消えない繋がり
この物語も残すところあと一話となりました……。
学校が始まりましたので、いつもの更新ペースに戻させていただきます。よって、最終話の更新は次の日曜日とさせていただきます。
最後まで応援のほど、宜しくお願いいたします。
「やはり、銀蒐も春零も城に残るのだな……」
分かりきっていたはずなのに、黎琳は一縷の望みを馳せていた。
控えめに頷く春零に、黎琳はそれ以上何も言えなかった。彼女達の中にも一緒に行きたい思いはあったと思う。けれど元々銀蒐は女王陛下に仕える身。非常事態と言う事で共に旅して回っていたのだから、一緒に行く口実がなくなってしまった、と言うのが恐らく本音であろう。現に春零は瞳を潤ませ、今にも泣きついてきそうな状態だ。その苦渋の決断を鈍らせるようであれば尚更二人を傷つけてしまう。
「そうか……」
そう言うのが精一杯だった。
こういう別れ際にどういう表情をして、どういう別れ方をすればいいのか、生憎黎琳は知らない。
衿泉は何も言わずに銀蒐と拳を打ち交わした。言葉には出さなくとも、彼が自分と同じように寂しく思っているのが手に取るように分かった。
「春零の歌、またいつか聞きにくるのじゃ~」
「ええ、すべき事が終わったら春零からも復興した鳥族の里へ行きます」
抱擁を交わし、笑顔で別れを迎える蓬杏。
「ふう、これで春零にも目の敵にされなくて済むよ。銀蒐、君の腕なら絶対大丈夫だ。自身持ちなよっ」
「目の敵ってどういう事です!温泉での話は忘れてませんし、黎琳や蓬杏にあんな事やこんな事をしようと目論んでいたのも知って……!」
「ぎゃああああ!何でそんな事を知っているんだよぉぉ!」
思わず目と耳を塞ぎたくなるほどのふざけっぷりな陳鎌。まあいつもどおりと言えばいつもどおりではあるが。
こうやって皆で居られるのも、これで終わりだ。
「春零……春蘭の事ではお前に辛い思いをさせて悪かった。でもお前の歌声は国一番だ。またいつの日かその調を私に聞かせてくれ」
「何を言うんですか、黎琳!たとえ天に反した事であっても、春蘭をあのような形で留めてくれたのは感謝してもし尽くせないんですよ!春零の歌を生かす好機を与えてくれたのも、こうして皆に出会えたのも、全部全部黎琳のおかげです!いつでも王都によって下さいね」
手を取り、涙ぐむ春零に思わずもらい泣きしてしまいそうだった。
また泣いたら衿泉に泣き虫と言われそうなので、鼻をすすって何とか堪える。
「銀蒐も今まで仕えていた主人を亡くして、本来ならば休養も必要だっただろうに連れ回して悪かった。お前のその堅い忠誠心と実力は、これからも守りたいものを守り抜く礎となるだろう。大切にするがいい」
「もしあの時黎琳殿が光臨しなければ王どころか我が命ですら失われていただろう。だから黎琳殿は女王陛下やその周りの運命までも救ってくれた恩人だ。その恩人に報いるためならばこの銀蒐、いつでもこの手腕を貸す覚悟だ」
「ありがとう。分かっているとは思うが……人と妖魔の間のわだかまりが完全に消えたわけではないから、何か事が起きたらその根本的な解決に力添えをして欲しい」
「「もちろん!」」
春零はともかく銀蒐までも頬をほころばせたので、一瞬目を丸くしてしまったが、黎琳もいつもの勝気な笑みを浮かべて手を振った。
黎琳達の姿が深緑の森に溶け込むまで二人は見送った。
「なあ」
「何だ」
「これ、完全に迷ってないか?」
辺り一面木々の楽園。王都を経ってから既に一週間。そろそろ砂漠が見え始めてもおかしくはないと思うのだが。
地理に詳しい人物が欠けるとこれなのか、と黎琳は情けなく思った。
「うん、完全に迷ってるよね~」
「って呑気に言ってる阿呆は放っておくとして……」
近くに食用の雑草やきのこが豊富にあるのが幸いして、食料に困る事はなかったが、それでもいつまでこんな森の中を歩かなければならないのか。
「出来れば早く鳥族の眷属達に合流したいのじゃが」
うむう、と唸る蓬杏。
「本当は龍の姿になれれば空から見渡せるのだがな……」
