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7 七不思議調査班

 数日後のことだった。


 スフィリアにもすっかり事情を打ち明けたウルリカは、しばし忍耐の日々を送っていた。何が起こっているのか知りたかったけれど、確かに、ブラッドフォードが言う通り、自分がこれ以上詮索すると、かえって事態は悪化するのではないかと思ったのだ。


 気を紛らわせるために、生徒会主催の六年生卒業パーティーの準備に没頭していると、生徒会室に、ブラッドフォードがひょっこり顔を出した。


 ブラッドフォードは、その場にいるのがウルリカとスフィリアだけであることを確認してから、切り出した。


「例の、『魔女の小屋』の件です。今話しても?」


 二人がうなずくと、ブラッドフォードは、それ以上の前置きなしに話題に入った。


「『魔女の小屋』というか、学園七不思議ですね。やはり、学生証の位置情報追跡システムの消去済ログを見る限り、ヒマリ先輩は学園七不思議のスポットに繰り返し立ち寄っているようです」


 彼は相変わらず、限りなく黒に近いグレーなデータにアクセスしているらしい。


(消去済ログにアクセスしてるって時点で、もう、何を言ってるのか完全に意味不明だよね……)


 あまり掘り返すと、知りたくない事実まで出てきかねない。ウルリカはその点を深く追及するのはやめて、目先の問題に焦点を合わせることにした。


「そうなの? 結局、七不思議って、何と何なんだっけ」


 色々な人が色々なことを言うので、曖昧になってしまうのだ。ウルリカが首を傾げると、ブラッドフォードは持ってきた薄い小冊子を広げた。本というには簡易な装丁で、印刷されたパンフレットのようなものだった。表紙には『学園七不思議調査レポート』と印字されている。


「これ、六年前、先輩方が入学する前年の文化祭で、園芸部の有志のサークルによって発行された同人誌です。図書室に一部だけ残っていました。これによると、第一の謎は、『失われた常春の水晶宮』。礼拝堂の南面の壁に沿って、いまでも礎石だけが残っていることをこのサークルの人達が突き止めています」


 ブラッドフォードが開いたページには、復元想像図が描かれていた。


 宮殿どころか、小屋と呼ぶのもはばかられるような四角い構造物だ。木枠にはめ込んだガラスでコの字の三面と屋根を作り、残りの一面を直接、礼拝堂の頑丈な石造りの壁に立て掛けている。人が入るのは難しそうな、ミニ温室といったサイズの構造物である。

 スフィリアが覗き込んでうなずいた。


「このサイズでも、屋外に独立して建設するとなれば、強度を計算するのに専門的な知識が必要になるわ。素人設計なら、こうして強固な建造物の壁面を利用して建設するほうが無難だと思う。逆に言うと、正式に予算を組んでプロに依頼したものではない可能性があるわね」

「そして、植物用の温室であれば、『常春の水晶宮』というネーミングもぴったりです。無許可で建築した生徒がいたので、早々に学園側から撤去されたのでは、という考察がされていました。次は、時計塔の『魔獣の檻』。これは、どうやら、時計塔の鐘楼のことをさしているようです」


 ブラッドフォードは、別のページをめくって図版を出した。


「下からは見えづらいんですが、この鐘楼の、まさに鐘を吊るしている部分に、少し目の細かい頑丈な金属格子が取りつけてあるんだそうです」

「檻ってこと? じゃあ、中にはもしかして……」


(本当に魔獣がいるんだろうか)


 ウルリカの背筋をぞくりと悪寒が走ったが、ブラッドフォードは首を横に振った。


「毎年、生徒が夏休みで帰省する年度替わりの時期に鐘のメンテナンス業者が入っています。変な魔法生物でもいれば、問題にならないわけがありませんよ。夢のない話で恐縮ですが。現実的に考えれば、野鳥や小型の動物が巣をかけないように、ってことじゃないでしょうか。この冊子にも、見えづらい格子に気が付いた生徒があらぬ方向に想像をふくらませたのではないかと書かれていました」

「なんだ、つまんないの」


 肩透かしな話に、ウルリカは頬をふくらませた。


「この冊子は、全体的にそういう説明的で落ち着かせるようなトーンで書かれているんです。迷信を解いて、七不思議で生徒が振り回されないように、という主旨ですね」

「じゃあ、他の不思議は?」


 スフィリアが促すと、ブラッドフォードは手短に説明した。


「『精霊の塚』は、何十年も前の探検部が遠征先から持ち帰ってきた蜂の巣で養蜂を試みた跡のようです。厨房棟の裏手に、土の小山があるんですが、それのことですね。地面に塚を作るタイプの蜂だったそうですが、気候が合わなかったのか、二年ほどでコロニーが全滅してしまったらしいです」

