29話 リレー
午前中の競技はコレでラスト。部活の幹部級の部員達――部長、副部長、会計、書記によるリレーだ。
ここで三着までに入る事ができないと、優勝の可能性がほとんどゼロになってしまうから緊張は今までの倍くらいはある。既に胃が痛い。だと言うのに、なんと、僕がアンカーになってしまったのだから胃の痛みも倍増だ。
そもそも、なんでプレッシャーに弱い僕がアンカーになったのかについては、昨日の準備が終わった頃まで遡る。
体育祭の準備が終わり、もうあとは帰るだけという時に信長様に呼び止められた。なんでも、幹部級の生徒によるリレーの走順を決めなければならないんだとか。何でこんな直前にとか思わないこともないけれど、今更そんな事を言っても遅いから黙って着いて行く。
部室には、先に片付けを終わらせて帰っていると思っていた家康と秀吉様が居た。
「じゃあ、リレーの走順を決めるぞ。何か、希望はあるか?」
「ワッシは責任の薄そうな所がいいねぇ」
「僕、アンカーとトップバッターは絶対に嫌だ。お腹を壊します」
僕と秀吉様が同時に答えた。こんな所で似たなんてちょっと複雑な気分。
「……余も……二番か……三番……」
ワンテンポ遅れて家康も答える。何となく予想のつく回答だけど、これだと何も話が進展しないな。どうしようか、と悩んでいると信長様が提案した。
「じゃあさ、高天原棟にある日輪神社の前でくじ引きをして決めようぜ!」
確かに、くじ引きなら恨みっこナシで解決する。そうと決まれば、さっそく職員室のある高天原棟に向かう。高天原棟の鳥居の連なったようなデザインの廊下は、いつ来ても背筋が伸びるような心地だ。
「よし! 火事が起きる前にさっさとやるぞ!」
「そっか。信長様って転生能力のせいで火事が起きやすいんでしたっけ」
「神社ならまだマシだけどな……ん、できた!」
ちぎった紙に何かを書いていた信長様が顔を上げた。持っていた紙切れには僕達の名前が書いてある。その紙を部室から持ってきた箱の中に入れて激しく振る。
「じゃあ、先ずはトップバッターだな! ……第一走者は、オレだ!」
なるほど、くじは名前を書かれた紙を箱の中から引き当てるタイプのくじか。第一走者が僕でないことに、ひとまず安心した。
「次! うーん、第三走者は……ヤスだ!」
うわ。マズいぞ。これだと、僕か秀吉様がアンカーだ。ちょっと緊張して来たな。
「じゃ、第二走者は飛ばして、アンカーだ! アンカーは……よし、佐吉、頑張れよ!」
信長様がアンカーを発表した瞬間、僕は膝から崩れ落ちた。……気がする。
「ガッデム! 神も仏も居やしねぇです!」
「魔王ならいるぜ」
「そんなこたぁ分かってんですよ! ……嗚呼、胃が痛い」
そんなこんながあって、僕がアンカーに決まった。ホント、死ぬほど嫌だけど決まった事は仕方がない。幸い、走るのが速く無くても、能力を駆使して他の走者の足を引っ張っても問題無いとの事だ。今回は全力で、物理的に足を引っ張ろう。
第一走者がトラックに入る。いよいよ、リレーのスタートだ。
『さあ、始まりました! 午前中最後の競技、リレー! 今回の注目選手は、今年度から日ノ本学園に編入したESS部の石田君ですね! どんな風に能力を扱うのか、楽しみですねぇ!』
うわぁ、注目されているじゃんか! 他の選手達もこっちを見ているし、さっき飲んだ胃薬が全く効いてない。
『では、第一走者が出そろったところで、よーい! ……ドン!』
スタートの合図で、選手達が一斉に走り出した。第一走者のうちは誰も能力を使うつもりが無いのか、普通に走っている。……信長様の場合は、コース内に宗教施設が無いと使えないって言うのもあるけれど。
先頭集団が最後のコーナーに差し掛かる。ESS部は現在、二番手だ。もうそろそろバトンタッチ、という時に秀吉様が不敵な笑みを浮かべた。
「ワッシの能力、こういった時にも使えるんだよねぇ……。輝け! 『太閤秀吉』!」
秀吉様が能力を発動させると、その背中に後光が差して、秀吉様自身が発光した。その眩しさは利休殿の『黄金の茶室』以上だ。
そして、驚くべきは、走っている選手達が自分達の仲間の元で無く、秀吉様の方に寄っていくではないか! 以前、信長様の言っていた「とにかく目立つ能力」と言うのは、この事だったのか。
他の選手達が秀吉様の方に寄って行っている隙に信長様は秀吉様にバトンを渡していた。無意識のうちに僕も意識が誘導されていたらしい。
いつのまにか、秀吉様も最終コーナー。家康にバトンが回ったら、もうじきに僕の番だ。今回使う植物は決まったけれど、どんな作戦をとるかが悩ましい。アンカーには先の障害物競走でとんでもないスピードを見せた木戸が居るのだから。
秀吉様からバトンを受け取った家康が走り出す。今の所は、一位独走状態だ。それでも、リレーに向いた能力を持たない家康は、少しずつ距離を詰められていっている。でも、もうすぐ戻って来そうだし僕も準備をしなくちゃ。
「……三成ッ……! ……あと……任せた……!」
「任されたっ!」
家康からバトンを受け取ってスタートする。走りながら、さりげなくコースに種を仕掛けるのも忘れない。あとは……来た! 木戸だ! 他のアンカー達も近くに居る。
「ふふん☆石田センパイはそこまで速くないし、ボクらの勝ちは決まり、かな☆センパイ、勝たせてもらうね『逃げの小五郎』!」
「いいや、勝つのはESSだよ。……咲け! タンポポ!」
僕の宣言で、仕込んでいた種から一斉にタンポポの茎が伸びる。加速をし始めていた木戸は見事に顔から転んだ。他の選手達も足を取られて、大幅なタイムロスをしている。うん、これだけ離れれば大丈夫でしょ。
一応、全力で走っていたけれど、そもそも僕は50m走で十一秒台の鈍足だ。あっという間に木戸に追いつかれた。でも、ここで負ける訳にはいかないし、ゴールは目前。今までで一番――それこそ、関ヶ原での敗走の時よりも本気で、負けるものかと足を動かす。
追い抜かれるものかと走った僕と、追い抜いてやると迫った木戸と、ほぼ同時にゴールテープを切った。一着は、どっちだ……? 不安ではあるが、どうか、勝てていてほしい。
『おぉーーっと! ほぼ同時にゴール! ビデオ判定の結果は……同着! 二人とも一位!』
同着、一位……? よかった……。単独での一位は、取れなかったけれど、これで、優勝の可能性が、見えてきた。安心からか、疲れからか、うまく、息ができない。
「佐吉! よくやった!」
「……三成……ありがと……」
「いいや、僕、こそ、ありが、と……」
「よくやったねぇ。この水でも飲んで、少し息を整えなよ」
「はい、ありがと、ござ、います」
秀吉様からいただいた水を飲んで、息を整える。ホント、最後は危なかった。かなり引き離していたのに、すぐに追いついた木戸の速さはすごかった。でも、これだけで安心してはいけない。文芸部との優勝争いは、これからが本番なのだから。




