光ある方には
日曜日更新をすっかり忘れていたので、今上げます。
まことにすみません。
手強い相手だった溜謎を打ち負かした今、障害となるものは何一つなかった。
それなりの実力者がやられたことで相手の兵は連携体制がぼろぼろだった。のし倒すのにさほど苦労はしなかった。衿泉の場合は鞘を抜く事さえしなくていいぐらいだった。
黎琳はひたすら走る。
自分が迎えに行かなくてはならない存在の元へ。
薙ぎ倒した兵士の数など気にしてはいなかった。時折軽く舞う血飛沫を浴びても、液体が肌に飛び散っていることすら感じていなかった。
そして。
「黎冥!」
ようやく黎冥の元へと辿り着く事が出来た。
後を追ってきた衿泉は息を荒げながらその場に立ち尽くした。何せ黎琳の走る速度は前よりも増しているのだから。また本人もそれを考慮出来るほど心にゆとりがないものだから致し方がない。
夢心地で黎冥はこちらを見据えた。
再び見えた愛しい妹の姿に、黎冥ははにかんだように思えた。
しかし、次の瞬間目が血走り、地に響くような呻き声を上げた。
『我が妹よ!その気はどうした!人間の、神の手に堕ちたのか!』
「これは母上から受け継いだ力だ。それは確かに黎冥にも受け継がれているはずなのに、どうして……」
『母上が……、だと?そんなの、嘘だ。目を覚ますのだ黎琳。母上がわざわざ神の手駒になり得る力を残したりはしない!』
「目覚めるのはお前の方だ!黎冥!」
横槍を入れられたと言わんばかりに黎冥は衿泉を睨みつけた。
「少なくともお前が闇に染まるのを母親と父親、そして黎琳は望んでいない!今心を蝕んでいる闇を晴らし、真の姿に覚醒して、世界を共に救うべき時が来たんだ!」
『貴様などに、我が心を、黎琳の心を理解出来るものか!』
黎琳が気によって防ぐ間もなく、強い瘴気が放たれた。それを浴びせられ、衿泉はその場にうずくまるしかなかった。黎琳は天龍として覚醒し、気が強くなったおかげで、瘴気の影響が及び出る様子はなかった。
すぐに衿泉の元へ行こうとした黎琳だったが、瞬時に目の前へと現れた兄にそれを阻まれた。
『人間などに心を許すな。所詮は神の掌で踊る人形でしかない。あれに心を許せば、神は付け入り、思うがままに我らが力を行使する。そうして我らの苦しみと引き換えに、神や人間は繁栄をしようと目論むのだ!そんなの、絶対あってはならぬ!あって、たまるものかぁぁぁ!』
「もうやめろ!」
高ぶった感情の波が、闇を増幅させている。
そしてその量は身体の限界をとうに超えていた。皮膚が硝子のようにひび割れていく。ひびから血がにじみ、叫ぶ喉からも鮮血が零れ出しても黎冥は止まる気配がない。
このままでは解放どころか、死んでしまう!
「私の新たな力よ、頼む!黎冥を救って……!」
黎琳の強い思いに共鳴して、神聖な気が集まってくる。身体が温かさに包まれ、不安や焦りが取り除かれていくのを感じた。
そう、信じてやり抜けば、必ず届く。
「今、指し示す、光の導きによって!」
眩い光が黎琳と黎冥、衿泉までもを呑みこんだ。
衿泉はその光が黎琳の強い想いそのものであると察した。脳に、心に直接流れ込んでくる幾つもの感情。実の双子の兄と戦わなければならない悲しさと苦しみも確かに感じられたが、それを遥かに上回って、絶対に兄を助け出すという揺るがぬ決意と、希望に満ちた想いが溢れていた。
光の奔流の中、かろうじて黎冥の姿を確認することが出来た。
蛍のような灯火が一つ、黎冥の元へと降り立った。それがどうやら黎琳の想いの核のようなもののようだ。
優しい声が心に響いた。
『誰かを憎み続けるのは本当は辛いのだろう?確かに神は私達の両親を奪い、私から記憶と自由を奪った。だから憎いのは分かる。けれど、その憎しみで黎冥自身は救われたのか?兄だから妹を守らなければならないという思いが強くあるのはよく分かっている。けれど、その重責をもう背負わなくてもいいんだ。私は神に支配されたこの世界で、愛おしい、大切なモノを見つけたんだ。神は完全なる悪などではなかった。この世界は、ほんのちっぽけでも、まだ大切なモノが残されている、愛すべきものだったんだ。私はそれを守りたい。そして……黎冥を憎しみの苦しさから解放したいんだ。もう憎まなくていい。私は不幸なんかじゃなく、幸せだと心から思えるようになったのだから。憎む理由は、なくなったんだよ……』
消え入りそうな声からして、また泣いているようだ。
黎冥もしばらく天を仰ぎ、やがて涙した。
『そうか……お前はこの世界に、神に、人間に、見い出したのだな。光を。憎しみを打ち負かせるほどの、希望を……!』
邪悪な気がみるみる縮こまっていく。浄化されていっているのだ。これほどの闇でさえ照らし出す彼女の光は、まさに向かうところ敵なしだった。
黎冥の身体が変化する。黎琳同様、その背に雪を思わせる純白の翼をはためかせた天龍に。
『ああ、これが光……希望に満ち溢れた力か』
「そうだ。やっと、出てこられたのだな……光差す場所へと」
『黎琳の見い出した愛すべき世界を、しかと目に焼き付けよう。そして我が力を守るべきもののために行使することを誓おう。愛するお前の愛する世界を守るために』
「黎、冥……」
微笑んだかと思うと、その場に膝をつき、黎琳は崩れ落ちた。
光によって瘴気も取り払われた衿泉は、自由が利くようになった身体で彼女の元へと駆け寄った。
「黎琳!?おい、しっかりしろ!」
「少し……疲れただけだ。気を自由自在に操るにはそれなりの精神力を使うからな」
顔色はあまり優れないように思えたが、笑えるくらいなら大丈夫だろう。
「……何だか心配して損した気分だ」
「何を!心配される謂れはないぞ、衿泉!なんたって私はもはや神に匹敵する天龍だからな!」
ここに来てまで相変わらずの態度は立派なものである。
二人でくすくす笑いあっていると、黎冥もそれにつられて笑い出した。
『まったく、我が妹はいつの間にやらひねくれた娘となってしまったようだ』
「な!?」
『昔はもう少し品のあって、素直な……』
「も、もうそれ以上は言うな!素直じゃないのはちゃんと自覚してる!」
顔を真っ赤にして声を荒げる黎琳が、尚更愛しく思えた衿泉だった。
しかし和んだ空気も再び緊張感に張り詰める。まだ全てが終わったわけではないのだ。統率していた存在がいなくなったにも関わらず、戦闘は収まりそうにもなかった。
七神達がそろそろ数に圧倒されつつあった。いくら神であれど、全土の妖怪に匹敵する数をこなすのは骨が折れるらしい。
「まだ私は彼らへ光を照らさなければならないようだ」
『この我にもしかと届いたのだ。きっと彼らもすぐに目覚め、浄化するだろう』
集中しようとした時だった。
『そんな事はさせない』
冷酷な声に、周りの邪気が一気に強まった。