53話 遭難
「えぇっ!? 何々!? 急に荒れだしたんだけど!」
えー、こちら石田三成。現在……なんて言ってられない! さっきまでは、少し警戒しつつも楽しんでカヌーを漕いでいたのに、大きく荒れる波に、みんな、もはやパニック状態だ。それになんだか、雨も降ってきている。
「スコールだ……! まさか、このタイミングで当たるとは……えぇい! 皆の者! 落ち着いて、波に飲まれぬようにオールを漕ぐのだ! 先程の無人島に引き返すぞ!」
先生が大きな声で号令を出す。普段なら暑苦しいって思うけど、今は、パニック状態の僕らには丁度いい。
みんな、慎重にオールを漕ぐ。僕は佐々木殿の怪力もあって、すぐに無人島に到着できた。その時だ。強い風が幾つかの舟をひっくり返してしまった。
「うわぁっ!?」
「なっ……ごぼっ!?」
「佐々木殿! ちょっと舟、借りるよ!」
「は!? オイ、三成!? ってか、舟はオレのじゃねェぞ」
気づいた時には、僕はカヌーに乗り込んで漕ぎだしていた。確かに僕は、非力な子どもだけど、できる事があるかもしれないから。のうのうと、見ているだけは嫌なんだ……!
「小越! 乗って!」
「お、おう!」
先ずは、一番近くに居た小越を船上に引き上げる。一人づつしか無理だけど、何もしないより、よっぽどマシだ!
「ぬぅ……来い! 『我が愛馬! スレイプニル』!」
「じゃあワシも……『フェンリル! 出番なのじゃ』!」
小越を岸に送って、もう一度……! と思ったら、先生方が八本足の大きな白馬と金の鎖を着けた蒼い狼を呼び出した。きっと、アレが先生方の転生能力なんだ。
「ロキよ……何故にフェンリルなのだ……ヨルムンガンドでも良いではないか……!」
「え〜? ワシは生徒を助けつつお前に嫌がらせがしたかったのじゃ、このクソおでん」
こんな時に兄弟喧嘩はやめてほしい……でも、海に落ちたメンバーはスレイプニルとフェンリルに乗ったし、落ちなかったメンバーは岸に着いた。これでもう安心だね。
「ゴボボっ、げほげほっ!」
「っ……!? 秀吉様!」
そんな! みんな、岸に着いたんじゃなかったのか!? ヤダ……嫌だ。嫌嫌嫌嫌嫌……! どんな理由であれ、秀吉様に何かあるのは許容できない!
舟の上から引き上げればいいはずなのに、気づいた時には秀吉様の居る方に、この身を投げ出していた。
「ひでっ……秀吉さっ、秀吉……!」
秀吉様の腕を掴んだあたりで、僕の意識は波に飲まれてしまった。
――
この目に映ったのは、敬愛する主君のために、荒れた海に飛び込むあの子の姿だった。
「……あのバカ成……!」
私が追いかけなければ。私が助けなければ。そう思って、そこにあったカヌーを持ち出そうとしたら腕を掴まれる。
「……邪魔を……するな……!」
「落ち着くのじゃ、稲荷神。この荒れぐあいじゃあ、おまえも波に飲まれるのじゃ!」
腕を掴んだのは、あのイタズラ神。その隣には主神も居る。だが、それがどうしたと言うのだ……! あの子に恩を返せるのなら、この命、惜しくもない!
「……それなら……誰が……あの子を……救うのだ……!」
「稲荷神よ。何のために、我らがスレイプニルとフェンリルを呼んだと思っている? こういった事態も想定内だ」
「……必ず……救え……」
踵を返して第六天と大権現の元に行く。心配そうではあるが余裕のある顔つき。二人も、この事は想定内だったのだろうか?
「……第六天……大権現……ヒトの心とは……難しいものだな……」
「そんなモンだろ。じゃなきゃオレも、本能寺で死んでねぇよ」
「……余も……そのせいで……三成を……」
嗚呼、ただ待つだけ、というのは、中々にキツイものだな……。
――
今回の初出人物
スレイプニル
オーディンの愛馬。
ロキが雌馬に化けた時に産んだ足が六本ある馬。
ニンジンよりもホウレンソウが好き。
フェンリル
ロキの息子の狼。
ラグナロクの時にオーディンを飲み込んだ。(噛み殺した)
オーディンにとってのトラウマ。
稲荷神
京都の伏見稲荷大社で祀られている農耕神。
何故か三成と同じ顔で三成の転生能力の一部として現れた。
本人は恩返しと言っているが……?
ラグナロク
北欧神話の世界で言う終末の日。
だいたいロキのせい。




