31話 犬神
「ふふふ、この間ぶりですね。再び出会う事を心待ちにしておりましたよ、お犬様」
「狗じゃないし、貴方には二度と会いたくなかったです、僕は」
僕一人で綱吉と対峙する。他の部員達は半数が棄権してしまったが、残った半数は敵味方共にその場から逃した。
僕に向き合う綱吉は、禍々しい気配を纏った二匹の犬を連れている。よく見れば、その内の片方は馬琴の『八房』だ。……何故、八房が? 馬琴は了承済みなのか?
「ま、そんな事は今はいいんです。さあ、叫べ! マンドラゴラ!」
僕の出したマンドラゴラが叫び声を上げる。あまりの煩さに周りも顔をしかめている。それなのに、綱吉と犬神達は煩さを感じる様子が無い。更に驚くべきは、犬神達がマンドラゴラを喰らい出したじゃないか!
「何を、バカな事を! マンドラゴラには致死量の神経毒が……!」
「ふふ、貴方様は憎む相手にも情けをかけるのですね。ですが、その心配は無用ですよ!」
綱吉はそう言うけれど、犬神達は毒に苦しんでいる。そして、犬神達がパタリと倒れたかと思うと、再び立ち上がった。心なしか、禍々しい気配が強くなっている気がする。
攻撃が効かないのなら、行動を封じるしか無い。ポケットの中の球根と種をばら撒いて能力を発動させる。
「絡み付け、左近花! 押さえつけろ、楠木!」
人間の力では突破できない程強力な拘束だけど、能力で生まれた動物相手にいつまで持つのやら……。
少しミシミシと嫌な音がしているし、限界も近いな。僕一人だと少し荷が重い。誰か、手伝って欲しいかも……。
「ミツナリッ!」
「……三成……助け……来た……」
「家康! 吉宗! ありがとう、すごく助かる!」
手助けに来てくれたのは、家康と吉宗だ。二人とも、綱吉の扱いが分かっているから、とても頼りになる。
「家康、吉宗、どうすれば綱吉は止まる?」
「ああ、このハリセンで脳天ぶっ叩けば、一応」
「……三成……足止め……」
「わかった、拘束を補強する。咲け、左近花!」
「今だ! ツナヨシ、覚悟!」
左近花で綱吉と犬神達の拘束を強化して、家康達が綱吉を叩く。順調な筈なのに、何だろう。何故か、うなじがチリリと、嫌な予感が……。
「うふふ。余所見、しないでくださいよ。お、い、ぬ、さ、ま♡」
綱吉が後ろから僕の肩に縋り付いてきた、だと……! しっかりと拘束したのに、何で。
「どうして、と思っていますでしょう? しかし、言ったではありませんか。『負の感情が犬神を育てる』と。お犬様は最後の仕上げ。狗神様の器になっていただきますよ!」
狂気を孕んだ声で言う綱吉に、僕は金縛りにあったかの様に動くことができない。吉宗達も早く逃げろって言っているのに……動け、動け動け動け!
「ふふふふふ、これで、狗神様が……!」
犬神達の牙が迫ってくる。狂った様に笑う綱吉の声を最後に、僕の視界は暗転した。