あの戦い以降、何故か龍の姿に戻る事が出来なかった。そう言えば黎冥も龍化せずに力を行使して去っていった。もしかすると、龍としての姿に戻るにはあの戦いで消費した莫大な力を取り戻さなければならないのかも知れない。
「まだ本調子じゃないみたいだし、無理はするなよ」
「分かっている!私はお前の子供か!」
「こんな身体は大人で頭脳が子供な子供なんてお断りだ」
「何をぅ!?」
「二人喧嘩している所悪いんだけど~、何か忘れてない?」
「?忘れる?」
ちょいちょいと陳鎌が指差したのは蓬杏。自分の出番だと言わんばかりにえっへんと胸を張る彼女に、ようやく二人は答えに行き着いた。
「「そうか、蓬杏も空を飛べるんだ!!」」
喜んだのも束の間。
「「ってどうして早くそれに気付かなかったんだ!?」」
「妾もすっかり妾自身が空を飛べるようになった事を忘れていたのじゃ」
そう言えばまだ仲間になりたての頃は未熟なために羽根をはためかせる事もままならなかった。
「僕は知っていたけど、その方が良かったし」
「何でだ!?」
「そりゃあ……ねえ?」
「……陳鎌は気が利くのか際どい男じゃの」
やる気満々だった蓬杏の気持ちが沈んでいるのが見て取れた。
そこでようやく黎琳は察した。
蓬杏が空を飛び、里を見つけたら、そこで黎琳や衿泉と別れなくてはならない。その時がこの予想外の出来事で少しでも遅くなればいいと思ったのだろう。
「僕の存在を肯定してくれた黎琳と離れるのは、再び自分を見失ってしまいそうで……」
額当てに手を当てる陳鎌。その内に隠された、最初は忌まわしいと思った混血の証を今はとても大事そうにさすっていた。
「妾とて、黎琳に出会わなければ、邪悪な妖魔と化して、人を破滅に追いやっていたかも知れぬ。個人の復讐心で、取り返しの付かない事をしようとした妾を止めてくれた黎琳が居たから、今の妾があり、こうして正しき在り方で居られるのじゃ」
頑張って涙を堪える代わりに鼻水を垂らす蓬杏。一生懸命すすってもこれはなかなか止まりそうにない。仕方なく薄布の端切れを手渡すと、鼻をこれでもかと言わんばかりにかんでいた。やっぱり身体は一丁前に成長したものの、中身はまだまだ子供である。まだ幼い蓬杏には割りに合わない気苦労を強いたと思うので、黎琳は申し訳ない気持ちで蓬杏を抱き寄せた。
「私もお前達との出会いによって、妖魔と人間は共に分かり合えると実感する事が出来た。春零や銀蒐、陳鎌に蓬杏、そして衿泉との出会いが確実に私を変え、成長させてくれた。本当に礼を言わなければならないのは私の方なのに、どうして皆感謝の言葉ばかり口にするんだ?」
「だって……黎琳が皆の運命を変えてくれた、恩人じゃから……」
「そう思ってくれるのはもちろん嬉しいぞ。だが、これはお互い様だって事だ。そして、私がお前達の側から居なくなっても、何処かで生きている限り、ずっと仲間であり、絆で繋がってる。全員で集まって、もう一度旅を、とは難しいかも知れないが、個々には会える。永遠の別れではないのだからな」
長い時間会えなかったとしても、ここに集ったという事実は消えない。
「私は生き続けている限り、陳鎌の存在の肯定者だ。何処にいてもな。蓬杏、私が居なくてももう十分お前は大丈夫だ。もし大丈夫じゃない時は何処でも感知して叱咤激励しに行ってやろう」
「……何だか、やっぱり黎琳は黎琳だよね、最後まで」
「珍しくも陳鎌と同感、じゃ」
きょとんとする黎琳とは裏腹に、二人息ぴったりに笑い出す。
本当はこの二人もお似合いなのに、という本音はとうとう最後まで口には出さなかった。
程なく蓬杏が鳥族の仲間達を見つけ出し、合流する事に成功した。
元気一杯に手を振ってくれる二人に精一杯の笑顔で返し、黎琳と衿泉は二人と別れた。
「これから、どうする?」
「どうするって……特に何も目的地はない」
「何だと!?……まあ、それでもいいか」
無意識に、その手がもう一人の手と重なる。
「行こう衿泉!きっと私達!」
「ああ。一緒にな!」
そのまま二人はまだ見ぬ世界に出会うため、そして新たに生まれ変わった世界の礎となるために、走り出した。