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水鏡五国志番外編  作者: 子志
第一部と第二部の幕間
3/12

鳥籠からの脱出

第一部章之陸から第二部開始までの間の閑話。

その報せがもたらされた時、璃黒零は相変わらず離宮でつまらなそうに外を眺めていた。


「…え?」

小さく声をあげて、報せを運んできた男、諭伴を見る。


「申し訳ございません。我らもよもや、峰軍師が人でないとは…」

「それはよい」

温度の無い声で、諭伴の言葉を遮る。

その手が、無意識に腕輪を握り締めた。


「鴻宵が、碧に…?」


軍師峰晋が、人間ではなく玄武だった。

それは大した事ではない。

黒零にとっては、奇妙な事もあるものだ、という程度の感想しかもたらさない事だ。


彼に衝撃を与えたのは、その次の報せ。

――鴻宵が、覇姫を庇って碧に寝返った。


「申し訳ございません…僅かな方士の才能を、青龍に買われたらしく…」

碧から流された情報は順当に広まり、人々は鴻宵の存在を、偶然守護神に利用された一兵士として関心の対象から外しつつある。

しかし黒零にとって、その名はあまりにも重かった。


「鴻宵が、裏切った…」

呆然と呟く。


暫く前、鴻宵や蕃旋と出会ってから初めて感じていた温もりのようなものが、急速に凍てついていくように感じられた。


蕃旋も、黒零を裏切った。

しかし、あの時は、黒零にはまだ鴻宵が居た。隣に立ち、共に戦い、凶刃から守ってくれた。

唯一、友のような存在だと思っていた。


それが、あっさりと敵国に奔った。

黒零に、何も告げずに。


黒零は腕輪に目を落とした。

鴻宵が出陣の前に贈ってくれたものだ。

綺麗な翠色の石に宿った木精霊が、不安げに黒零を見上げてくる。


黒零は衝動的に、その腕輪を擲ちたくなった。

何故吾を裏切った!

そう叫びたくなった。


しかし、腕輪にかけた手を、結局黒零は下ろした。

俯いて、小さく呟く。


「畢竟、吾は独りか…」

友など、幻でしかなかった。


「璃氏様…?」


怪訝そうに呼び掛ける諭伴に、手を振る。

「下がってよい」

「…はい」

諭伴は僅かに躊躇ったようだったが、何も言わずに立ち去っていった。


「お前達も、下がれ」

蕃旋の一件以来、室内に控えている護衛の者達にも声を掛ける。

とにかく一人になりたかった。


「しかし…」

「下がれ」

反論しようとした兵士に、語気を強めて言う。

兵士達は顔を見合わせてから、躊躇いがちに部屋から出ていった。


誰も居なくなった部屋で黒零は長椅子に身を横たえ、腕輪を目の前に翳した。


「吾はまた、つまらぬ籠の鳥だ…」

静かに呟いてみる。


鴻宵や蕃旋と共に居た短い期間、黒零の世界は驚く程色鮮やかだった。

それが、今は元通りの灰色。

いや、あの鮮やかな色彩を知ってしまった分、より味気ない。


このまま一生飼い殺されていく自分が、容易に想像できた。


「死んだ魚みてぇな目だな」

嘲笑混じりの声に、黒零は弾かれたように顔を上げた。

窓枠に、烏がとまっている。


烏に見覚えなど無いが、燕脂色の瞳と聞き覚えのある声が、黒零にその正体を教えた。


「蕃旋…」

「けっ、辛気臭ぇ面しやがって」

蕃旋はばさりと羽を震わせると、黒零をじろりと見た。


「鴻宵が寝返ったって?で、お前はまた裏切られて寂しいって嘆いてるわけだ?」

「貴様…」

遠慮の無い物言いに、黒零の顔にさっと朱がさす。

蕃旋は鼻で笑った。


「おぅ、怒れよ。その方がさっきの死んだ目よりまだマシだぜ」

黒零は目を見開いた。

その物言いは、まるで…。


「勘違いすんなよ。始めから死んだような目した奴、殺し甲斐もねぇってだけの話だ」

ふん、と鼻を鳴らして、蕃旋は黒零に背を向けた。

「ま、今日は俺もこの格好だし、見逃してやらぁ。次は殺しに来るからな。首洗って待ってろよ!」


そんな捨て台詞を吐いて、飛び去っていく。


黒零は暫し呆然としていたが、やがて小さく溜息を吐いた。

「殺し甲斐が無い、か…」

随分な言われようだ、と思いながら、黒零は自分の心が幾分軽くなっている事に気づいた。


「寂しい…」

蕃旋に言われた事は、不本意ながら正鵠を射ていたのかも知れない。

このまま、この離宮の中で灰色の生活を重ねていく事は、確かに孤独だし、寂しい。


不意に、嘗て蕃旋に言われた事を思い出した。


『黒零様は最初から諦めてんじゃないですか』

その通りなのかも知れない。

事実あの時、蕃旋を使いに出したところ、外出許可を獲得できた。


「諦めるな、か」


黒零は辺りを見渡した。

ここで飼い殺されていくなど真っ平だ。

しかし、黒零はこれまで、この離宮を出ようと努力した事があったろうか。


「…そうか」

黒零は僅かに目を細めた。


何だ。

ここを出る力なら、あるではないか。


「誰か」

呼び掛けると、扉が開いて兵士が恐る恐る顔を出した。

「王でも、将軍でも、誰か地位ある者を呼べ」


困惑する兵士に、目の前で氷を作り出して見せる。


「吾は方士だ。峰晋の代わりとなろう…ここから出せ」



籠の鳥は卒業しよう。

いずれは大空へ羽ばたいて見せる。

少年は初めて、自分の足で立ち上がった。


何物にも縛られない、自由な大空を目指して。

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