急かされ立つ
度々こちらのミスでご迷惑をおかけします。
第二章の最終部分が抜けているとのご指摘があり、修正させていただきました。誠に申し訳ありません。
管理の方を徹底したいと思います。
「この偽善者が……」
「信じられない!表でいい顔して、裏で何をしているか分からないね!」
「人殺し!」
「化け物め!」
とうとう言葉だけでは飽き足らず、石まで投げつけられる。その一つが春零の頬に当たり、血を流す。
「返してくれ!私の妻を!」
「そうよ!返してよ!可愛い息子を!」
「ごめん、なさい……!」
その場に崩れ落ちる春零を見ておられず、黎琳は両手を広げ、立ち塞がった。
「その子を庇う気かい?」
「……」
この村人を納得させられる説明が出来ない。
姉の魂が彼女を乗っ取っていたんだ。そう正直に言っても、信じてはもらえないだろう。まず普通の人間には魂という存在への理解が薄い。目に見える者も少ない。
確かにそこにあるのに、感じ取れないのだ。
歯を噛み締め、黙って立ち塞がっていると、一人の男がツカツカと歩み寄り、持っていた鞄一つを黎琳に投げつけた。
「とんでもない余所者を泊めてしまったな……。今すぐ出てゆけ!殺人者とその協力者!」
「なっ!」
理解力の足りない人間に腹がたち、黎琳はその苛立ちを地面にぶつけた。気が弾け、凄い力で地面が抉れた。
息を呑み、後ずさる村人達。
突然巻き起こった風に亜麻色の髪が遊んだ。むしろここで耳を見せ付けて従属させた方がいいのかも知れない。
だけど、それは出来ない。
それはどうして?
「何も言わなくたって出て行ってやるさ!事情を知ろうともしないお前達と一緒に居られる訳がないからな!行くぞ!」
「えっ、ちょっと、黎琳……」
そのまま鞄を取ってずかずかと歩いていく黎琳。
「……」
同じく憤りを露にした目をして、衿泉はふらつきながらも歩き出す。
危うく足をとられて転倒しそうになった所を、春零がすかさず肩を貸す。
泣いてばかりはいられない。
「お世話に、なりました……。今まで、ありがとうございました。でも、春零は、皆を傷つけたくはなかった……。でも罪は、春零にあるから、反論はしません。さよなら……!」
もう振り向く事すら叶わない。
決別した故郷に、もう戻る事は出来ないのだから――。
罪は自分にある。だけど、突きつけられた現実はとても残酷で。
村の外へ足を踏み出した。
「春零……、確かにあの子は理由もなくあんな事をする子じゃない」
「そうだよ!何も理由も聞かずに追い出す必要はなかったんじゃないのか!?」
「……」
必死で自分を庇ってくれている声がする。
それでいい。一人でも、自分を見捨てずに居てくれている。それだけで、十分だ。
――春零、代わろう
「いい。平気よ、春蘭」
二人はゆっくりゆっくりと森の中へと入っていく。
「……」
ふいに立ち止まった黎琳。
「あの二人はまだ来てないな」
そのばで自らにかけていた術を解く。輝かしい銀髪を露にした黎琳は空高く飛び上がる。
風を捉えてまだ近くに見える村に向かって飛ぶ。
春零の事で口論していた村人達。が、一人がふと空を見上げ、声を荒げた。
「み、見ろ!上!」
「何だい?今こんな時に……」
黎琳の姿を見た人々は呪いをかけられたかのように微動だにしない。
ふわりと降り立ち、深みのある緑の目で辺りを見る。
「こ、この方はもしかすると……」
わざとその耳を見せ付ける。龍が人型をとる際に唯一の特徴として露となる長い耳を。
「応龍だ!伝説の応龍が降り立ったんだ!」
「まあ!応龍様が!」
「応龍様!」
次々と跪き、頭を垂れる。
その様子を見て頷き、黎琳は口を開く。
「ここに妖魔が棲みついていたようだな。それも、性質の悪い妖魔が」
「そうなんです!連続的に村人を殺していた人物が居たのですよ!」
「先程その娘がここを発ちましたよ!追いかけて、殺しましょう!」
「待て」
重みのある声に村人は凍りつく。
都合がいい。
「その元凶は、そこに居る」
指を指す。
そこは茂みがあるのみで何も居ないように感じる。
騒ぎ出す村人を余所に、黎琳は茂みに向かって話す。
「居るんだろう?引き金を握った妖魔よ!」
がさっと音がしたかと思えば飛び出してきた。
姿を現した妖魔はほぼ人型をしていた。露となっている二本の牙を除いては。
自分と似たり寄ったりの露出度の高い服を纏っている。背は少し低めぐらいだろうか。
丸みがあるものの、瞳孔は鋭い、黄色の眼。長い前髪を珠で留め、残りの短い髪は均一に揃っている。中性的な顔立ちで、性別は判断できない。
口の端を異様に持ち上げ、妖魔は微笑む。
「折角の茶番劇があったと言うのに……まさか応龍に見つかってしまうとはね。七神が動き出したんだね」
「人の魂を蝕み、その魂に生きとし生ける者の身体を操らせるとは、何とも小賢しい真似をしたものだ」
「何だ。ずっと見ていたのね」
特に悪びれた様子もなく愉しむように妖魔が優雅に地を蹴る。
が、その背後に素早く黎琳は回り込み、手を翳して静止する。妖魔もピタリと動かなくなる。
ちゃんと理解しているのだ。ただ手を翳しているだけでも即死させる事が黎琳の力では可能であると。
この妖魔は、見た目も中身も人間に近い……!
「お前達は何の目的で人間達を襲っているんだ」
「それはそうと、応龍。貴方、本当に応龍なの?」
「!?私を見くびるな!」
手に力を込めた。だが、気が集まらない。
――何故だ!?
「気付かなかったの?貴方の気を吸い取っていた事にさ!」
黒い衝撃波が黎琳を襲った。吹き飛ばされ、民家の壁に激突する。
咳き込み、口の中の血を吐き出した黎琳を満足気に妖魔は見下した。
強烈な気の持ち主だ。もしかしたら、七神にも匹敵するかも知れない――。
「また会うだろうね、応龍。じゃあね」
――逃げられた。
ちっと舌打ちをして、黎琳も瞬時に村を離脱した。