私は魔女としてマイノリティなのです
メイナード先生が教室からいなくなると、生徒達はアリス・キテラの話題で持ち切りとなった。
アリス・キテラは、魔女を殺した時に浴びた返り血で髪が赤くなったらしいとか、魔女を殺した代償で呪い受けたとか、イセラムから永久追放された後に騎士団に殺された等、色んな噂話に花を咲かせていた。
だが実のところ私達は、アリス・キテラという魔女についてあまり知らないのだ。
何故なら大人達はアリス・キテラのことについてはあまり話そうとしないのだ。
その為、魔女殺しを行った魔女だということ意外は知らない。
噂のほとんどは魔女殺しから連想されたもので、実際のところは何も知らない。
そもそも、今まであまり深く考えていなかったが、大人達は何故アリス・キテラについてあまり話そうとしないのだろうか?
そんなことを考えていたら、適正魔法検査の準備を終えたメイナード先生が教室に戻ってきた。
「それでは、これより適正魔法検査を行います。一人ずつ順番に行いますので、呼ばれた方は隣の教室へ来て下さい」
メイナード先生は、窓際で先頭の席である、カルミア・ローガンから順に始めると言い、カルミアを連れて隣の教室へと向かった。
カルミアから始まるということは、私の順番まではまだ時間があるな。
自分の前にあと何人いるのかを数える為に、教室を見渡しているとビディと目が合った。
「ねぇ、ねぇサラちゃん、この待ってる間のドキドキ感ってなんかいいよね?」
ビディは私の後ろの席なので、検査を受けるまで結構待つこととなる。
「私はこの待ち時間が嫌だよ。早く自分の適正魔法が知りたい」
「確かに早く知りたいけど、私はこの緊張感が好きだな」
「ビディは、じらされるのが好きなんだね」
「なんかその言い方、いやらしいんだけど」
ビディと話していると、検査を終えたカルミアが教室へ戻ってきた。
「早かったね! カルミア」
「あっという間に終わったよ」
「魔法適正検査はどんな感じだった?」
「うーん、机と椅子が用意されてあって、その机の上に魔法水が入ったコップが置いてあって」
「うん。うん」
「先生と向い合せに座って、魔法水に魔力を送って下さいって感じで終わりだったよ」
なるほど。メイナードの先生の説明通りだな。
「それで、カルミアの適生魔法は何だったの?」
「私はね召喚魔法が適正だった! 本当に魔法水の色が白に変わってびっくりしたよっ!」
「おー! 召喚魔法か! カルミアは召喚魔法を望んでた感じ?」
「本当は、戦闘魔法だったらいいなって思ってたんだけどね、魔法水の色が白になった時に不思議と召喚魔法か! 良いかもって思ったんだ」
みんなそれぞれ望んでいる適正魔法があると思うが、自分の適正魔法を知れば、その魔法が良く思ってしまうんだろうなとカルミアの話しを聞いて思った。
だってそれが自分の生まれ持った能力だし、才能だから。
「そっか、それは良かったよ。とりあえずカルミアおめでとっ!」
「うんっ! サラちゃんありがとね」
その後、次々と適正魔法検査が行われ、徐々に私の順番へと近づいてきた。
適正魔法検査を終えた生徒達は、自分の適正魔法を友達と話し合って盛り上がっている。
検査を終えた友達の話しを聞くところ、まだ複数の適正を持ってたという人はいないみたいだ。
もしかして今年の多種魔法適生者は、私一人だけかな?
