミールは瞳の気迫で応戦した。ルイがゲームストーリーでどうなるかなど承知している。その上で彼の隣に居続けると決めたのだ。今更他人にとやかく言われる筋合いはなかった。


「アイツが道を踏み外す、なんてことには俺がさせねえよ。闇落ちからのバッドエンド? ボスキャラ化? クソ喰らえだ」


 エミールはそう吐き捨て、右の肘と腕を机に突く形で身を乗り出した。


「もうルイは俺の親友だ。闇落ちしそうになったら、何度でもアイツを引っ張り上げてやる。だから手ぇ出すんじゃないぞ」


 円卓を挟んだ相手は、公爵令嬢にして学園トップクラスの実力者。権力も能力も遥かに格上であるが、(ルイ)のこととなれば、相手が何であれ関係ない。余計な口も手も叩き落とす。

 エミールはそう目で語った。


 セリアは心底驚いたように目を見開き、(しば)し呆然とした様子で固まる。そして、ふっと息を吐いた。どこか安堵を感じるものだった。


「ならいいわ。じゃあ改めて自己紹介しましょう。私は元日本人、名前は覚えてない。『クリコシュ』は一通りのエンディングを見てる」


 そうセリアが胸襟(きょうきん)を開くのを見て、エミールは乗り出していた上半身を戻し、同じく警戒を解いた。


「やり込み勢だったか。こっちも前世の名前は覚えていない元日本人だ。さっき言った通り、ゲームは実況配信で見ただけだが、キャラとメインストーリーは分かっている」

「そう。それでルイとどうして今の関係に?」

「あー、それが……」


 エミールは入寮の日からの出来事を()(つま)んで話す。


 ルイの顔を見て前世の記憶を自覚し、当初は彼と距離を置き続ける筈だった。が、上級生らに詰め寄られる彼をうっかり助ける羽目になってしまう。


「今思えば、ルイが浴びた罵倒に腹が立ったんだな。何でそこまで言われなきゃいけねえんだって」


 それがきっかけでルイに懐かれてしまい、どうしたものかと思っていたが、今度は自分が先の上級生達に目を付けられたところをルイに助けられる。


「それでルイがいい奴って知ってな。親友として共にいようって決めた」


 (いつく)しみすら感じる温かい目を遠くに向けたエミールに、セリアが「あらあら」と洋扇で口元を隠しながら瞳を輝かせる。しかしすぐに洋扇が閉じられ、疑問符が浮かび上がった。


「なるほどねぇ……でも具体的に、ルイがどう闇堕ちしてボスキャラ化してしまうのかは知っているの?」

「ヒロインのセリアに惚れて、そこから執着やら独占欲やら暴走させてヤンデレになるのはな。そんで確か……敵と手を組んでしまうんだったか」

「そう、魔物を活性化させて王国転覆を狙った黒幕の仲間になって、セリアを無理矢理にでも自分のものにしようとする」

「現時点ではその心配は無さそうだな。当のセリア様がルイと積極的に関わらなければ、だが」

「大丈夫、そうするつもりはない。元々彼と関わることは出来るだけ避ける予定だったし……ほら、分かるでしょ?」

「そりゃまあ、俺も最初はそうだったしな」


 セリアの言葉に小さく肩をすくめた後、腕を組んで何とも無しに上を見上げる。


「しかし、あの境遇じゃゲームでルイが闇堕ちしちまうのも無理ないよなぁ。いくら母親が公妾とはいえ、曲がりなりにも国王の息子だってのに、両親から(うと)まれ、世間からは(さげす)まれて完全に孤立。そりゃ優しくしてくれたヒロインに執着もするって」

「そうね……でも一人だけ彼に愛を与えた人がいたのよ。彼が宮廷を追い出されるまで育てた人が」

「え、何だそれ。知らないぞ」

「ルイとの好感度が高くないと見られないキャラストーリーだから。それに国王を始め王宮の一部しか知らない機密事項だったし」


 突然の新情報にエミールが背もたれより体を起こす。前世の記憶をひっくり返しても見当たらない、全くの初耳だった。目を大きく開いた彼の耳を、淡々としたセリアの声が通り抜けていく。


