13 七つ目の不思議
「道理で、色々腑に落ちました。すごく興味深いですね」
ブラッドフォードが言う。
「ヒマリ先輩、細かいところの答え合わせをしてもいいですか?」
「ああ、答えられることなら」
「『空中庭園』が、バニラの採取株の育成場所だったわけですね」
ブラッドフォードは指を一本立てて見せた。アイベルンは短くうなずく。
「探検部の連中がふざけて、挿し木で増やした一株を着生させたらしいな。それだけが残ったわけだが」
「そして、『常春の水晶宮』が撤去されてしまった小型の温室と。つまり、加温、保湿してやらないと、十分に生育できないわけですね」
ブラッドフォードは、立てた指を一本増やす。これで二つの不思議、ということだ。
「そうだ。その代わりになるのがこれだ」
アイベルンは目の前のガラスの箱を示した。
「屋外では十分な温度調整ができないことが分かったんだ。それに、探検部がこれを持ち帰った当初にはまだ開発されていなかった植物育成用の波長をもつ魔導ランプの存在が大きい。技術開発が進んだ結果、十分安価になって、こうして室内栽培が可能になったから、俺はこの小屋の中で育てた」
「育て方は手探りだったんですか?」
いいや、とアイベルンは首を振った。
「探検部のメンバーは、この植物の生育方法や香料の作り方を、地元の民族に聞いて書き留めていた。ラティーノ語に近い言語に堪能なメンバーがいて、なんとか意思疎通できたらしい。その記録も、中央言語に翻訳するのは難しかったか、何らかの事情で翻訳をためらったらしくて、そのメンバーの地元の言葉、南部国境沿いの民族語で書かれていたんだ」
「つまり、ウルリカ先輩とヒマリ先輩のご実家の近くですね」
「そうだ。幸運が味方してくれたおかげで、俺には閉架書庫に保存されていたその記録を読むことができた。園芸部の先輩方は、蘭の実物を発見し、七不思議の啓蒙冊子を書くところまでで満足していたから、その南部語の文献を元にした追加調査に興味があったのは俺だけだったというわけだ。文献まで精査して、まとまった形で発表したいと先輩たちにお願いしたら、面白がってくれて、冊子では植物の存在は伏せられた」
「その、探検部の外国語で書かれた記録が『図書館の禁書目録』ですか」
ブラッドフォードは三本目の指を立てた。
「そういうことになるかな。目録にするほどの分量はなくて、記録冊子はほんの数冊だったし、別に誰でも手に取れるところに置いてあったけれど」
「では、『精霊の塚』は?」
四つ目の不思議だ。
「この花はかなり特殊な形状をしている。文献によれば、自然界では、ある種類の蜂がいなければ受粉できないんだ。このパンフレットにも書かれた、地面に塚を作る、針のない蜂がそれだ」
「それで、蘭とセットで、蜂のコロニーごと持ち帰ったわけですか?」
「ああ。でも、蜂にはここの気候は寒すぎて、コロニーが冬眠に入ってしまってね。そのままでは全滅してしまうと慌てて、ラティーノに送り返したと記録されていた」
「それなら、蜂の群れは故郷に帰れたのね。全滅しちゃったわけじゃなくて、まだよかったかも」
ウルリカは思わず胸をなでおろした。蜂の話をブラッドフォードに聞いてから、ずっと胸の奥で引っかかっていたのだ。
「じゃあ、この花はどうやって実をつけたんですか? 蜂はもういないんでしょう?」
スフィリアが首を傾げて尋ねると、アイベルンは作業机の上にあった道具立てから、絵筆のような細いブラシを取り出した。
「これで人工授粉するんだ。さっきウルリカにも説明したけれど、この花は一日花で、早朝咲いて夕方にはしぼんでしまう。午後早い時間までに受粉させないと、実を結ばない。だから、去年の今頃の時期は毎朝ここに来なくてはならなくて、少し大変だった」
「でも、もっと大変なのは収穫してからよ」
口をはさんだのはティナ先生だった。
「受粉から七か月ほどで、ようやく実が収穫適期を迎えるの。収穫したら、間を開けずに熱湯の蒸気を当てて加熱処理しなくてはいけない」
「それがこの大釜ですね」
『魔女の釜』を指さして興味深そうにブラッドフォードが応じる。『魔女の小屋』全体が五つ目の不思議だ。
「それから、適度な風が当たる日陰で、十分に乾燥させるの。その段階でようやく、この独特の匂いが強くなってくるから、今度は、虫や鳥の害を避けるようにしなければいけないのよ」
「ああ、それで!」
ブラッドフォードは、手を叩いて喜んだ。
「それだけが分からなかったんです。最後の一つ」
「ねえ、どういうこと?」
