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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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      分かり合えなかった二人の結末

 「母上」

 あれから十数年。

 しっかりした子供に成長した溜謎は前に走る母へ向かって疑問を投げかけた。

 「どうしてわたくし達は何かから逃げないと駄目なの?」

 「……」

 いつ聞いても母は黙って答えない。

 後ろから追ってくるのはよく分からない何か。――更に成長してから七神の配下である精霊であった事を知るのだか。あれに捕まってしまえば最後。そう言わんばかりに必死で二人は逃げる。

 こんな生活をもう何年続けているだろう。

 人里を転々とし、行く先々で他の人々に何やら囁かれ、やがては追い出される事もしばしばあった。それは恐らく帽子で隠しているこの耳のせいだと既に勘付いていた。普通の人に狐のような耳など付いていない。そして普通に使える炎の力も使えない。まさに異様だった。

 その出生の秘密をいつか母が話してくれるのをずっと待っていた。

 そして天界から逃亡して十数年経ったこの日。

 とうとう囲まれて逃げ場を失ってしまった。いつものように母が人並み外れた力を使えば逃げ出せたはずだった。しかしもうそれを使う余地は残されていなかった事を気付くには遅すぎた。

 「ようやく囲む事に成功したか……」

 新たに雷の七神に就いた瞑雷が姿を現す。それに次いで炎、水、緑の七神が四方に立った。

 空には翼を広げた天龍が飛んでいた。何処にも逃げ道はない。

 「母上、ここは――」

 既に母はその場に倒れこんでいた。

 「母上!?」

 「いつからかは知らぬが、病に伏していたようだな」

 忌々しげに七神を睨みつつも、母を揺さぶる。

 「しっかり――」

 「七神達よ……。主神の命でここまで追ってきたことは褒めよう」

 どうやら意識はちゃんとあるらしい。しかし身体は動きそうにもない。

 「……さあ、その命、差し出してもらおう!」

 容赦ない攻撃が降り注ぐ。

 「しかし、そう簡単にはくたばらない!」

 青白い炎が球状に二人を囲い、攻撃を防ぐ。

 滴る脂汗を拭い、母はゆっくり立ち上がった。その姿がみるみる人ではなくなり、十の尾を持つ巨大な妖孤となる。

 母の正体を知り、慄く溜謎を尻目に七神は総攻撃をかける。

 病で疲弊した身体を酷使して嬌薇は駆ける。障害となっている精霊の壁に突進し、その刃で引き裂く。一介の精霊などに妖魔の長の相手が務まるはずもなく、粒子と散っていく。

 「おのれ!」

 炎の七神が火炎を繰り出す。その炎に包まれても嬌薇は身を焼かれる事なくそこにあった。炎を操る力は嬌薇自身にもある以上、殺傷能力は失せてしまう。

 「ならばこれでどうだ!」

 次は苦手とする水流のお出ましに流石の嬌薇も大樹の上へと飛び、回避する。

 そこへ緑の七神が木々に気を送って支配し、その枝に嬌薇の身体を絡ませた。出来た隙を逃さずに稲光が瞬いた。身体中に衝撃が走り、絶叫する母の姿を見て、ようやく我に返った溜謎が駆ける。

 その前に瞑雷が立ち塞がる。

 「……お前は我々と共に来てもらう」

 「い、嫌……」

 「お父様がお待ちだから、ね」

 子供だからって舐めてかかる七神に牙を立てた。

 「!」

 「母上!」

 怯んだ隙に間をくぐり抜けて母の元へと走った。雷鳴は止み、皮膚の焦げた臭いが鼻を刺激した。

 幼き時に身につけた木登りの技術を使って枝に絡んだ母の元へと近づいた。既に細々とした呼吸しかしていなかったので、流石に幼い溜謎でも、これはもう助からないと分かってしまった。

 最後の力を振り絞って、母は言葉を紡いだ。

 「――」

 あまりにか細い声で溜謎自身もようやく聞き取れる程度だった。けれど、確かにそれは記憶の隅に刻まれた。

 無念に溢れかえった涙で満たされた瞳をゆっくりと嬌薇は閉じる。

 そして動かなくなってしまった。

 「母、上……」

 いつの間にか七神の一人が背後に回りこみ、溜謎の胴を持ち上げていた。

 「離して!母上が……。どうして母上が死ななければならないの!」

 「子供のお前がそこまで知る必要はない」

 冷たいその一言で納得など出来るはずもなかった。

 その身体が灰となって風に散る。もう母の温もりはおろか、手触りさえ感じ取れない。

 「寂しがる必要は無いよ。お父様が居るんだから」

 「父上……?」

 「そう、お父様が居るから」

 抵抗出来なかった。

 父に会える喜びと、母が死んだ絶望。そして父が何故母を助けに来なかったのか。ありとあらゆる事が頭を巡った。

 もう何も考えたくない。

 全てを投げ出し、溜謎は天界へと連れ去られた。



 粛然たる雰囲気を醸し出す天界の宮殿で溜謎は久々に実の父親と面会した。

 迎えたのは親としての温かみを持ったものではなく、酷く冷めた眼差しだった。会ってしまってはならなかった、と見てとれた。

 「連れて参りました」

 七神が膝をつく。

 「よくもここまで生きながらえていたものだ」

 発せられた言葉も遺された娘の心を荒むものであった。

 「我らに対抗し得る力など、あってはならぬ。その力、永久に封印させてもらうぞ」

 対抗し得る力である以上、滅ぼすのは難しいと主神が出した答えだった。

 脇に控えていた神の兵が溜謎の両脇を捕らえた。

 「何をするの!離して!」

 前からは火の七神より生み出された聖なる炎を宿した烙印が迫る。

 逃げられぬ恐怖に溜謎はただただ歯を噛み締めるしかなかった。

 そして烙印が彼女の左頬に押し付けられた。

 「いやあああああぁぁぁぁ!」

 頬だけでなく、全身に熱が駆け巡っていく感覚。聖なる炎が溜謎の身体に流れる血から妖魔の血を封じ込めていった。制御できずに出たままだった妖孤の耳と尾が薄れ、消えていった。

 ようやく苦しみから解放された時、主神は彼女の襟首を掴み、こう言ってのけた。

 「罪の子よ、その証を伴って生きよ。それがお前に課せられた罰。お前の母が元凶となった過ちへの償いの路だ」

 「母上は……お前を怒ってた。わたくしも、お前を父とは思わない。恨んでやる!」

 涙を流し、溜謎はこの時、この主神をいつか必ず倒すと誓うのだった。


 そこで一度映像が途切れたが、再び幻は現れた。これは溜謎が仕組んだものではなく、主神自らが映し出した隠された真実だった。


 無理やり連れて行かれる娘の姿を最後まで律儀に見送った後、主神はその場にかがみ込んだ。

 「許しておくれ、嬌美。そなたを、救えなかった事を。娘ですら、十分に守りきれなかった事を。……このような形でしか、あの子を生かす道はないのだ。きっとこの先あの子が不憫な目に遭うのは目に見えている。しかし、ただ生きてさえ居てくれればそれで……」

 主神と言う立場に縛られた結果、大切な者を殺し、或いは貶めた。

 結局主神は本心に付き従う事が出来ないまま、二人を失い、手放した。

 そして互いに通じていたはずの心が分かり合えなかった事が、後の惨劇を起こす事となるのだ――。


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