天龍覚醒
更新が予告なく遅れてしまって申し訳ありません!
現在また多忙な日々を送っておりますので、不定期更新になる可能性があります。
予めご了承下さいますよう、宜しくお願いします。
なお、次回は年末更新の予定です。
「……!」
前にも一度、こうして衿泉から唇を奪われた覚えがある。
けれど、その時とは少し違う。
あの時は弾き飛ばす事が真っ先に浮かんだ。今は、逆に――。
「……」
唇を離し、衿泉はそっぽを向いてから言った。
「俺、黎琳に惚れてるんだから」
「……はあ!?」
普段の彼からすると、かなり大胆な事をしている気がするのだが。
「もう一度言ってみろ!」
「もう二度と言うか!と言うか、もう聞こえてるだろ!」
確かに、もう一度言う必要性はないに等しい。
しかし、黎琳はどうしても裏づけが欲しかった。これは夢でなく、空耳でもなく、現実としてある事の。
主神の策略にはまり、このまま消えてしまうのかと思った時、今まで黎冥の事ばかりだったのに、何故か衿泉の事の方が気掛かりだった。この戦いが終わったら、彼はどうするのだろう。気になって気になって仕方がなかった。
そして今、彼の勇気ある行動で自分の存在は救われた。これでもう、「恩人」としての立場では居られなくなった。もはやその立場を望みはしないのだが。
ただ、今は何もかも忘れて――彼の側に居たい。
彼がこの先の未来をどう切り開いていくのか、隣で見届けたい。
――ああ……これなのか
黎琳は唐突に理解した。この望みこそが、願いこそが、誰かを愛する事なのだ、と。
「……責任を取らないと承知しないから」
「?責任?」
とぼける天然に黎琳は顔を真っ赤にして吠えた。
「私をここへ引き留めたその責任はちゃんと取ってもらうと言っているんだ!この鈍感頭が!」
「鈍感……!?お前が言える言葉かよ!?」
「わ、私には地上に来て初めて学ぶ事が多かった!私の場合は鈍感ではなく、知識不足だっただけだ!」
堂々巡りになるのは目に見えており、衿泉はそれ以上口を尖らせようとはしなかった。再び決まりの悪い沈黙が流れていく。
折角両思いだと互いに知ったのに、どうしてこうなってしまうのだろう。
――私も、変わらなければならない時、なのだろうな
自分は応龍であると自負し、威厳在るように見せかけた態度をずっと取っていた。恐らくそれは天界での監禁生活の経験から虚勢と言う悪い癖をつけてしまったせいなのであろうが。
偉ぶって、軽く見下して接するのはもうやめだ。
人間も神も龍も関係ない。同じ時を生きる者達である事に変わりはないのだから。
「衿泉」
自分の気持ちに素直になろう。
照れ隠しのための余計な言葉は紡がないで。
「私も、お前が好きだ」
心からの笑顔で、そう言った。
しばし呆然としていた衿泉だったが、しばらくして嬉しそうに頬を緩めて頷いた。
その時だった。
『ようやくこの時が訪れたか……』
低い声が何処からともなく聞こえた。辺りを警戒しながら背中合わせに立ち上がる二人。
やがてその声の主の姿がうっすらと浮かび上がった。
黎琳と同じ亜麻色の髪をしたまだ若い男の姿。衿泉も見覚えがあり、思わず目を見開いた。
そう、それは応龍の過去に纏わる記憶に映っていた人物――黎琳の実の父親だった。
「何故……父がこんな所に……」
『術が発動したのだよ。愛しい娘であり、兄思いの優しい妹であるお前に託した最後の希望が、ね』
よくよく見れば、彼の足元に呪が展開している。
「術とは具体的にどのような……?」
『黎琳、お前は呪縛から解き放たれた。己の運命に打ち勝ったのだ。そこにいる青年の想いと共に。信じていたよ、この日が来るのを。そして見事打破したお前に、真の力を授けようと思っていたのだ』
父は右手を振りかざした。すると黎琳の身体の内側から光が溢れ出した。金色の光が瞬く間に包み込み、その姿を本人の意思に関係なく変化させていく。
その様子を見ていた衿泉は息を呑んだ。前よりも翼が巨大化し、その身体が黄金めいた銀に輝く龍が姿を露にしたからだ。前の応龍としての彼女からすると、更に神聖さを増している。
飛行の補助程度でしかなかった翼がすっぽりとその長い身体を包み込めるほど広がる。
本人も驚き、感嘆の声を漏らした。
「これは……私の、新たな姿?」
『これこそがお前の真の姿なのだよ、黎琳。母を超えた天龍よ』
「力が漲る……これなら」
『ああ、その純粋な光を宿した力で、己の成すべき事をやってのけるのだ……。父は……いつでも――』
「父上!」
見守っているから。
幻のようにその姿は薄れ、消え去った。
父が託してくれた未来の希望を黎琳は噛み締めた。応龍の力のような一歩間違えると危険な感じは一切しない。きっと、この力でなら、誰も傷つけずに決着を付ける事が出来るだろう。
「……さあ、戻ろうか」
背に乗るように衿泉に促す。
「信じてるぞ、黎琳」
「……当然だ!私は新たな力を宿した希望の天龍なのだから!」
周囲に渦巻いていた気が弱まる。
龍玉の表面を見極め、天龍が空中へと舞い上がる。そして近づく空間の壁に向かって、強力な気を放った。
その壁はいとも簡単に吹き飛び、外への出口が出来上がった。
落ちてくる細かい破片を俊敏な動きで避けつつ出口へ向かう。
――分かる。どう動けばいいか。まるで時の速度を落としたかのように
天龍として覚醒した能力を十分に実感できた。
そしてとうとう出口をくぐり抜ける。
「「!!」」
外の眩しさに目を瞑り、体制を崩す。
容赦なく二人は地面へと放り出された。
「黎琳殿!」
「衿泉!」
聞き慣れた仲間の声に黎琳はゆっくりと目を開けた。
確かに銀蒐と春零、後ろから走ってくる陳鎌と蓬杏の姿があった。場所もはっきりと認識できる。ここは間違いなく天界の謁見の間だ。どうやら元の場所に戻ってこれたらしい。
「……黎琳!もう、春零は心配したんですから!」
抱きしめられた事で、自分がいつの間にやら人間の姿へと戻っている事に気付いた。あの閉鎖された異空間から飛び出してきたのだから、均衡を崩すのも無理もない話なのかも知れないが。
「黎琳……!帰ってきてくれたのは嬉しいけどさ……」
「うむ……」
「どうしたんだ、一体何が……」
立ち尽くす彼らの後ろに誰かが倒れているのを見た黎琳は飛び起きた。