「え、なんかちょっとかわいそう。それにしても、ぶんぶん羽で飛び回るから精霊かあ」

「この辺には生息していない、針のないタイプの蜂だったそうですよ。たいそう人懐っこくて、手乗りにできたんだとか」


 ウルリカは、うーん、と腕を組んだ。寒い土地に無理やり連れてこられて、その上、全滅だなんて、気の毒にもほどがある。

 それにしても、聞いてしまうと、なるほどという話ばかりだ。それこそ、夢がないなあ、と思ってしまう。けれど、親友の感想は真逆のようだった。


「すごいわ。こうやって色々説明がつくのって、興味をそそられるわね」

「僕も興味深かったです」

 

 感嘆のため息をつくスフィリアに、ブラッドフォードは応じた。


「ウルリカ先輩の心配ごとに話を戻すと、ヒマリ先輩がもっとも頻繁に足を運んでいるのは、『禁書目録』の噂がある図書館と、『魔女の小屋』が指しているらしい園芸部の作業小屋の二か所です。もっともこれらは、ミステリアスな数字になるよう、数合わせで入れられたんじゃないか、とこの冊子には書かれていますけどね。確かに図書館は一般の生徒も当たり前に利用する場所ですし、これが書かれた当時は園芸部の作業小屋はごく普通の部活の設備だったはずです。なにせ、この同人誌も園芸部のメンバーによって作成されていますから。七つという数字で神秘的な雰囲気を演出して、最後の不思議を引き立てようとしたんじゃないかと」

「最後の秘密? それってまさか……」


 ウルリカは首を傾げた。


「これが一番荒唐無稽な言い伝えですよね。六つの謎を解いたものだけが辿りつける、途方もない効き目と価値がある秘密の呪法。相手の心を思うがままに操れる媚薬のようなものじゃないかと言われて、このころ、七不思議ブームが過熱したようです。それを静めるために、七不思議の謎を解いて公表してしまえばいい、ということで作成されたのがこの冊子というわけです。七つの内二つもが数合わせで入れられたようなもので、残りも説明されてみれば神秘的なところのないエピソードですから、最後の荒唐無稽な言い伝えは噂が伝わっていく中で面白おかしく付け足されたもので、信じるに足るとは言えないんじゃないか、という結論ですね」


 ウルリカの感じた緊張とは裏腹に、ブラッドフォードはそっけなく肩をすくめた。彼は、冊子の結論に同意で、七不思議の秘密を全く信じていないらしい。


「ああ、でも、六つ目の『幻の空中庭園』は今でも見られますよ」


 ブラッドフォードの言葉に、こちらも一度はがっかりした様子だったスフィリアが顔を輝かせた。


「すごいわ。どこにある、何なの?」

「厨房棟の煙突ですよ。その壁面にだけ、真冬でも緑の植物が絶えないんです。屋根から雨水を下ろしてくる樋が、ちょうど煙突の横を通っている関係で、水分と温度のバランスが絶妙に整った結果、煙突の中腹に着生植物が根を下ろしているんだとか」

「見たいわ。行ってみましょうよ」

「スフィリア。今はアイベルンの目的を調査してるんだけど」


 いささか本筋を忘れている様子の親友に、ウルリカが釘をさすと、彼女はばつが悪そうに肩をすくめつつ言い訳した。


「先輩も、この七不思議ゆかりの場所をよく訪れていたんでしょう。何かわかるかもしれないわ」

「そうですね。一番頻繁なのが『図書館』と『魔女の小屋』。次が『魔獣の檻』と『空中庭園』です。比較的、頻度が低かったのは、『水晶宮』と『精霊の塚』。そこで、この事実なんですけど」


 ブラッドフォードは、冊子の最後のページをひらいて二人に向けた。最後まで黙っていた、とっておきの情報があるらしい。


「この奥付を見てください。サークルメンバーの名前が書いてあります」


 数人の見知らぬ名前に混じって、真っ先にウルリカの目に飛び込んできたのは、一年生、と添え書きされた、見慣れた名前だった。


 アイベルン・ヒマリ。


(どういうこと? アイベルンは、この冊子に書かれていることは全部知ってたってことなの……? なら、どうして今さら、七不思議のゆかりの場所なんかにこだわる必要が?)


 その下に書かれた顧問教官の名前を見て、ウルリカは息をのんだ。


 生物科のティナ・ボーア教官その人だったのだ。

 時期から言って、新卒で着任した直後だろう。アイベルンが一年生だった頃から、二人は、サークル活動の部員と顧問として、親しかった、ということだ。



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フッタ

― 新着の感想 ―
[一言] 媚薬…ですか。
[一言] 七不思議。 その内容の信憑性はともかく、それに神秘性を感じる者が多ければ多いほど発動しやすい、アイベルンが求めている魔術があったけど、薄い本の影響でそれが薄れてしまい、それをどうにかして発動…
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