20話 チアリーディング部
文芸部からの帰り道。僕は、先程のイラつきを収めるために、少し遠回りをしていた。少し人通りの少ない廊下に出ると、奥の方から誰かが言い争うような声が聞こえてきた。うーん……。すっごくイライラしている時にいじめっぽい場面に出会いたくなかったなぁ。八つ当たりも混じっちゃうけど、いいよね?
「お前たち! そこで何をしている!」
「うわっ!? ESS部!? しかも幹部級じゃねえか! オイッづらかるぞ!」
チッ逃げられた! まあ、今回はいっか。僕がいじめられていたであろう男子生徒に向き直る。あれっ? よく見たら三年だし、何なら、さっきまで僕を不快にしていた先輩に似ているような気が。
「あのっ! 助けてくれて、ありがとう! ぼくはチアリーディング部の源義経、よろしくね!」
「はあ、えっと、僕はESS部の石田三成。今は、一応、よろしくです」
源義経、という事はやっぱり頼朝公の弟か。本で読んだ事があったし、昔から有名だった。「兄に殺された悲劇の美男子」だと。一応、よろしくと言った手前、義経公を無視することはできない。だって、いかにも「悩みがあります」といった顔だ。……話を聞くくらいなら、いいかな。
「何か、悩みがあるんでしょう? 全面的に協力、とはいかないけれど、話ぐらいは聞くよ。よろしくするって言ったし。」
「えっ、いい、の?」
「もちろん。僕、嘘は吐かない主義だから」
「ここだと、ちょっとマズいから、ぼくの部室に来て欲しいな」
義経公の言葉に頷いて、道案内を促す。とはいえ、今居る廊下からそこまで離れてはいなかった。部室に入ると大柄で厳つい、女子制服姿の先輩が出てきた。三年の間で女装、流行ってるのかな?
「義経様! 大丈夫でしたか?」
「大丈夫だよ、弁慶。そこの石田君が助けてくれたんだ」
「そうでしたか。かたじけない、石田殿。某は武蔵坊弁慶と申す。チアリーディング部の副部長だ」
「ご、ご丁寧にどうも。僕はESS部の会計をしている石田三成です」
ひとしきり挨拶が終わって義経公に話を促すと公は少し、顔を曇らせて話し始めた。
「話は、兄の、源頼朝のことなんだ。兄上と僕は、今生では従兄弟で、再会も日ノ本学園に入ってからだった」
そして、義経公の話を纏めるとこうだ。
学園で再会した兄は、既に現在のような傲慢ともいえる態度をとるようになっていた。何事かと親に話を聞いてみると、頼朝公は家で、まるで神であるかの様な扱いを受けていた。そして、一人の人間として見られたい頼朝公は、何を思ったのか、誰かを手助けして人と関わることで、誰かが自分を一人の人間として見てくれると考えた。しかし、絶望的に下手くそな言葉選びと自信の転生能力のせいで誤解を招き、今に至る、と。
ついで、僕が言われた「ESSを抜けて文芸部に来ないか」は「文芸部にも興味を持ってくれると嬉しいな」だそうだ。意味がわからない。
「ぼくは、兄上に人としての幸せを掴んでほしい。でも、何も出来ない、見ているだけのぼくに、何か出来るのかな……?」
「僕から言えることは、そうだな。真っ正面から意見を言って、諌めて、場合によってはブン殴る。それで充分だと思うよ。それでもダメなら、『お前の事なんか知ったこっちゃねーよ』ってバッサリ切り捨てればいい」
「でも、兄上に手をあげるなんて……」
「その認識がおかしいんじゃないかな? 僕は、例え自身の主君が相手でも、間違っているなら諌めるよ。諌めてくれる相手が居ないって、とても可哀想なことだと思う」
ちなみに、これは僕の経験したこと。あんな事があったのに、まだ僕に好感を持ってくれる吉継達には頭が上がらない気分だ。
しばらく黙って俯いていた義経公が、ふと、顔を上げた。最初に見た時よりもスッキリした顔だ。
「ぼく、兄上に意見してみる。言葉ではわかってくれないだろうから、合戦で。弁慶、石田君。手伝って欲しい」
「某は、義経様の為であれば何だって」
「まあ、いいんじゃない? 近いうちに体育祭があるから、その時に叩きのめせばいいよ。それなら僕も、できる限り協力するよ」
ESSのみんな侮辱した借りも返さないといけないし。覚悟を決めた義経公に、特に反論は無い。さあ、これから信長様達にも報告しなきゃ。
――
今回の初出人物
源義経
源頼朝の弟。
チアリーディング部の部長。
転生したらずいぶん様変わりした兄にビックリ。
武蔵坊弁慶
義経の従者。弁慶の泣き所(足のすね)で有名。
チアリーディング部の副部長。
メンズのXLサイズの女子制服があった事にビックリ。
 




