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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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      虚ろなまやかし

 「黎冥……!」

 側で天界の兵と冥府の兵が衝突する中、黎琳は地を蹴る。後を追って衿泉が駆ける。

 「我々は宮殿守備の援護を!」

 「分かりました!」

 春零がその場で歌を紡ぎ出す。先程桜紅から授かった扇を閃かせ、舞い踊る。

 奏でる音色に光を見い出し、苦しみ喘ぐ冥府の兵。

 そこを突いて銀蒐が緑晶の槍を振るった。一振りで槍の長さと比例しない広範囲の敵を薙ぎ払う。

 「同じ血を持つと言えど、お前達の選択には賛同出来ぬのじゃ!」

 撒き散らす炎に怖気づいたのを逃さず鉤爪が引き裂いていく。

 「こんな事をしたって何の意味も成さないと思うんだけどねぇ……」

 無駄に散りゆく命に何も感じないわけではなかった。しかし、こちらとてみすみすやられるわけにはいかないのだ。それぞれが悩み、選び取った道であり、大切なモノを守られなければならないのだから。

 『うう……』

 どうやら息の根を止め損ねたらしい。死体の山の中で、一人の冥府の兵が動いた。人の影のような定形を保ちつつも、絶えず揺らぐ不定形な黒い者。それがみるみる一人の人間となり、黒いもやがそれを覆った。

 「これは、一体!?」

 罪重なった死体も黒いもやを纏った人間の姿となる。

 『それらは元々人間だったものだ。死して身体がようやく人間に戻っただけのことよ。そしてその怨念はさらに妖力を持って再び具現化する……!』

 黒いもやがみるみる集まり、二つの塊となる。そして禍々しい気を放ちながら怨念の塊は具現化を始める。

 ……そしてそこから妖魔が生まれ出た。

 血の気のない真っ青な肌。狼のものよりも立派な牙。紅い眼。背には堕天使を思わせる漆黒の翼。長く棘棘しい尾と、獣の四肢。今までの妖魔の中で、もっとも動物に近い姿である。

 低く、妖魔は咆哮した。それだけで全身に闇の気が流れ込んでくるようで、春零達はその場に倒れこむしかなかった。

 それが止んだ後でも、雷に打たれたかのように身体を思うように動かせなかった。

 「なん、なんです……。この、圧倒的な、強さ!」

 「春零殿は下がって……。ここは……!」

 「銀蒐だけに、いい格好は、させないよ!」

 「そう、なのじゃ!」

 かろうじて立ち上がり、よろめくその足で妖魔へと向かっていく銀蒐、陳鎌。その場で念じ、妖魔のいる地点に灼熱の炎を呼び起こす蓬杏。

 炎は確かに妖魔に直撃していた。しかし、その身を焦がす事はなかった。

 やって来た銀蒐と陳鎌の攻撃もあっさりかわし、その牙を身体に突きたてた。

 生々しい音がその場に響く。

 滴る血液。

 銀蒐は腹を、陳鎌は両二の腕を貫かれてしまっていた。

 「そ、そんな……!」

 「陳鎌!」

 無残にも妖魔は二人をまるでしゃぶりとった骨のように捨てた。中身が潰れてしまったのではないかと思われるくらいの音がした。

 『あはははっ!見物だねぇ。邪魔者があっけなく殺されていく姿は!ねえ、黎冥様?』

 『……邪魔者は、消し去るのみ』

 それを見下ろし、高らかに笑う溜謎を春零は涙目で睨んだ。

 思わず走り出そうとした春零の肩を蓬杏が掴む。

 「そうやって心を乱し、無策にも突っ込めば、思う壺なのじゃ」

 「!!」

 彼女だって本当は取り乱したいほど傷ついているはずだ。けれど彼女はその心を落ち着かせ、冷静に考えをまとめている。これは身体だけでなく、心も同じく著しい成長を遂げている証なのだろうか。

 「頼む……春零のその歌で、癒しを……」

 でもやはりまだあどけない子供だ。今にも消え入りそうな声で蓬杏は懇願した。

 そうだ。まだここに託された力がある。それを使えば、もしかしたら……。

 春零は舞い踊った。自分に出来るのは、歌うこと、踊ること、ただそれだけ。それだけだが、やれることはやる。

 近づこうとする妖魔には更なる炎の制裁が加わり、足止めが為される。

 ――まだ、死んでは駄目……!生きて……!