そうだっら、私めっちゃエリートじゃん。欲を言えば、戦闘魔法と特殊魔法が適正だったら良いなぁ。
「次、サラだぞ」
適正魔法検査を終えて教室に戻ってきたルセスに声を掛けられた。
「あ、うん。ルセスの適正魔法は何だったの?」
「アタイは攻撃魔法だったよ」
「ほんとっ!? ルセスいいなあ〜」
「なんだ、サラは攻撃魔法がいいのか?」
「うん。攻撃魔法ならいいなって思ってる」
「そうか、攻撃魔法が適正だったらまた同じクラスだな。そんときはよろしくな」
ルセスとは時々話すくらいの仲だったけど、次も同じクラスになれたら、たくさん話して仲良くなろう。
「そうだね! こちらこそよろしくだよ」
私が椅子から立ち上がると、ビディにローブの裾すそを引っ張られ声をかけられた。
「ねえ、ねえサラちゃん」
「どうした? ビディ?」
「あのさ、私とサラちゃんの適正魔法が違かったら、今日で同じクラスが最後の訳じゃん?」
確かにビディの言う通りである。
私は適正魔法検査が楽しみで、今日がこのクラス最後の日だということを忘れていた。
「確かに……そうか」
「だからさ、もしクラスが違くなっても、私達はずっと親友だからねって伝えたかったの……」
ビディは今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんなビディの表情を見たら、私も泣きそうになるじゃないか。
ここは私らしく明るく答えなきゃいけない。
「当たり前だよビディ! 私達はずっと親友だっ」
私は明るく答えたつもりだったが、語尾が震えていることに気付いた。
「っ……ぅ……ありがとう」
「……ビディ。泣かないでおくれよ。これで最後のお別れじゃないんだからさ」
「ぅ……っ……うん。登校するときは、これからも毎日サラちゃんのお家に迎えに行くから」
「ありがと。そうしてもらえると助かるよ」
そう、私はビディと一緒に登校するのが日課。
今朝はビディに用事があった為、別々に登校してきたが、ほぼ毎日私達は一緒に登校している。
「サラちゃん、頑張ってね」
「じゃあ行ってくるよ」
そして私はメイナード先生が待つ隣の教室へと向かった。
*
コンコンコン
「サラ・アグネスです」
「どうぞ、サラさん。中に入って来て下さい」
「失礼します」
教室の中に入ると、向かい合せに座れるように机と椅子が用意されており、机の上には魔法水が入ったコップが置かれていた。
「サラさん、そこの椅子にお掛け下さい」
言われた通り席に着くと、メイナード先生は私に頭を下げた。
「どうなされたのですか!?」
「アリス・キテラの話しの時です。教室の雰囲気が悪くなった所を、明るく振る舞って空気を変えてくれましたよね」
「あ! あの時か」
カルミアがアリス・キテラをバケモノと呼び、そんなバケモノと私達を一緒にしないでと叫んで教室の空気が悪くなった時の事か。
「あの時は、ありがとうございました」
「いえいえ、私は今日の適正魔法検査をすごく楽しみにしてたので、早く始めたかっただけですよ」
メイナード先生が言った通りだったが、なんだか恥ずかしくて嘘をついた。
「サラさんのそういう心遣いは、本当に素敵だと思います」
「ははは、どうもありがとうございます」
メイナード先生には、私の嘘もお見通しということか。
「それでは、適当魔法検査を始めましょうか」
「はいっ!」
私はこの日をどれだけ待ち望んでいたことか、ついに自分の適正魔法が分かる。
たしか、魔法水の色が赤に変われば『戦闘魔法』、青に変われば『防御魔法』、黄に変われば『回復魔法』、黒に変われば『特殊魔法』、白に変われば『召喚魔法』だったよね。
「ではサラさん、力を抜いてリラックスし魔力を集中させて下さい」
私は、メイナード先生に言われた通りに魔力を集中させる。
「メイナード先生、準備は出来ました」
「はい。では魔法水に魔力を送って下さい」
「はあぁぁああ」
私は魔法水に魔力を送る。
……がなかなか色が変わらない。
うーーーん? すぐには変わらないのか?
それとも送る魔力が足りないのかな?
よし、もう少し多めに魔力を送るかっ!
「んぎぃぃいぎぎ」
目一杯めいっぱい魔力を注ぎ込む。
だが魔法水の色は全く変わらない。透明のままだ。
全く色が変わる気配がない。
まるで、そこだけ時間が止まっているかのようだった……。
「あ…あのー? メイナード先生? 色が全く変わらないのですが?」
メイナード先生の顔は、とても驚いた表情で魔法水を見ている。
そして心苦しそうに口を開いた。
「……サラさん、貴方には……残念ながら、戦闘魔法の適正はありません」
「へ?」
メイナード先生は今なんて言った? 戦闘魔法の適正が無い?