「『魔獣の檻』ですよ、ウルリカ先輩。網目でガードされた時計塔の鐘楼。地面から遠く離れていて、地を這う虫や湿気の影響を避けられる絶好の場所です。あの格子は、伝説の魔獣を外に出さないためではなくて、鳥や羽のある昆虫を中に入れないためのものだったんですね。当時、そこを乾燥室に使っていたんですね?」
そうか、そういうことか、とブラッドフォードは一人、合点がいったようにうなずく。
「それは、ヒマリ先輩でないと現地の環境を実際には確かめられなかったでしょうね。いくらボーア先生でも、事情を明かさずに鐘楼に上がる許可は取れないでしょう」
「ご明察」
いささか居心地悪そうにしながらも、アイベルンはうなずいた。
(自分の仕事に注目されたり、ほめられたりするのがすごく苦手なんだよね。そういうとこ、変わってない)
幼い頃から隣でよく見てきた、はにかむような表情がその横顔に浮かんで、ウルリカの胸の奥がじんわりと暖かくなる。
「鐘楼の風の量や湿度を計測して、その数値を参考にしながら、ここで魔導乾燥装置にかけた」
「そして、最後にこの小屋で熟成作業をしていたわけですね」
「ああ。保温庫に入れて熟成を進めるんだが、毎日適度に空気に当ててやりながら、上下を入れ替えたりしないといけないんだ。作業中にもかなり強い香りが出るから気を遣うし」
「あ、ブラッドフォード。それがあの、『魔獣の卵の孵化器』じゃない?」
スフィリアが声を弾ませた。
「温度を一定に保つ装置なんですよね、ヒマリ先輩。この魔女の小屋にまつわるそういう噂があったんです。さっきウルリカが言っていた、トカゲの尻尾にコウモリのフンがこの、完成したバニラを示していて、魔女の大釜はおそらく、熱湯処理用のこの釜ですよね。なら、孵化器の噂にも根拠があってもおかしくないかもって」
「ああ」
アイベルンも面食らった表情ながらうなずいた。
「そんな細かい噂があるというのは知らなかったが。植物育成装置や乾燥装置に関して言えば、当時の技術では難しかっただろう。でも、最後の熟成作業に使う程度の加温機なら、探検部が活動していた当時でも、確かに鳥やなんかの孵化器を転用して間に合わせることができた可能性も十分ある。でも、その香料はまだ完成ではないんだ」
「え、こんなにいい匂いがするのに?」
ウルリカはアイベルンを振り仰いだ。
「まだ、香りの品質は十分とは言えない。もっと、柔らかくて品のいい香りにできるはずなんだよ」
「確かに私はそう言ったわよ。でも、だからって、これ以上ジャムナパリさんを待たせるのは違うんじゃない? 品質を高めていくのは、今後何年もかかる作業だし、ここまでの成果はもう、十分発表できる段階に来ているわ」
口をはさんだのは、ティナ先生だった。
「さあ、オストランディアさん、ライオネル君。私、生物科実験室の片づけを放り出してきてしまったのよね。今日の六時間目、四年生が発芽直後のマンドラゴラを観察する実習だったのよ。培地に根を下ろされちゃうと引き抜くのが大変になるから、今日中に処理しないといけないの。今の面白い課外研究レクチャーに免じて、実験室の片づけ、手伝ってくれないかしら。ああ、ヒマリ君」
ティナ先生は、早口で言いながらスフィリアとブラッドフォードの背中を押して出口に向かわせつつ、アイベルンにびしっと指を向けた。
「鍵はいつも通り、生物科準備室に返しに来てちょうだい。ここはジャムナパリさんが手伝ってくれるでしょうから、後は、ちゃんと寮まで送っていくのよ」
それから、ティナ先生は長身を屈めてウルリカの目を覗き込むと、華やかに笑った。
「あなただけ特別扱いしていると誤解されてはお互いに良くないから今まで黙っていたんだけれど、私、ジャムナパリ茶園の紅茶の熱烈なファンなの。おいしいお茶を生産していただいて、いつも感謝しているのよ。お父様に一ファンからのお礼の気持ちをお伝えしてね」
「ええと、あの。はい。ごひいきにしていただいて、ありがとうございます」
唐突に言われて、訳が分からないなりに、ウルリカはうなずいて礼を言った。
(ええと。パパのお茶をほめてもらえるのはいつでも嬉しいけど、え? 何で茶園の話を今?)
「そのジャムナパリ茶園の将来が掛かった研究と言われちゃ、私も一肌脱がずにはいられなかったってわけ。他の研究者に出し抜かれないために秘密にしてほしいなんて、学園の生徒の分際ではまず言えないことをまだほんの一年生の終わりのヒマリ君が言ってきたときには、この生意気な生徒、どうしてくれようかと思ったんだけどね。今の駆け足の説明では分からないところもあったでしょうから、ヒマリ君にちゃんと説明してもらいなさいな」














