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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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      傷つけあう二人

 「黎琳……!」

 意識を失ってしまった黎琳に衿泉はかすれるような声で、何度も名を呼んだ。

 黎冥は忌々しげに嬌薇を睨んだが、当事者は薄笑いを浮かべて黎琳を放り投げた。宙を舞うその身体を衿泉が必死に地を蹴って受け止める。

 抱きしめた温かさからまだ生きてはいると気付き、衿泉は黎琳を揺さぶった。

 「しっかりしろ!おい!」

 噛まれた傷口は塞がれつつあった。これも天龍の力の恩恵があったからこそで、もし普通の人間だったら出血多量で命が危ういところだ。

 何度も揺さぶっていると、彼女が小さく身じろぎした。その瞳が、ゆっくりと開かれていく。

 「大丈夫、みたいだな」

 ほっと安堵する衿泉に、黎琳は容赦なく鳩尾に拳を当てた。

 「がっ!!」

 危うく気絶しそうになったが、衿泉は信じられない出来事に気を失っていられないと何とか持ちこたえた。

 立ち上がった黎琳は至って普通に見える。別に眼が操られているように虚ろでもなかった。一体何がどうなっているというのか。

 「……私は本当に馬鹿者だ。こんな弱い人間などに愛情などを見出していたなどな」

 「何を言い出すんだ黎琳」

 「黙れ!たかが人間風情が!」

 瞬時に黎琳が間合いを詰め寄り、衿泉の首右側に手を据えた。まずい。彼女が本気を出せば首を切り落とされてしまう……!

 「お前は傲慢だな。天龍のこの私とつり合うなどと本気で思っていたのか?身の程知らずにも程がある。お前の意のままに愛情を抱いたりしないわ!」

 「……本気なのか!?」

 「本気も何も、私は最初からこんなか弱い人間など、滅びてしまえばいい。そう思っていた。所詮、守るだけ無駄なちっぽけな生き物でしか過ぎない。そんなお前達に私が心動かされるわけがない!」

 黎琳の鉄拳を衿泉は双龍で受け止めるしかなかった。神剣にひびが入る。それだけ天龍の力は七神の力でさえも凌駕しているのだ。

 咄嗟に飛び退き、鞘で黎琳のうなじを叩いた。これで気絶してくれれば正気に戻るだろう。しかし気で弾いたのか、びくともしなかった。更に俊足でやって来る毎度毎度強烈な足蹴りの連発。

 それなりに何とかかわしても、数発はかわせず剣で受け止めざるを得ない。しかしこの神剣もそう長くはもたない。最高で二発、と言ったところか。

 とにかく距離を置かねば。衿泉は連続して飛び退き、かなりの距離をあけた。それでも黎琳の力を持ってすれば一瞬で詰められてしまうのだろうが。

 このまま戦わなければならないのだろうか。

 そんなの無理だ。何より、黎琳が豹変した事に心がついていけてなかった。こんな状態でまともに戦う事など出来るはずがない!

 「どうした?このままでは確実に死ぬぞ?」

 「……っ」

 「さあ、私の首筋にその剣をあてればお前は死なずに済む」

 震える手で、双龍を持ち上げた。これほど二刀の剣が重いものであると思った時はない。

 彼女は、裏切った。

 今までのが嘘だとは思いたくない。けれど、これが事実であると言わんばかりに、最初に出会った時の事を思い出す。単刀直入とまではいかなかったが、人間を軽視していたことは紛れもない真実だ。

