第十四章:神妖戦争
「……よく眠れたか?黎琳」
「まずまずだな」
まあ寝ろと言われても寝れないのが普通だろう。
この穏やかな朝が逆に身体中に妙な刺激を与える。そう、この朝こそ、神と妖魔との争いの始まりなのだから。
仲間達もぞくぞくと広間へと集まってくる。
「黎琳、あまり寝ていないのでは?いつものつやつやお肌が台無しじゃないですか!」
「つやつやって……!」
「春零殿も人の事を言えないほど、隈が酷いが」
春零は夜更かしの経験がさほどないから酷いのも仕方がない。鏡を見て落ち込んでいたのを思い出し、春零は押し黙る。
肌がつやつやだと言われ、動揺していた黎琳も、ようやく春零の変化に気付く。
「あ、髪切ったのか!?」
「ええ。癖毛のせいで、また先が丸まりつつありますけど」
「短いの、意外に似合ってるじゃんっ」
「陳鎌!貴方に言われても嬉しくなんてありません!」
突如乱入してきた陳鎌に顔を真っ赤にしながら口を尖らせる春零。一方相手の方はけらけらと笑って、春零をからかっているかのよう。そんな不届き者にはふさわしい炎の制裁が無論待っていたのだが。
「熱い!熱い!」
「全く、騒がしいのじゃ」
「「……蓬杏!?」」
全員が驚愕し、絶句した。
皆が知る蓬杏の姿から一転、一人の成熟した鳥族の女性が立っていたものだから。それでもまだ子供っぽい艶やかな唇や丸い瞳に面影が残っていたが。
「一体……何がどうなってこうなったんだ!?」
「妾にも成熟期というものが訪れたのじゃ!」
「だからって、こんなに急激に変わるものなのですか!?」
「そうじゃ。同じような年頃の子らがぐんと成長する姿を見て、妾も早く美人になりたいと思っていたからの」
「美人と言えば美人だが……子供っぽさがまだまだ残っているぞ」
「なぬ!?黎琳、何とかしてほしいのじゃ!」
何とかしろと言われても。
それより、次に気になるのは彼女が纏っている新たな服だ。一体何処から調達出来たと言うのか……。いや、何だかこの服の好み、何処かで見覚えがあるような。
「私の服が何とか着れて何よりだったわ」
などと考えていると、真実の鍵は自ら登場してきた。
「桜紅……そうか。この艶やかな紅の使い、お前が好きそうな物だからな」
「たまたま毛布をかぶって出てきた真っ裸の彼女に会ったものだから」
「真っ……!!」
思わず全員が陳鎌を睨んでしまう。
「いや、俺は何もしてないよ!?何もしてないから!」
果たして何処まで彼の言葉を信じていいものやら。何せ一度前科のある人だから。
「別に何ともなかったのじゃ!妾に襲い掛かるほど奴も肝っ玉が大きくはないのじゃ」
「……」
まあそれもそうか、と納得した。
あの陳鎌が反論しないところを見ると、それが一番堪えたようだ。
「仲良しなのはいいけどさ、もうすぐ戦争が始まるんだよ?緊張感なさすぎなんじゃない?」
「全くだ」
いつもはこちらと同じような立場である蒼翠はともかく、緑晶のお小言はいつもながら見事に突き刺さるものだ。
「天界へ戦争に挑もうと言うのだ。それなりに万全の体制で来るだろう。下手したら卑劣な罠も敷いている可能性がある。心しておくほうがいい」
「分かっている、分かっている!ただ、蓬杏が成長してたり、春零が髪を切っていたりで、戸惑いを覚えただけだ。戦いにはそういう軽い気持ちで挑もうなどとは思っていない」
「……揃ったか、皆の者」
険しい表情で主神が姿を現した。決戦前の夜は彼にとっておちおち寝ていられない、辛いものだっただろう。少しやつれているように見える。戦況に影響が出なければよいのだが。
しかしその瞳が迷いに揺らいでいる様子はなかった。腹を括った、と見た。
「地上からの動きは?」
「今の所は見受けられませぬわ」
外に偵察に出ていた梅牒や瞑雷が戻ってきた。早朝から地上に探りを入れていたらしい。具体的な時間までは告知されていない以上、まだ朝も明けぬうちから奇襲をかける、という線もあったが、彼女はしなかった。
昨日の言い振りからして、相当自信があるのだろう。全戦力をもってしても敗北を認めさせない自信が。
「人間、そして黎琳。お前達は前線で戦ってもらう。この宮殿へ一匹たりとも妖魔を入れてはならぬ」
「主神、お前の命令は聞かない。……まあどのみちそうするつもりだったからな」
命令としてではなく、あくまで自発的に彼らは戦地に立つ。昨日自らの胸に決めた覚悟を抱いて。
「僕達も一緒に出るから、心配しないしない♪」
「致し方あるまい。戦力的配分を考えても我々が出るのがふさわしい」
「どうせ最後には彼らについていくつもりだったのでしょうに」
蒼翠に緑晶、桜紅まで援護してくれるのなら心強い。
けれど、得体の知れない溜謎の自信が不安要素だった。おそらく黎冥の力を最大限に利用してくるだろう。しかし、それだけでない何かがあの裏にはきっと隠されている。警戒をしなくては。
「それと、私達から貴方達に渡す物があるのよ」
「渡す物?」
桜紅はにっこり微笑んで春零の前に、そして緑晶はぶっきらぼうに銀蒐の前に立った。
そしてそれぞれ神器である花乱舞扇と剛槍を差し出した。
「これは……」
「歌を歌うとき、それを使って舞うのです。そうすれば、貴方の力を更に引き出す事が叶うでしょう」
「その槍を扱うものには土と緑の加護がつく。己の力を信じて振りかざせば、大事な物を守り抜く厚い盾となるだろう」
「……有難く頂戴する」
神器を受け取った二人を見て、ここぞとばかりに陳鎌と蓬杏が口を揃えた。
「僕達には何もないのか!?」
「妾達には何も貰えないのか!?」
「……お前達には身体への負荷が相当なものになるだろう。何せ神器は聖なるもの。妖魔の血が流れている者を拒む」
あっさりと言われ、二人は押し黙るしかなかった。まさかここで彼らと自分達は「違う」という事を突きつけられるなんて夢にも思ってなかったからだ。
落ち込む陳鎌に黎琳が声をかけようとした時だった。
強大な負の力が地上から天界へと噴き上がって来るのを肌で感じ取り、黎琳はその圧倒的な力にその場に膝をついた。
「さあ、来るがいい!溜謎!」
押し寄せる負の力に怯まず、主神は叫んだ。
次の瞬間、負の使者達が天界へと次々に舞い降りた。数瞬遅れて、それを率いる中枢人物が現れる。傍らに黎琳の取り戻したい人を連れて。
溜謎が高らかに宣言した。
『我らはこれより、天界攻めを開始する!七神、並びに主神の首を、討ち取ってしまうのだ!!』
これより、戦いの火蓋は切って落とされた。