01:騎士団の雑用係
「おい、雑用係。お前今日でクビな」
「……え?」
突然上司より告げられた言葉に驚き、この俺、レイン=エヴァーツは、掃除用の箒を床に落とした。
「お前の分の給料がいい加減勿体なくなってきたし、その分俺様の給料を上げてもらうよう交渉しようと思ってな。お前がいなくなっても雑用は部下どもで分担させればいい」
「ま、待ってください……! いくらなんでも理不尽です! あなたに言われた通り、ここ一年雑用係としてずっと尽くしてきたじゃないですか!」
「はっ! やかましいぞ! お前のような無能がこのヴェイル=オーデグ様に逆らうことなど許されねぇんだ! いいから黙って荷物をまとめて出て行け!」
ヴェイル隊長に胴体を蹴り飛ばされ、俺は床を転がる。
悔しさで涙が滲みそうになるのを、歯を食いしばって懸命に堪えた。
こんな男の前で、これ以上弱味を見せたくない。
「初めから俺の機嫌を取りながら生きてりゃよかったのによぉ。騎士学園主席だかなんだか知らねぇが、上司の悪事は黙認するっていうのが部下の役目だ。わざわざ指摘するような真似をしたお前の自業自得ってやつよ。そこんところ理解してるか?」
「っ……!」
「生意気な目で俺を見るなよ、元雑用係。お前の居場所なんざ、どこにもねぇ」
立ち上がろうとした俺の頭を、ヴェイル隊長が踏みつける。
それに対し俺がなんの動きも見せないことに満足したようで、彼はゲラゲラと笑いながら宿舎を去っていった。
わざわざ俺にクビを宣告するためだけにここに来たのか。
騎士団の隊長と言うのも、意外と暇なのかもしれない。
――――なんて、強がっている余裕はないのに。
憧れの騎士団長になることを夢見た俺の騎士道は、こうして呆気なく終わりを迎えた。
◇◆◇
俺が騎士団に入団したのは、およそ二年前。
幼い頃、当時の騎士団を率いて街を歩く"騎士団長"の姿を見て憧れを抱いていた俺は、いつか自分がその席に着くために騎士として生きる道を選んだ。
幸い騎士学園にて好成績を収めていた俺はすんなりと入団することができたし、入団したての頃は多くの人から期待してもらったことを覚えている。
しかし、入団してから一年が経過した頃、俺はヴェイル隊長が街に蔓延る犯罪組織から賄賂を受け取っている現場を目撃した。
当然俺はそれを別の隊長に報告し、騎士団全体を統括している騎士団長の耳に届けてもらうよう頼んだ。
問題は、その別の隊長もヴェイル隊長とグルだったということ。
報告は呆気なくもみ消されてしまい、さらにヴェイル隊長の命令に逆らったという罪をでっち上げられ、あっという間に俺は騎士団の中で孤立した。
ヴェイル隊長が雑用係を押し付けてきたことで脱退は免れたものの、結局それは俺が再び余計なことをしないかどうか見張るため。
こうしてついにクビを切られたということは、おそらくその取引をしていた犯罪組織が潰れたか何かしたのだろう。
もう自分と犯罪組織が繋がっている証拠が消えたから、俺を見張る意味がなくなったんだ。
(……呆気ない終わりだったな)
広がる曇天は、今にも雨を降らしそうな様子を見せている。
寝床としていた宿舎をついでとばかりに追い出されてしまった俺は、泊まる場所も探さなければならない。
一応少量ながらに給料も出ていたため、一週間くらいならどこかの宿に泊まることもできるだろうけど――――。
「これからどうするか……」
一週間以内に仕事を探して、衣食住を確保しなければならない。
そんなことは自分でも分かっている。
しかし、騎士団長になるという夢が閉ざされた今、活力というものが消え去ってしまった。
夢を叶えるために人生を捧げたし、過酷な状況でも、どんなに虐げられても文句を言わずに堪えてきた。
目的を失い、果たして俺はこの先何を目指して生きていけばいいのか……。
「ん……?」
今後の生活に対して不安を抱えながら歩く俺の前を、武器を担いだ連中が通り過ぎた。
彼らの格好からするに、おそらく"冒険者"の連中だろう。
「今日のダンジョン探索、かなり調子よかったんじゃないか?」
「ああ、今の調子なら近いうちに攻略できるぞ!」