「キャラストーリーでも名前は出なかったけれど、養育者は王宮で国王の庶子達の教育係だった女官みたい。ルイの闇の魔力を恐れずに接し続ける彼女のおかげで、彼は大きく歪むことなく、十分な教養を得られた。事実上の養母ね」

「……そうか、それはその人に感謝しなきゃだな。おかげでルイは、力を無闇に振るわず、だが友人を助けることには躊躇(ちゅうちょ)しない良いやつに育ったわけだし。ヤンデレというかストーカー気質はあるが」


 苦笑しつつもエミールの(ほお)が少し緩む。だがすぐに表情が怪訝(けげん)な形へ歪んだ。セリアの言葉に引っ掛かるものがあったからだ。


「ん? でもさっき、“いた”って過去形ということは……」

「ええ、ルイが一四歳の時に王宮を去っている。ルイの母親が手を回して追い出したみたいよ」

「……ひでえ話だ」


 気分の悪くなる話に今度は顔をしかめた。セリアも眉間を寄せて瞳を鋭くさせる。


「もっとひどいことに、その後一年間は王宮の一室で軟禁状態。使用人達は闇の魔力を理由にルイを(しいた)げてたんだから」

「それな。この世界でも噂だけでゲームと同じくルイの境遇が悲惨だってことは察せたからな。そんで誰もが同情より闇の魔力への嫌悪を向ける。腹が立つぜ」


 ルイの置かれた状況を再確認する二人の声と面相は厳しさを増していく。


「生まれついたものはどうしようもないってのに。それを寄って(たか)って……」

「本当にね。彼が魔物を暴走させる黒幕──隣国貴族の誘いに乗ってこの国を滅茶苦茶にしてやろうとしたのも、責め切れないわ」


 ゲームストーリーにおいて、王国を追い詰める魔物達の裏に居たのは、王国と関係が悪化していた隣国だった。魔術や魔道具の技術に長けていた隣国は、特殊な魔道具によって王国内の魔物を活性化させることで王国を消耗させようと企んでおり、バッドエンドでは隣国の侵攻を受けた王国が滅亡に(おちい)る。

 ストーリー分岐によっては、ルイも王国滅亡に手を貸す大敵となってしまう。その理由が己を弾圧する世界への復讐と己のものにならないセリアへの歪んだ愛執(あいしゅう)だった。


 視線を落として息を吐いたセリアが、ぽつりと言う。


「……実はね、貴方が転生者じゃないかって疑惑を持った時、ルイを利用して何か企んでいると思ってたの」

「それを言ったら俺もだよ。銀行設立の件を耳にした時から転生者だと思ったが、ゲーム経験者らしい能力向上優先の動きからも、この転生者は一体どう動くつもりなのかとずっと探っていたからな」

「ああ、それは……実習で何が起こるか知っていたから。ヒロインである(セリア)が何とかしないと死者が出てもおかしくないとずっと危機感を持ってたわ」

「なるほどな。あれは俺も反省した。ゲームストーリーで重傷を負う生徒も出るって知っていたのに、事が起きる前に対処しようとしなかった。何もしなくてもゲームと同じようにセリア達が解決するだろうと気が緩んでたんだ」


 ため息を吐いて自省を口にするエミールに、セリアから柔らかな視線と言葉を向けられた。


「気に病む必要は無いわ。私はヒロイン(セリア)だったからああして行動出来たけれど、貴方のような立場だったら、そうはいかなかった。誰だって持っている手札によって出来ることに限りが出でくるものよ」


 彼女はそう言って、ふっと微笑む。連れられるようにエミールの表情も緩んだ。ややあって、セリアが提起の言葉を卓に乗せる。


「転生した者同士、協力できるところは協力しましょう」

「そうだな、以後よろしく頼む」


 卓上に上げられたそれをエミールが迷いなく受け取ると、二人の転生者は互いに口角を上げた。


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