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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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             …溜謎・黎冥編

 天界との交信を終えて、溜謎は不機嫌極まりない様子でその場を立った。

 側で控えていたしもべ達を薙ぎ払うように入り組んだ洞窟内をツカツカと進む。

 奥で同じく妹に精神を飛ばしていた黎冥が溜謎に気付き、その目を開いた。

 『何か、あったようだな……』

 『別に何もありませんわ。わたくしには、もう、後がありませんから。躊躇う理由なんて、何処にも』

 そっと黎冥が黒月の烙印に触れる。静電気でも流れたような痛みが頬を一瞬襲ったが、嘘の様に身体が軽くなった。この黒月の烙印を受けてもなお、制御を押し退けてその力を行使してきた。それはたとえ神の血が流れていようとも相当の負担である事に変わりはなかった。

 外見上は何も変化はない。中が確実に蝕まれているのだ。

 黎冥も応龍だけあって、その異変に気付いている。

 『お前に今倒れられては、折角の計画も台無しだ』

 『分かっております』

 動揺してはならない。あのような毒蛇のいう事など、信用してはならないのだ。油断すれば、その牙が容赦なくこの肢体を切り刻んでしまう。その内に込められた母の最期の願いすらも打ち砕かれてしまう。それだけは、絶対にさせるものか。

 黎冥はそれ以上追求する事なく、空を仰いだ。ぽっかり空いた穴から天界を窺う事は出来ない。

 『黎琳は、愛しい妹は……あそこに居るのだな』

 『交信なさっていたのでは?』

 『忌々しい力が邪魔して、届かなかったらしい』

 空を見つめる黎冥は確かに憎しみで満ち溢れていたが、何処か悲しげでもあるように思えた。

 突如神の手によって引き裂かれた兄妹。

 神への憎しみによって力は暴走し、母はその命を投げ出して封印をした。それは更に憎しみを肥大させる事になると知らずに。

 長い封印の時を経て、ようやく目覚めた時には救いたかった妹は神の手に堕ちていた。

 彼は本当はただ妹と共にありたいだけなのだ。そのためなら、穢れ役でもなんでも請け負う。

 ――わたくしだって、ただ母の最期の願いを叶えて差し上げたいだけ。そのためにどんな修羅の道であろうと、歩むと決めたのだから

 個人的な恨みや妬みがないわけではない。

 それでもあくまで今ここに居るのは、己が真の願いを叶える為の最終手段の他ならない。

 『黎冥様……』

 ぞくぞくと明日の突撃に備えて、国内有数の実力者が集い始めていた。

 到着するなり黎冥に跪き、挨拶を交わす。

 一方彼の方はうわの空で、その挨拶を聞いているかすら分からない。咄嗟に溜謎が庇い立てし、事なきを得る。

 それで悲しくも確信してしまった。

 彼には妹以外見えていない。そのために集う者達や、いつも側に控える者の事など、頭の隅にも置いていないのだ。

 妹さえ取り戻せれば、何もいらない。妖魔を束ねるその絶大な存在感ですらも。

 もう一つ、溜謎は悩みを抱えていた。

 封印されていた黎冥を見つけたとき、これはいい切り札になると思った。凄まじい憎しみと、それに呼応して集まる膨大な闇の気に、天界攻めに利用してやろうと考えていたのだ。

 しかし彼と「話」をしている間に、お互い共感を持てる境遇であると知った。是非、彼の願いにも協力したいと思えたのだ。

 もし天界攻めが成功したら――黎冥は溜謎の元を離れていくだろう。

 そうすれば、溜謎は再び一人になる。一人でこの修羅の続きを歩いていかなければならなくなる。

 母が亡くなってから、一人でどんな辛い事にあっても耐えてこれた。

 でも、今からでは……とても耐えられそうにない。

 本当の願いを叶えてしまえば、この心の中には何もなくなってしまう。その後の妖魔の世界など、どうであろうが興味はそれほどない。それはあくまでおまけの目的であるのだから。

 そうなれば、どうすればいい?

 同じく志を共にする存在を失い、生きる目的を失った後に、何が残る?

 ……何も残りはしない。

 ただ、空虚な心が現世(うつよ)を漂うだけ。

 『……失いたくない』

 彼を何とかして手元に引き留めたい。

 母を失った時と同じようなこの世の終わりなど、味わいたくはない。

 それだけじゃない。彼ではないと、駄目なのだ。共にあるうちに、とりとめない想いが育ってしまったから。

 どうすれば彼は離れていかずに済むのか。

 最初はいっその事黎琳もこちら側へと取り込んでしまおうと考えた。応龍と言う存在故に持ち合わせた制御の上手くできない力を利用して。しかし彼女はこちら側へと傾くどころか、あちらでの力を更に高めていた。とてもこちら側へと引き込めそうな雰囲気ではなかった。

 逆に彼女は黎冥をあちらへと引き込もうとしている。そしてその考えに賛同して天界にまで上り詰めた人間の仲間達。七神達も排除しようとしていない所から、協力するつもりなのだろう。恐らく、主神も……。

 黎冥の元を離れ、自室に戻った溜謎は部屋にあった花瓶を破裂させた。粉々になった破片が散らばり、水が鏡の役割をして自分の顔を映した。その中の溜謎は主神へと憎しみではなく、黎琳への嫉妬に歪んでいた。

 『何故お前はわたくしとはこうも違うの!?同じのくせに……同じような、境遇であったのに!!』

 何故あの子は憎しみに苦しまない!?

 何故あの子の周りには心から賛同する者達が集う!?

 何故あの子はこちらを憐れみの目で見る!?

 分からない!!分かりたくなんか、ない!!

 さんざん部屋をかき回し、息を切らす溜謎。

 気にくわない、全てが気にくわない!

 『全て……全て壊してあげるわよ!全部!貴方達の望むものなど、このわたくしが全部壊してやる!わたくしの全てが奪われたように!』

 一匹の狐の咆哮に呼応して、各地の妖魔が同じく雄叫びを上げた。

 この闇が晴れれば、決戦の時は近い。

 

 『俺の中の闇は晴れない……堕ちていくだけだ。黎琳、お前は俺の運命共同体だろう……俺と共に……』

 どんなに目を凝らしても見る事は叶わない妹の姿を思い、黎冥は虚ろに呟く。


 運命の朝は、もう間もなくやって来る――。



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