28話 障害物競走
綱引きも終わって、次の競技は障害物競争だ。僕は選手として参加することはないけれど、障害物の配置の手伝いとして参加することになっている。
『さあさあ、次の種目は障害物競争! 勝者候補は……そうだなあ、文芸部の木戸君と野ッカー部の真田信繁君ですね! はてさて、誰が最初に去年よりも更にパワーアップした障害を乗り越えるのか! 勝利のカギは転生能力! 楽しみですねぇ!』
アナウンスと共に競技者がトラック内に入ってきた。普段はどこか飄々とした態度の木戸も心なしかソワソワとしている。
競技者がスタートラインに並ぶ。勝利のカギは転生能力にあると実況・解説担当の生徒会員は言っていたから、みんな何かしらの秘策があるのだろう。
審判がピストルを構えると信繁は後ろを向いて、木戸はどこから取り出したのか学校指定の外套を羽織っている。
……は?
木戸はまだ何となく、外套が能力に関わってくることが予想できる。だけど、信繁は何だ? 後ろを向いて何になる?
『よーい』
ええっ!? もう始まるじゃないか!
『ドン!』
「ふふん、『逃げの小五郎』であるボクに追いつけると思わないこと、だね☆」
「なんのっ! どこまでも追い詰める『六文銭の猛威』を舐めるな!」
木戸が能力を宣言すると、外套から凄まじい勢いの風が巻き起こる。そして、本人は風に乗って既にスタート地点からかなり離れている。一方、信繁は周囲に浮かび上がった六つの円形の炎からジェットエンジンのように火を噴かせて、エビのような体勢で追いかける。なるほど、火は自分から見て前の方にしか噴射できないから後ろを向いていたのか。さすがは日本一の兵、面白い発想だ。
先頭の木戸とその後を追う信繁が最初に挑む障害は平均台。それでも、ただ平均台を渡るのではなく、お盆に乗った十個のボールを一つも落とさずに渡り切らなければならない。一緒に手伝いをしている伊達殿に話を聞いたところ、毎年、約半数が平均台で失格になるらしい。
最初はかなりのスピードで飛ばしていた木戸も、流石に平均台はゆっくり慎重に進む。そうしていると、追いついた信繁が勢い余って平均台に激突し、木戸諸共平均台から落ちた。……後ろ向きである事の欠点が顕著に現れたな。
『木戸君、真田君、失格! いやぁ、いきなり勝利候補が脱落するなんて! これは、誰が勝つのかわからなくなって来ましたな!』
「まさか、ぶつかって来るなんて、ね☆」
「くっそぉー! 来年はきちんとゴールしてやるんだからな!」
信繁が悔しそうに叫びながら退場する。次の課題は方向と勢いのコントロール、と言ったところか。
「あーあー、信繁のヤツ……まぁ、文芸部のヤロウを道連れに出来ただけヨシとするか」
「アハハ……まあ、うん。ドンマイ」
そうして伊達殿と話している内に、先頭集団が二番目の障害に到着した。
次の障害は地面に置かれたネットを潜り抜ける事らしい。ただ、通常と違うのは、飛んでくるゴム製の手裏剣を避けながら潜り抜けないといけない。手裏剣に塗られたペンキが体に付くと失格だ。
ここでも、一番目の障害をクリアした人のうちの約半分が失格になっている。僕としては、手裏剣投げに現役の忍者を雇っている事が原因だと思うんだけどなぁ。
もうすぐ三番目の障害、という所で、トップを走っている佐々木殿が他選手の妨害のために能力を発動した。ルールとしては大丈夫なのか心配だけど、周りが何も言わないから良いのだろう。
「ガッハハハハ! オマエらにはココで立ち止まって貰うぜェ! コレが『婆娑羅の大宴会』だ!」
佐々木殿が宣言するなり、巨大な満開の桜と夥しい数の花見客の幻影が現れた。残りの選手は殆どが帝王学部の面々で、みんな数の多い少ないはあるが前世では人を殺す事もあった。それでも、邪魔な幻影ではあるけれど、人間をなぎ倒して進む事は心情的に難しいだろう。
「ガッハッハ! コレで余程のサイコヤロウじゃねェと通れねェだろ! オマエらは、そこで花見でもしてな!」
苦虫を噛み潰したような顔をする面々を残して、佐々木殿が僕達の居る三番目の障害の所までやって来た。
三番目の障害は、お皿の中から伊達殿が能力を使って作ったずんだ餅を見つける、というものだ。伊達殿が能力で料理をすると見た目はみんな同じになるから、この中から一つだけあるずんだ餅を見つけるのは至難の業だ。
「よォし、一発で当ててやる! ……うゥむ、匂い的には、コレか?」
「正解には中に『あたり』って書いた紙が入ってるから割ってみて」
僕の言葉を受けて、佐々木殿が伊達殿の料理を割ってみると、見事に中から『あたり』の紙が現れた。
「よっしゃ、んじゃ、俺は行くぜ!」
一人、能力の犬を連れた選手が来ている為、慌て気味に佐々木殿が走って行った。ここまで来たんだから、勝ってほしいなぁ。
障害物競走のラストは500mを走り切ることだ。佐々木殿が出てしばらくして、犬連れの選手が三番目の障害をクリアした。
「征け、『八房』つむじ風のように」
選手が小さく呟くと、八房と呼ばれた犬は、彼を背に乗せて黒い風の様に走った。
『佐々木君、逃げきれず! 一着は動物を愛する会の曲亭馬琴君だぁーッ!』
佐々木殿があと少しでゴールという所で、犬連れの選手――曲亭馬琴が逆転勝ちをしてしまった。
流石にこんな負け方は予想がつかなかったのか、佐々木殿が悔しそうにしている。
「クッソ! あとちょっとだってェのに! 面目ねェ」
「大丈夫、リレーと合戦で取り戻そう。絶対に」
残りの競技はリレーと合戦。どちらも負けられないな。僕は両方に出るから、頑張らないと。
――
今回の初出人物
曲亭馬琴
江戸時代後期の作家で『南総里見八犬伝』の作者。
動物を愛する会のメンバー。
転生能力で自身の作品の登場人物を呼び出す事ができる。
八房
『南総里見八犬伝』に登場する巨大な黒い犬。
走るのがとても速い。




