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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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      歯車は止められない

 『……!』

 幻が完全に消え去った後、溜謎はしばらく驚きを隠せないでいた。勿論、初めてその過去を見た黎琳達も同じだった。

 しばらくして溜謎は我に返り、主神を罵倒した。

 『まだそんな懺悔的な嘘をついて罪から逃れようと言うの!?何と愚かな……主神どころか父親が務まらないのがよく分かるわ』

 「今のは嘘などではない。確かな真実だ」

 『わたくしはそんなの信じない』

 主神の言い分を一蹴し、溜謎は黎琳達の方へ視線を戻した。

 『……まああの映像の後は大体想像がつくんじゃないかしら?』

 溜謎はくすり、と微笑んだ。

 彼女の言うとおり、大体の予想が立った。

 その後、烙印を押された彼女は忌み子として迫害され、母と自分の人生を狂わせた主神へ憎しみを抱いた。そして戦争を仕掛けるために母の後を継ぎ、妖魔を支配下に置いた。先に人間へ手を出し、主神達が動くのを待つ。後は完全勝利のための手駒を作って全面戦争に突入していくだけ。

 その考えを読み取ってか、溜謎は正解、と口だけ動かした。

 「個人の復讐の割には随分大掛かりな事をしたもんだねぇ」

 「配下を使って人間を操り、手駒にするつもりだったのか」

 「妾を陽動して人間に多大な被害を与えなかったのも、そんな理由でとは許せぬのじゃ!」

 「人の弱みにつけ込む手口もいやったらしいたらないです!」

 「その計画の犠牲として俺の故郷を滅ぼしたなど、聞いて呆れる……!」

 仲間達が怒りを口にする中、いつもなら真っ先に捲し立てていそうな黎琳がこの時ばかりは黙っていた。

 意外な反応に思わず溜謎は彼女に突っかかっていた。

 『黎冥をこの計画の切り札にした事、怒ってないはずがないわよね?大切な者達を失った理由を作ったわたくしへ憎悪を抱かないはずがないわよね!』

 黎琳は俯き加減のまま、答えない。

 苛立ちが募る。

 『まさか、同情してるんじゃないでしょうね!?言っておくけど、同情されるいわれはないわよ。わたくしとお前は同じような境遇に生まれたけど、お前はまだ与えられたものがあった!わたくしは全部奪われただけ!わたくしはお前ですら憎いのよ!お前はわたくしと同類なのに、天界に置かれ、その力を尊重され、神の使いとして存在している。気に入らないのよ!』

 何の反応も返ってこない。

 流石に仲間達もいつもと違う黎琳の様子に戸惑いを覚えた。

 「黎琳殿?」

 痺れを切らした銀蒐が彼女の名を呼ぶ。

 「……どうしてここまで来てしまったのだろう?」

 顔を上げる。その表情には憎しみでも怒りもなく……。

 悲しみだけが浮かんでいた。

 「どうして主神も、七神も、溜謎も、分からないんだ?」

 「それは一体どういう意味なのだ、応龍」

 「どうして主神はもっとも愛する人のために主神という立場を捨てられなかった?たとえ捨てられなかったとしても、その想いを、貫こうとしなかった?」

 「我には世界創造から安寧を司る任務がある!私情などに振り回される訳にはいかぬのだ!」

 「そうやって立場を言い訳に、自分のしでかした事を軽くしているつもりなのだな。それは確かに事実であるかも知れないが、それでは死んだ嬌美の無念も晴らせないわけだ」

 もはや反論する気力も残されていないようだ。酷く疲れきった顔で主神は口をつぐんだ。

 そして次に目を向けたのは七神の中で当時唯一存在していた瞑雷だった。

 「神たる者、私怨は厳禁、ではなかったのか、瞑雷」

 「あれは主神様のご立派な命令だった。間違っていたとは思っていない」

 『どの口がそのような事を!』

 「お前達だって察していたはずだろうに。いくら許されぬ恋仲とは言え、もう少し譲歩する事は出来なかったのか?主神を絶対的として、間違った判断をしていれば主神を責め立てる。主神こそ絶対的だという考え方を改めるにはいい機会だったはずなのに、その在り方をこの幾十年の間に考え直せなかったのだろう?過去に目を瞑り、ただ悪と決め付けた妖魔を排除して、その結果もたらす事を予測できなかった愚か者がまだそのような事を吐くか」

 「黙れ、応龍如きが!」

 瞑雷の放った稲妻が容赦なく黎琳を襲った。

 しかし彼女に傷一つつける事は敵わなかった。それで黎琳の力が以前と比べ物にならないくらいになっている事を一行は初めて思い知るのだった。

 「そして、溜謎」

 思わずビクッと耳と尾が震えた。それだけの威圧感が今の彼女には存在していた。ただ発している気が強いだけではない。彼女の内に秘められた強い決意が感じ取られ、具現化して今にも圧倒しそうだったのだ。

 「お前もどうして恨む事しか出来なかったんだ。結果しか受け取れなかった故に、彼の真に秘められた思いを見い出せずに、自分も、関係ない全ての命を脅かしてまで!」

 『わたくしの邪魔をするならば、黎冥を殺さなければならないわよ?あの方をこちらから引きずり出すのはもう一欠けらの可能性も残ってないからね!』

 「お前が決める筋合いなんてない」

 その瞳が、揺るがぬ決心を語っていた。

 「溜謎、全てを許すわけにはいかないが……天界攻めを、地上攻めを、ここで終わりにしてはくれないだろうか?」

 「「!!」」

 「もう私は、誰も傷つけたくない。こんな事をしたって心が癒されるわけでもないのは、お前自身が一番分かっている筈だ。私はお前と私が同等ではないと思っている。だが、考え方次第では同じ道を歩めるのではないかと、そう思うんだ。……辛い咎の道から、解放してやろう」

 『どんなに辛くてもこの道を貫くって決めたのさ。母が死に、この黒月を受け取ったあの日から。だから、引けない。今更長年の信念を変えられはしない!』

 踵を返した彼女の肩は微かに震えているようだった。

 『明日、予定通り天界へと乗り込みに来る。最後の思い思いの時を過ごしておくことよ。そしてその時には――情けなど無用でね!』

 水面が揺らぐように彼女の姿も揺らぎ、消えた。

 沈黙が辺りを支配する。水の底に居るように、冷たく、重く。

 が、その中で一番に主神が動いた。

 「あれが言ったように情けは無用だ。我々は立場としても勝たねばならぬ。そして――この手で決着を付けるためにも」

 七神達がそれに賛同する。

 「黎琳」

 皆が言いたい事は分かっているつもりだ。先程の提案と言い、溜謎に自分を少しだけだが重ね見ている事は知るところだった。

 言葉を紡がずに黎琳は目を伏せ、異論はないと意思を表明した。

 「我らが同志達よ、明日は決戦だ。心しておくように!」

 主神の目にも、もう迷いはなかった。

 七神達はそうそうに広間から撤収していく。黎琳達はその後姿を最後まで見送った。その後で黎琳の表情が憂いに満ちたものになっていった。

 本当は彼にこうした最後の手段を講じさせたくはなかった。でもここまでねじれてしまった関係は修復できない。

 どんな形であれ、明日で全ては終わる――。

 「んじゃあ明日のためにも今日は早く休みますかっ」

 気丈に振る舞う陳鎌に賛同して、蓬杏と春黎、銀蒐が広間を後にする。

 「……行かないのか」

 動こうとしない衿泉に言う。

 「……話がある」

 そう言って衿泉は歩き出した。軽くため息を着き、黎琳は待っているだろう責め立ての言葉へ自ら出向いた。


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