第三章:闇に覆われた都
「都に行く〜!?」
「そうだ。都に行けばそれなりに腕のたつ者がいるだろう。衿泉の修行にはもってこいだ」
「確かに……旅支度をするには一番だと言えるだろうな。一応あてのない旅だし」
退治屋、波動使いとは言っているが、別に放浪の旅をしようとは思っていない。
今はまだ放浪するだけでいい。情報をもっと集めなければ。
「都と言えば……あまり帝王様のお噂を聞かなくなりましたね」
「言われてみればそうかもしれないな。数ヶ月前までは各地に激励をしていたらしいが……」
既に魔の手が都に伸びている事に一同はまだ知らない。
連日入る各地の村や町の壊滅情報。
湯河村の事もしっかり報告がなされていた。
村の壊滅を知らせたのはたまたま通りかかった農民だった。
一体いつからその下賤な者達が報告に上がるようになったのだろうか。
前までは一切入れずの場所として権威を示してきたと言うのに。
討伐をそろそろ命じなければならない時期だと言うのに、臣下達は何故か反対するのだ。混乱の中でこのまま民を見捨て、権威を覆そうとでも目論んでいるのだろう。
だがそれで黙っているほど愚かではない――!
金を贅沢にあしらった玉座から、主は腰を持ち上げた。
「銀蒐よ!」
「はっ!」
素早く一人の青年が前に出た。跪く。
「いかが致しましたか、帝王」
「そなたに命ず、今すぐ国軍を決起させる。妖魔どもを滅ぼす戦いに出ようぞ!」
「かしこ――」
「帝王!」
すぐに横槍を入れてきたのは帝王を支える大臣達だった。赤または青の式服を身に纏っている。
「早まってはなりませぬ。ここで国軍を派遣したとしても妖魔はそう簡単に堕ちません。我々にはまだ情報が必要かと思われます」
「いつまで待たせるつもりなのだ!この時にも民の命は消えているのだぞ……!」
「――こうは考えられませぬか?妖魔は王を狙っているやも知れないと」
「!」
「王が倒れてしまえばこの国は滅びるだけです。妖魔達はこの国を乗っ取ろうとしているのでは?」
分からない。
この国を乗っ取って、妖魔の国を作る。そんな単純な目的なのだろうか。
確定的な目的は誰も知らない。城に居る者達の中で妖魔と接触した事のある臣下は居ないはずだ。
何処からか、香の匂いがしてきた。
「落ち着いてください、帝王。少し香の匂いを嗅いで、心を鎮めましょう……」
頭に霞がかかったかのように何も考えられなくなる。
自分は何をしようと考えていたのだろう。そもそも、自分は――誰だ?
帝王の目から光が消えた。
「貴様ら!帝王に一体何をした!?」
一部の臣下達と銀蒐は香を勧めた大臣に詰め寄った。
すると残った臣下達は剣を抜き、銀蒐達に向けた。
「どういう事だ!反逆者か!」
銀蒐も長い鎌を構える。
「人間の上を行くお方が復活するのだ……」
「ちっぽけな位しか持たない帝王など、生贄に捧げてしまえばいい……」
くぐもった声が異常すぎる。
もしかすると、帝王と同じく正気を失っているのかも知れない。
ただでさえ沢山の民が殺され、人手不足なのだから、相打ちは避けたい所なのに……!
「別に戦わなくてもいいんだよ……?」
いつの間にか玉座に別の人物が座っている。
強烈な香の匂いが彼らを襲う。慌てて息を止め、吸わないように袖で鼻と口を覆った。
「拒否しなくていい。受け入れるんだ。そうしたらお互い傷つけなくて済むでしょう?だって仲間なんだからさぁ!」
「くっ……」
薄れる意識の中で鎌についた鎖を外す。
視界が黒く染まる寸前に鎖をその人物に目掛けて投げつけた。
「!」
慌てて避けた妖魔であったが、頬に命中した。そこから黒い血が流れ出る。
「ふいを突かれてしまったか……。でももう皆、忠実な僕と化したよね」
自分の血を舐めとり、満足気に頷く。
「皆先程と同じように居ればいい。普段どおりにしていればいい。だけど――、仲間は確実に増やそうね」
「かしこまりました……」
「心得た」
席を譲れば操り人形と化した帝王が玉座に腰掛ける。臣下達も何もなかったかのように所定の位置に戻る。
抗っていた銀蒐ですらも従う。
これでいい。人の知らないうちに人は蝕まれていく。表面では分からないから邪魔する者すら出てこない。あの応龍ですらも、だ。
気付けば人の全てが手に入る。
その時こそ、待ちわびたあの方が――。
思い出したくない記憶が蘇る。あの方が目の前で倒れ、消えていくあの場面。
我々にとってはしばしの別れだ。あっという間ではなかったが、永遠の別れではなかった。確かにあの方は自分の前に現れようとしている。その思念が感じ取れる。
既に思念が蘇りつつあるのだ。
「溜謎様」
「お前か……丁度いい。ここの監視を任せる。とは言っても、お前の出る幕はないだろうがな」
「かしこまりました」
溜謎と呼ばれた妖魔は姿を消した。
都には黒い雨雲が少しずつ集まりつつあった。
「はあっ!」
衿泉の剣を黎琳は糸も簡単にかわして見せる。
今度は逆に黎琳が拳を突きつける。
「!」
防御が間に合わず、衿泉は吹き飛ばされた。
身体が宙に浮き、勢いを増して地面に叩きつけられる。
見ていられないと言わんばかりに春零が衿泉に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、平気さ」
土埃を払う彼に世話をやく春零の姿にむうっと唸る黎琳。
自分の拳をじっと見つめる。
七神に勝ったことはない。だけど、七神に従う精霊達はこの力で打ち負かして、従わせてきた。自分は精霊に勝った事で、妖魔などそう大した事もないと思い込んでいた。
現に衿泉の村を襲った妖魔はそれほど強くなかった。それに比べれば春零の村に居たあの妖魔は格が違いすぎる。
あいつを倒せなければ――。
焦りが募っていた。そして思い通りにならない苛立ちも。