望む未来の形
紅く揺らめくその珠は主神の手中に収めされた。
「これこそが応龍の力を宿した珠、龍玉よ!」
完全に右腕が再生し、まさに絶好調な主神。高笑いがその場にこだまする。
黎琳が消え、春零は銀蒐の胸に顔をうずめ、泣いている。
落ち込む陳鎌の横で必死に涙を堪え、佇む蓬杏。
そして――その場に崩れ落ち、悔しさと悲しさに身を振るわせる衿泉。
「よくもそうのうのうとして居られるものだ」
「さて、これで終わりではないぞ、香耀。次はお前を始末する番なのだから!」
「ふざけるのも大概にしろ!」
香耀の風の力が主神の力とぶつかり、激しい戦闘の幕が上がった。
吹き荒れる風。突き刺すように発せられる光。巻き込まれないぎりぎりの場所に衿泉らは何とか避難した。
「……俺は」
目の前に居たその者すら、守れなかった。
――そんな俺が、この国を救えるはずなんて、ないだろ……!
戦うための武器も持ってない。
仮に武器を持っても、その実力は微々たるものであるに変わりない。
それがどうやって強敵に打ち勝つ?
そんなの、無理だ。
――ああ、俺にもっと力があれば、こんなの……!
「双剣使い」
ふと誰かがそう呼んだ。そんな呼び方をするのは、自分の名を呼びなれない七神の誰かしか居ない。
歩み寄ってきたのは、意外にも緑晶だった。彼女もあまり人間を快く思っていない一人であろうに。
「これを、授けよう」
渡されたのは一対の双剣だった。それも銀の装飾が豪華に施された、まさに国宝級の。
「神剣・双龍だ」
「神剣……そんなものを譲り受ける訳には……」
「いい。その守護主が許可しているのだから」
「そ~そ~、僕のお墨付き!」
いつの間にやら蒼翠がそこに居た。いたずらっぽく蓬杏にちょっかいをかける事も忘れずに、蒼翠が衿泉に言う。
「君が欲しいのは、こんな未来じゃないんでしょ?だったら、欲しい未来を勝ち取りに行かなきゃね!」
「勝ち取る……」
「恐らく、黎琳の精神・肉体はまだ完全に消えたわけではないでしょう。あとは香耀が分かっているはず」
桜紅の言葉通り、香耀が主神を吹き飛ばすなり、こちらへと駆け寄ってきた。
「今はお前にしか頼めない。それを持って、あの龍玉の中へと転移させる」
言うなり、転移の陣を起動させる。
「待って!春零達も……!」
「あの中には相当の激しい気の流れが入り乱れている。神剣の加護は一人しか使えない。お前達は、待つんだ」
「俺を、信じて待っててくれるか?」
仲間達は次々に頷く。併せて七神達も頷いた。
その想いは、今ここで、衿泉に託された。
「あの子を……私の大事な娘を、頼んだ」
「……!ああ」
転移の陣によって衿泉は龍玉の中の空間へと移動した。
「!?」
転移先でいきなり凄まじい気の流れが衿泉を煽った。
神剣が淡く光を放ち、その気をそれなりに和らげる。確かにこれがなかったら、気に流されて何処とも分からない場所へと放り出されてしまっていただろう。それに、人体に浴びるのもかなり危険なようだ。
少し浴びただけで、衿泉の身体に拒否反応同然で湿疹が出来ていた。
「長居していたら、こっちが持たなさそうだ……」
とは言え、何処に黎琳が居るかなど検討もつかない。
が、逆に向こうは気付いてくれるかも知れない。
「何処にいるんだ!黎琳!返事をしてくれ!」
しばし待ってみるが、返事はない。
――何処にいるかだけでも、教えてくれ、応えてくれ……!
祈るように念じた。
すると、それに呼応するように気の渦の中心部に何やらぽっかりと暗闇の穴が出現した。
ここから通じているのだろうか。それは分からない。
が、他に手掛かりもない。衿泉はその穴へ思い切って飛び込んだ。
まるで重力が低下したかのように、身体がゆっくり落ちていくのを感じた。
『私、怖いの……』
まるで幽霊のように浮かび上がる黎琳の姿。しかしすぐに消え去る。
『黎冥と対峙するのが、怖いの……』
『渦に呑み込まれたら……』
『彼らを、傷つけたくないのに……』
これは、黎琳の心の内なのだろうか。
普段見せないその心の中で、こんなにも苦悩していたと言うのか。
分かっていたつもりなのに、まだまだ分かっていなかった。
『楽になりたい……』
『消えてしまえば、もう何も感じなくていいもの……』
『皆だって、望む未来を勝ち取れるし……』
「違う……違うんだよ!」
亡霊がびくり、と肩を震わせた。
「少なくとも……俺が望むのはお前が提示したその未来じゃない!」
『じゃあ、衿泉の望む未来は何?』
振り返れば、亡霊が首を傾げてこちらを見ていた。生気を感じない彼女を見ていると、既に彼女は死んでしまったように感じて、気味が悪い。
「俺の望む未来は……」
この戦いの後、きっと皆散り散りになるだろう。そして自分には帰るべき場所がない。
何かしたい事があるわけでもない。
けれど、一つだけ言える事があった。
「俺の望む未来には、お前が!黎琳が必要不可欠なんだよ!」
『!』
暗闇が打ち砕かれる。
隠されていた風景が露になる。
幾重もの鎖に捕らわれ、背後の黒い気の渦にもう間もなく呑み込まれようとする黎琳の姿が。
「黎琳!俺の未来は、お前自身なんだよ!お前が居ない未来なんて、俺は……!」
彼女の瞼は堅く閉じられたままだった。
けれど、彼女の心の声が頭の中にこだました。
『私は、お前の未来?』
「そうだ!」
『私に居てほしいと、そう言うのか』
「居ろ!居てくれ!」
『必要と……してくれるのか。応龍ではなく、この私そのものを』
鎖が千切れていく。
黎琳がうっすらと目を開け、後ろに迫る渦に気を放った。渦は怯むようにして消え去った。
完全に鎖から解き放たれ、その場に膝をつく黎琳を衿泉が抱きかかえた。
「馬鹿だな……こんな私のためにこんな所まで来るとは」
「迎えに来ないと戻ってきそうになかったからな」
「この減らず口が!と言うか、何度もまたお前呼ばわりしたな!」
「痛っ!」
いつもの黎琳に逆戻り。いい加減足蹴にされるこっちの身にもなってほしい。
「黎琳の心の声、ちゃんと聞いた。いつもそうして本音をぶつけてればいい。俺がちゃんと受け止めて、一緒に考えてやるから」
「う……。相談相手くらいにならしてやっていいか」
「その上から目線そろそろやめないか?俺が必要としてるのはただの黎琳なんだから」
「応龍抜きにしてもお前とは格が違うわ!」
「……まあいいか。この先、そうしてお前が俺の側に居てくれれば」
「またお前って……!」
言葉を遮って、衿泉は黎琳と唇を重ねた。