 嘘だ、と言って欲しい。


 そうすればこうして彼女の首元に突きつけた刃をすぐに降ろせるのに。


 「黎琳……」

 「まだ迷いを捨てきれないか、弱き人間が」

 ふう、と黎琳は吐息をふきかけた。

 次の瞬間、鎌鼬が衿泉の全身に切り傷を刻んでいた。諸所から噴き出る鮮血。その血に笑う彼女はまさに死の女神のようだった。

 「く……うわああああぁぁぁ!!」

 泣き叫ぶように声を上げ、衿泉は刃先を黎琳の両二の足に引っ掛けた。

 「!」

 そこを狙われるとは思っていなかったらしい。気で弾くどころか防御もしていなかったらしく、いとも簡単にぱっくりと裂けてしまった。

 二人とも傷が痛んでその場にしゃがみ込む。

 確かに、傷は痛い。けれど、それよりももっと、心が痛い……。

 先に衿泉が立ち上がる。

 「くそっ……足がやられてしまっては、動けない……」

 奥歯を噛み締め、黎琳が衿泉を睨む。

 「お前がこれ以上人と神とに牙を向けると言うのなら……俺は、お前を……殺す!」

 それに怯まず、衿泉はそう言ってのけた。

 「はっ、お前の本気、私が打ち砕こう!」

 振り上げられる一対の剣。練り上げられる濃厚な気。

 その二つがぶつかろうとした時。

 衿泉はわざとその剣を逸らした。

 「!!」

 黎琳の気が衿泉に正面衝突した。

 軽々と空中に投げ出される衿泉の身体。直撃で内臓をやられたらしく、口から鮮血が溢れ出た。

 そのまま衿泉は地面に叩きつけられた。

 「な、何故……!」

 「信じて、いるから、だ」

 上手く動かせない唇で、何とか言葉を紡ぐ。

 「お前は……まだ、堕ちてない。表層に、表れて、いなくとも……真の心は、まだ、闇に染め上げられて、ない、と……な!」

 目を見開き、身体を震わせる黎琳。どうやら本当に上辺だけを支配されていただけに過ぎなかったようだ。ある意味黎琳の心がまだ手遅れではないだなんて賭けのようなものだった。

 我に返ろうとする黎琳に更なる毒を吐く嬌薇。

 『このまま我に返ったところで、お前に剣を向けたその者の裏切りに耐えられるのか?お前がこうして同じくその者を裏切り、傷つけてしまった事に耐えられるのか?耐えられないに決まっているのなら、もうその心を捨ててしまえ。心を捨てれば、何も考えなくてもいい。何も感じなくて済む。お前が傷つく事もない。敢えてそのような辛い現実に目覚めなくともよいのに!!』

 「ああ……ああああぁぁぁぁ!」

 「黎、琳……お前は、何も、悪く……ない」

 「衿泉!裏切った!……ってない!殺す……殺さない!何故?この私を……私の心を信じてくれたからだ!」

 表層に表れていた偽の黎琳は本物の黎琳を前にして消え失せた。

 ようやく全ての感覚が戻り、即座に黎琳は衿泉に治癒術をかける。

 「どうしてまた無茶を!嬉しいけど、馬鹿者だお前は……!!」

 「そりゃ、無茶もしたくなるって……」

 「……悪かった。不本意とは言え、心も身体も、傷つけた」

 「俺だって、黎琳を完全に信じられなくなって、すまなかった」

 「いや、ちゃんと衿泉は私を信じてくれた。その心が、私に大いなる力をくれたんだ」

 彼女の元で、蛍のように淡く優しく光るモノがあった。

 それを黎琳が抱き寄せると、その光は彼女の胸の中に浸透していった。

 「もう一度、信じてくれるか?私を」

 「ああ、勿論だ」

 『何なのよ……裏切ったのに、許すと言うの!?』

 「そうだ、許す。何故なら、衿泉をもっともよく知るのは私だからだ!ぶつかり合ったり、傷つけあっても、私自身の知る衿泉が真実の姿であると信じているからだ!」

 『……!』

 「もう、お前達もやめたらどうだ。主神、嬌薇」

 黎琳が操られている状態でも、二人の戦いは続いていた。互いに随分力を消耗し、立っているのが精一杯のように見受けられる。

 どうして、ここまで傷つけあわなければならないのだろうか。

 二人とも、本当はこんな事望んでいないはずなのに。


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