 願いが、強い思いが、その力を引き出していく。淡い光が銀蒐と陳鎌を包み込んだかと思うと、傷口が止血し、みるみる塞がり始めた。

 陳鎌は腕の怪我だけあって、すぐに意識を取り戻した。しかし腹を貫かれた銀蒐は大量の出血を伴ったせいか、しばらく目を開けそうにない。

 「これ、春零がやったのか?」

 「銀蒐……どうしよう。春零はどうしたらいいんですか!」

 陳鎌の問いかけも無視して、否、その耳に届いていなくて、春零はみるみる顔を青ざめていった。

 『たす……け……て』

 何処かからそんな声が聞こえたような気がした。

 『もう、苦しむ、のは……いや……』

 『解放して……』

 耳をぴくり、と動かし、蓬杏は声の主を捜す。聞こえてくるのは丁度正面から――妖魔の方からだった。

 「まさか、取り込まれた怨念、とでも言うのか!?」

 「違う……これは、魂の叫び声じゃ。あの時と……黎冥の声を聞いた時に似ておろう」

 そう、それはまさに切実なる人の叫び声。

 妖魔と成り果てたその魂が、必死で解放を願う声だった。

 「外部からの攻撃はほとんど効かないんだし、ここは春零に……」

 「無理じゃ。今は銀蒐の事で頭がいっぱいになっておるのじゃ」

 へたり込み、動こうとしない春零。

 まだ銀蒐が目覚める気配はない。息はちゃんとしているが、もしかするとこのまま目覚めないかもしれない。

 「春零、歌ってくれよ!」

 「……」

 「春零の歌で、妖魔として生きる事に縛られた彼等の魂を解放しなければならんのじゃ!」

 「……えるわけない」

 「え?」

 「歌えるわけがないでしょう!銀蒐が目覚めないのに!春零の歌は、銀蒐が居なきゃ、歌えないのに……!」

 泣きじゃくる春零に一発、喝を入れたのは蓬杏だった。

 思いっきりはたかれた頬に触れ、きょとんと目を丸くするしかない春零。

 「妾たちとて、銀蒐が倒れた今何も感じぬわけではないのじゃぞ!?ここで全滅することこそ、とんだ愚かな結末じゃ!それに、きっと銀蒐なら歌えと言うはずじゃ!あのなかに閉じ込められた魂を救えるのは、春零しかおらんのじゃからな!」

 「……」

 「春零、頼むよ。銀蒐のためにも」

 「銀蒐、のため……」

 やがて小さく口を開いた。

 奏でられる旋律は胸が苦しくて、熱くて、何よりも悲しいものだった。

 こちらへ牙を向けようとしていた妖魔も様子が一変した。その歌に身を委ねるかのようにその場に伏せた。

 中に渦巻いていた黒い闇が取り払われていく。眩い光に溢れた魂が、散っていく。

 『ありがとう……』

 『どうか、貴方に幸運を……』

 解放された魂達が次々と礼を言っては散っていく。

 虚ろなまやかしは聖なる歌声に消え去った。そしてその聖なる歌声がさらなる奇跡を呼んでいた。

 「春零殿……」

 「!銀蒐……!」

 「見事な、歌声に、引き戻された……。春零殿が、歌ってくれなければ、三途の川を渡る、ところだった」

 「良かったです!」

 春零は銀蒐に駆け寄り、淡く微笑んだ。


 『く……たかが人のくせに、我らの悲願の厚い障壁になるとは……』

 爪を噛み、忌々しげに溜謎は吐き捨てた。

 せめて仲間の一人くらいは仕留めて欲しかったものだ。圧倒的な戦力をかき集めたとは言え、強力な天界の神達の前にはここまで歯が立たないものなのか。

 「溜謎……!」

 挙げ句の果てには片割れの応龍がここまで辿り着いてしまう始末だ。一応衛兵として配置があったはずだと言うのに。

 ――まあ、いい

 まだ手は打ってある。

 『さあ、立派な舞台の上で殺しあいましょう、応龍!』

 人間の男と共にやって来た応龍を溜謎は嘲笑で出迎えた。


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