そんなことはありえない。何故ならば魔女ならば誰しも魔力を持っているからだ。
魔力があるということは、魔法が使えるということ。魔法が使えるということは、戦闘魔法を使えるということ。戦闘魔法が使えるということは、何かしらの適正は持っているということ。
魔法の授業でもそう習った。
「そんなことってありえないですよね? 私魔力持ってますし、現に生活魔法も使えてますし」
生活魔法とは、その名の通り生活で使う簡単な魔法。例えば、ほうきで空を飛ぶのも生活魔法の一つ。
「本当に、本当に、ごく稀まれに……いるんです。戦闘魔法の適正を持たない魔女も」
メイナード先生の言ってる意味が全く分からなかった。
いや、私は分かろうと理解しようとしなかった。
みんなが当たり前に持ってるものを持っていない。みんなが当たり前に出来ることが出来ない。
私はマイノリティな魔女ということか。
それって私は、魔女として落ちこぼれってこと?
いや、落ちこぼれなら努力をすればなんとか変わることが出来る。
でも私の場合は戦闘魔法の適正が無い。すなわち能力として存在しない。
例えば、耳が不自由な人が努力したところで音が聞こえるようにはならない。それと同じことだ。
いくら努力したところで、戦闘魔法を使えることは今後一生無い。
その後、メイナード先生は私のことを励ましてくれたり、今後のことについて色々話してくれたが私の耳にはどれも届かなかった。
私はこの余りにも残酷な現実を受け止めるのに必死だった。
*
きっと教室に戻ったら、ビディや他の友達に適正が何だったか聞かれる。
私には戦闘魔法の適正が無く、マイノリティな魔女なんてとてもじゃないが言うことなど出来ない。
みんな魔女が持ってるはずの適当魔法が私には無い。なんて惨みじめなんだろう。
もう嫌だ。何もかもが嫌だ。
私は教室には戻らず、このまま家へ帰ることにした。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
お母さんはいつものように、暖かく出迎えてくれた。
それはお母さんにとっては、当たり前のこと。
だが今日私は、当たり前が当たり前ではないことを知った。
お母さんのそんな当たり前さえもがとても心苦しく思える。
もう嫌だ、こんな自分が醜い。
私は自分の部屋に入ると、ベッドの上にへたり込んだ。
「……私には戦闘魔法の適正が無いのか」
自分でその言葉を口にしたら、ポロポロと涙が溢れ出してきた。
あれ? なんでだろう? おかしいな? 適正魔法検査が終わってから、ずっとこの事ばかり考えていたのに。
なんで急に涙が出てくるんだろう?
本当におかしいよ。
みんな魔女が当たり前に持ってる力が無い私っておかしいよ。おかしすぎるよ。
「なんで、私だけみんなと違うんだよ」
「ぅ……っ……うわぁああ」
私は泣いた。子供が欲しい物をねだり、駄々だだこねて泣き叫ぶように……。
でも大きくなった今なら分かる。
どんなに駄々だだこねて、ねだって泣いても、本当に欲しいものは手に入らないことを……。
*
チュン、チュン……。
ピィ、ピッ、ピーッ……。
「……うっ、うん?」
どうやら私は、泣き疲れて寝てしまっていたようだ。
「はあ! 今何時だ?」
やばいっ! アカデミーに遅刻しちゃう。
だがすぐに昨日のメイナード先生の言葉を思い出す。
「……サラさん。貴方には残念ながら、戦闘魔法の適正はありません」
そっか、私には戦闘魔法の適正が無いんだっけか……。
私は普通の魔女とは違うんだった。
マイノリティな魔女だったんだ。
今日からマジョリティの人は適正魔法ごとにクラスが分かれ、戦闘魔法の授業が始まる。
戦闘魔法の適正が無い私が授業を受けても何の意味もない。
「じゃあ……もうアカデミーに行く意味じゃん。」
そして私は、この日から魔法アカデミーに行くことをやめた。