楽しそうに会話しながら、彼らは街の人ごみの中へと消えていく。
彼らの眼は、俺とは大違いだった。
キラキラと輝き、活力に溢れている。
騎士団は、このアルフェイド王国の治安を守ることが仕事。
犯罪者への対応はもちろん、近隣に出現した魔物を討伐したり、時には王族の命令でダンジョンに潜り資源を集めることもある。
対する冒険者は、自由気ままにダンジョンに潜り、資源を売ったり依頼をこなしたりして生計を立てる職業だ。
規律の下に生きる騎士団は冒険者が嫌いだし、自由の下に生きる冒険者は騎士団が嫌い。
やけに根深いそういった因縁が、二つの職業の間に深い溝を作り上げている。
生計を立てるために冒険者になることは、少し考えた。
俺は特に冒険者に対して偏見を持っていないし、最短で金銭を手にするにはやはり最適な職業ではある。
しかし冒険者になるには、どこか"ギルド"に所属しなければならない。
ギルドとは"ギルドマスター"と呼ばれる冒険者を筆頭に、信頼できる仲間たちで構成された組合のことを指す。
一応自分でギルドを立ち上げることもできるが、立ち上げたばかりのギルドは国からの評価が低く、ろくな仕事にありつけない。
どこかのギルドに所属して冒険者としての実績を積んでから独立するというのであればまだしも、最初から一人で立ち上げたところで意味はないのだ。
となると、まずはどこかのギルドに入れてもらわなければならない。
しかし元騎士団の俺を受け入れてくれるギルドなんて、おそらく滅多に見つからないはず。
冒険者になるという選択肢も、実質塞がっているようなものだった。
(俺は……間違っていたんだろうか)
剣さえ握れれば。
剣さえ振らせてもらえれば。
自分はきっと活躍できた。
自分はきっと誰かの役に立てた。
そんなことを考えない日は、一日として存在しなかった。
あの時、大人しくヴェイル隊長の悪事を見逃していれば、俺は今頃――――。
「……駄目だろ、それじゃ」
何度考えても、何度反省しても、何度後悔しても、俺の結論は変わらなかった。
悪事に加担して騎士としての命を繋ぎ、やがて団長になれたとしても、俺はそうして叶えた夢を誇れない
もう騎士団長にはなれないとしても、間違った生き方だけはしたくなかった。
それはこの先の人生だって変わらない。
「……?」
ふと、道行く人が騒がしいことに気づく。
どうやら皆、そこにいる何かに注目しているようだ。
「おい……あれ"氷雪の剣姫"じゃねぇか?」
「あの銀髪、間違いねぇ。ってことは、"銀狼の牙"がダンジョンから帰還したんだ……!」
「マジかよ! 確かAランクのダンジョンに挑んだんだろ⁉」
"銀狼の牙"――――。
アルフェイド王国を拠点とする冒険者ギルドの中で、トップを走り続けている最強のギルド。
そのギルドが誇るエース冒険者の二つ名は、"氷雪の剣姫"。
そんな風に呼ばれている彼女のことを、俺はとてもよく知っていた。
「……久しぶり、レイン」
「スノウ……」
美しい銀髪に、透き通るような肌。
メリハリのある体つきはどこまでも理想的で、人々の視線を惹き付ける。
スノウ=ホワイト、それが彼女の本名。
俺とスノウは騎士学園の同期であり、そして、主席と次席という常に競い合った仲である。
「ずいぶん探した。騎士団の宿舎に行ったけど、いないって言われたから」
「お前が俺を探してた……? 急にどうして」
「あなたの力が必要だから」
「俺の力って……」
混乱する俺の目を、スノウが覗き込む。
彼女の水晶のような青い目は、まるで俺の心の内すらも見通しているようだった。
ただ、決して不快ではない。
むしろ俺の心は徐々に落ち着き始め、冷静になりつつあるようにすら感じられる。
「これから私のギルドは、Sランクのダンジョンに挑む。きっと楽な道じゃない。だからもっと、信頼できる仲間が欲しかったの」
そう告げて、スノウは俺に向けて手を伸ばす。
「レイン、私と一緒に、冒険者やろう」
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