32話 狗神
気がつくと、何度も夢に見た暗闇の中だった。怨嗟の声も相変わらず響いている。
武士としての記憶がある僕だからこの怨嗟の声にも耐えられるけれど、記憶が戻る前の、只の男子高校生だった僕がここに居たら、と思うとゾッとする。
「殺せ」
「殺せ、犬神憑きを殺せ」
「石田三成」「石田三成だ」
「治部様が、お怒りだ」
「治部様が嘆いている」
「犬神憑きの首を取れ!」
前までと違うのは、聞こえてくる声がハッキリと聞こえるようになった事。どうやら、僕に対する恨みでは無いらしい。
犬神憑き、とは僕の事なのだろうか? 確か、綱吉は以前、僕のことを狐憑きと言っていたし、何か関連があるのか……?
治部様、と言うのはこの空間のもう一人の僕の事だろう。ただ、嘆いている、というのは一体……。
「……来たな……石田三成……犬神に蝕まれし者……お前に憑く……犬畜生を……殺す……」
来た。もう一人の僕……治部様だ。相変わらず感情は無いのに殺意を感じる目で薙刀を構えている。だけど、目的は僕では無く、僕に憑いている犬神らしい。狙いが僕で無いなら怖くはない。
「……ヤドリギよ……射抜け……」
治部様が言うと、ヤドリギの枝でできた矢が雨の様に降ってきた。すごいな……僕も、いつかこんな風にできるのだろうか?
ヤドリギの矢が僕の後ろに突き刺さると、地面から絶叫が響いて、犬神が姿を現した。治部様がもの凄い形相で犬神に斬りかかった。
「……我が眷属に……憑く愚か者め……私が……斬る……」
『我が眷属』……? 治部様は前世の僕ではないのか? ともかく、治部様の斬った犬神は塵になって消え去った。僕自身も、何だか肩が軽くなった気がする。
「貴方が治部様? 僕を助けてくれたんでしょ、ありがとう」
「……当然の事を……したまで……お前は……気にせずとも……良い……」
「そっか。所で治部様、さっきの『我が眷属』って一体何の事?」
「……今はまだ……知るべきで……ない……」
今はまだ知るべきでない、か。治部様については謎が深まるばかりだ。気になる事はあるけれど、彼なら必ず教えてくれる。何故だか、そんな気がする。
前方が明るくなってきた。もうすぐに意識が現実世界に戻るのだろう。
「……お前の能力……本質は……育み、影響を与える事……害を与える事では無い……」
起きる心構えをしなくちゃ、と思った時に、治部様が僕の方を向いてアドバイスをくれた。しかし、育み、影響を与える事が僕の能力の本質か……。
「……お前には……大一大万大吉の……加護が……ある……精進……しろ……」
真っ白に染まりつつある僕の視界に、最後に見たのは、少しだけ微笑んだ治部様の顔だった。




