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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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      全ての思いをここに

 下では妖魔の逆襲の勢いが収まらず、とうとう戦場が宮殿の入り口まで迫っていた。

 「七神達は!?」

 「何処にも見当たりそうにない。折角妾が上空から捜し回っておると言うのに」

 兵の積み重なる死体にのし倒されてしまっては、身動きも取れないだろう。

 何とか妖魔を入り口でくい止めている陳鎌達と七神の一人瞑雷ではあったが、いつまで持つのか分からない。

 瞑雷も序盤は凄まじい威力の稲妻を放っていたが、随分威力が落ちてきており、妖魔一匹ようやく始末出来るくらいまでになっていた。陳鎌達も体力がそろそろ限界に近く、その場から敵の懐に突っ込めば間違いなくぶっ倒れるだろうと思われるほどだった。

 「もう駄目かもしれないの」

 「そんな事言わない!僕はまだまだやるよ!己の限界超えてから無理だとか言えるんじゃないの?」

 「限界に挑み、超えた者こそ勝者となる。兵法に記された理を知っているのか、陳鎌殿」

 「兵法?そんな堅っくるしい理、僕が知っているように見える?」

 「全然見えないですよ」

 「ええ~春零ひどい」

 ぶつぶつ言いつつ手はしっかり動かす陳鎌。確かに身体的にはきついものがあるが、心に余裕がある分、それに身体がついていこうとするのが助かる。

 それよりも……。

 「黎琳達、大丈夫だといいのじゃが」

 次々とやって来る妖魔の姿で、彼等の様子を窺う事が出来ない。眩い光の炸裂や、火柱が上がるのが見えたことからすると、相当激しい戦いが繰り広げられているのは確かであろうが。

 「本来ならさっさと雑魚を片付けて加勢に行く予定だったのになぁ」

 邪魔者が入ったと言わんばかりに残念がる陳鎌。

 「虫のいい話であるが、あちらが早く片付いてこちらへの援護に回ってくれれば……」

 「そうですね。それまでは何としても持ちこたえましょう。……悪しき者に、聖なる断罪の歌を!」

 乾ききった声で、なおも春零は歌を紡ぐ。効力は落ちているものの、広範囲の妖魔を酔い惑わせるその力は貴重な戦力であることに変わりない。動きの止まった隙に、蓬杏の炎が妖魔達を囲い、蒸し焼きにする。それを逃れた妖魔を一体ずつ陳鎌と銀蒐が仕留める。

 「こんな戦い、早く終わってしまえばいいのに……」

 春零だけでなく、仲間達全員がそう思っていた。

 悲しいすれ違いから始まったこの戦争。しかしこの戦争が終結したら、終わりなんかじゃない。そこから――人類と神と妖魔の新しい関係を結び付けなければ、真の幕引きは訪れない。それは皆承知していた。

 自らの身体で、まざまざと現実を感じてきた彼らだったから。

 と、妖魔の軍勢が突然動きを止めた。振り向き、奉る姫の方へと戻っていく。

 一体何があったのか。

 その目で確かめるべく、春零達は妖魔の後を追う。

 もつれそうになる疲れた足に鞭を打って走る。まるで呼び寄せるかのように、光の珠が次々現れて奥へと消えていく。

 そしてそれと同じものが自分達の胸からも生まれようとしているのが見えた。

 「黎琳……!?」

 声を介さずして、彼女の言葉が届く。

 『頼む。お前達の心の強さを……私に。力を、貸してくれ!』

 先頭を走っていた陳鎌が足を止めた。

 その視線の先には、光を集め、今にも空へ羽ばたこうとする二匹の天龍の姿があった。包囲している大量の妖魔達は姫の命令よりも、その温かな光に目を奪われ、それ以上近づく事は叶わないようだ。

 『何をしているのだ、眷属達よ!我々に仇なす者達を、今すぐ止めるのだぁぁぁぁぁ!!』

 狂気に満ちた嬌薇の叫びがこだまする。

 「皆、本能的に分かったんだよ。この光が、決して妖魔を撃ち滅ぼすような毒々しいものではないとな。……まだそれが分からないなんて、お前は本当に――哀れだ」

 血走った目で衿泉を睨んだ嬌薇だったが、彼の凛とした眼差しに息を呑むしかなかった。

 「そうだそうだ!頑なに心を閉ざしているのは、迫害の心を持っていたのは、嬌薇、お前自身だろうに!」

 「もうよいはずなのじゃ!そなたと主神の悲劇はもう終わってよいのじゃ!」

 「真実を、変わる事を受け入れてください!」

 「分からないとは言わせない……。妖魔の長である嬌薇殿にだって、同じように心を持っているはず!」

 仲間達が、その思いを黎琳の元へと放つ。

 次いで、主神や七神からも同じく希望の光が届けられた。

 そして。

 「俺の思いを、お前に」

 黎琳にとって、一番の光である衿泉の思いが届く。

 これで、仲間達の、我々の思いが集まった。

 後は、これを全力でぶつけるだけ。

 大丈夫、きっと上手くいく。黎琳は目を細め、黎冥を見た。彼が闇の呪縛から解かれたように。嬌薇、並びに妖魔達の心に棲み付いた悪しき心を、照らす。

 『我達が、導こう。あるべき関係へ』

 『……そうだな。愛しき者達が、待ち望んでいるから』

 ゆっくり浮上し、気を練りこんだ思いの光を天空に炸裂させる。

 あまりの眩さに、目を開けていられる者はいなかった。

 降り注ぐ光。心に染み入ってくる希望の声。

 妖魔達は天を仰ぎ、ただただ込み上げてくる涙を零すしかなかった。


 誰も、傷つく事のない世界へ。

 共に、歩こう。共存の未来へ。


 遥かなる時代から築かれていた心の壁が取り払われていく。


 光の中、嬌薇はわなわなと唇を震わせ、溢れそうになる心の本音を吐くまいと必死に耐えていた。

 『うう……こんなの……まやかしよ。わたくしが、やらなければ……でも……』

 もう戦える戦士はいない。もはや同族でさえも、この幻想のまやかしに惑わされ、古からの迫害の憎しみをあっさり捨ててしまった。

 戦わなければ。なのに、身体に力が入らなかった。力を使い果たしたわけではなかった。だが、もう心の消耗が限界に来ていたようだ。こんな弱った心で、目の前の甘い誘いに打ち勝てなど、しない……。

 『わたくしの、願いが叶うのは……』

 「嬉しい、と思ってくれるのか?」

 聞きなれた声。振り向けば、愛しい日々を送った時と変わらぬ姿が。

 本当は、復讐よりもこっちの思いの方が強いのを分かっていた。けれど、どうしても憎まなければならないと思っていた。愛していたのに、裏切ったから。憎んで憎んで、同じように痛みを分かち合って……そこまでしなければ理解もできない。理想の世界も築けない。そう、思い込もうとして。

 最初から元在る気持ちに従って、こうしていればよかった。

 『――ええ、嬉しいわ。古くからの呪縛から、互いに解き放たれる、この日を待っていたのだから!』

 嬌薇は主神の元へ駆け寄り、その胸に飛び込んだ。


 天龍の集めた全ての思いは、遥か過去から続いた心の闇も、愛すべき二人の悲劇も、ここに打ち砕いたのである。


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