守護陣発動
更新が遅れてしまってすみません……!
またストックがなくなっているので、このように更新が不定期になる可能性があります。
誠に申し訳ありませんが、ご理解の程宜しくお願いします。
「……」
絶句し、衿泉は表情を歪めた。
「それ、本気で言ってるのか?」
ようやく震える唇で、言葉を紡いだ。
立ち上がり、振り向いた彼女は今にも泣きそうだった。けれど、ゆっくり頷いた。
玄武の言う事を真に受けてこんなに揺らぐなんて、黎琳らしくない。
「俺は……!」
胸につっかえている全てを吐き出してしまいたかった。
が、そこへ、他の方角へと向かった仲間達がぞくぞくと戻ってきた。
「黎琳、久しぶりね」
「お、桜紅!?」
まずは香耀を担いだ桜紅がやって来た。二人とも怪我しているものの、それほど大事ではないようだ。
「ってことは……蒼翠も来ているのか!?」
「まだ暴れたりないんだけど~」
「!蒼翠……」
気を失った陳鎌と蓬杏を荷物のように運び、着くなり乱暴にその場へ落とした。
その衝撃で気付いた二人は蒼翠と痴話喧嘩を始めるのだった。
「応龍、ご苦労だな」
「!!相変わらず冷めてるな、緑晶」
後ろからついてきた春零と銀蒐は外傷は見当たらないものの、酷く落ち込んでいるように見受けられる。
「どうかしたのか、春零?」
気を利かした衿泉が春零を覗き込む。
とうとう我慢の限界だったのか、春零がその胸に飛び込み、大声で泣き出した。
突然の事で、衿泉は目を丸くして反応に困る。緑晶が鬱陶しいと言わんばかりの視線を送っているのに気付き、黎琳が彼女に詰め寄る。
「春蘭に何かしたのか!?」
「こちらが手を出さなくても、彼女は勝手に消えた」
「緑晶……!」
理由を聞いた仲間達は悲しみに包まれた。春蘭もれっきとした仲間の一人として受け入れられていたのだ。つまり、仲間が一人死んでしまったも同然なのだ。
そしてその存在が一番の心の支えだった春零が今にも壊れそうだった。それを見ていられなくて、黎琳は思わず目を逸らした。こうなってしまったのも、あの時すっぱりと二人を引き離さなかったことにあるのだろうから。
「ふう、ようやくのご到着のようだ」
何があっても動じない、彼女はまさに巨木そのものだった。新たに天からやって来た物を見ても一切心を動かさない。
天から送り込まれてきたのは山々をすっぽりと収められるほどの大きさの陣だった。
刻まれた字を読み取り、香耀はうわ言のように呟いた。
「悪しき印を持った者をここへ封ず……捕縛方陣、だな」
「人にとっては守護陣とも言えるらしいけど?」
どうだ凄いだろ、と言わんばかりに高揚する蒼翠の頭に桜紅の手が飛んだ。
長い長い説教の合間に、黎琳は銀蒐の元へ行った。
「今起こっている事を帝王に伝えに行こうと思うのだが、一緒に来ないか?」
「……何の連絡も寄越さず、さぞお怒りになっている頃だと思う。城と下町に異変がないかも心配で」
「――それは今ある現実からの逃避ではないな?」
珍しくも、銀蒐の呼吸が一瞬乱れた。
「まあ、気分転換に、と言う意味で誘ったのは私だ。気に病むな」
「すまない、黎琳殿……」
「そういう事で行ってくるわ、衿泉。後は頼んだ」
「ああ、そう……ってどういう事か俺は聞いてな……!」
衿泉の文句など放っておいて、黎琳は術を発動させる。記憶にある場所ならそこへと流れる気に乗って瞬間移動が可能になる。
行き着く先の風景が瞼にうっすらと映る。
「……面倒事がまた増えてなければいいものを」
悪態を着き、黎琳と銀蒐は都へと向かった。
数瞬の移動時間を経て、二人は都へと降り立った。
しかしそこは状況がまた悪い方へと持ち込まれていた。城下町に多数の妖魔が攻め入っていたのだ。どうやら少数派の分裂が運悪くも人間の中枢都市に目をつけてしまったらしい。
応戦する兵士達。その荒れ狂う妖魔の攻撃に太刀打ちできずに、血の池に伏せる者達。
と、銀蒐の姿を見た兵士が近寄ってきた。
「これは銀蒐殿!此度の事は、やはり何か関係が……」
「無駄口を叩いている場合ではないだろう」
思いっきり背中ががら空きだった。背後から忍び寄っていた妖魔の右目に容赦なく槍先が突き刺さった。
目を押さえ、悶える妖魔にとどめを刺す。銀蒐も故郷もとい守るべきモノの窮地に冷静さを失いかけているようだ。
「銀蒐、お前は休んでいろ」
「黎琳殿、しかし――」
「先に行くべき所があるだろう?」
はっとした銀蒐は返事もそこそこに城へと駆ける。
「これでは守護陣の意味がないぞ、主神。一体どの面を下げてこんな事を――!」
愚痴を零しつつも、襲い来る妖魔を吹き飛ばす。
正体を隠していた方が本当は都合がいいのだが、この緊急時に加減などしていられない。
「悪いが、お前達には配役が与えられていないんだ。今すぐこの世から去れ!」
濃縮した気を放ち、その存在を打ち砕く。血肉の何一つ残さないで。
「あ、貴方様は……」
おののき、正体に気付いた者達が次々に膝を折る。まあこれだけ圧倒的に力を見せ付けておいて気付かないなんて、馬鹿がつくほど鈍感である。
「まさか、貴方様が応龍であらせられたとは。恐れ多い」
「敬意など無用だ。それより、帝王と女王は何処だ?」
「はっ。両陛下は地下の隠し部屋に――」
そう言えば一番最初に女王と出会ったのもあの部屋だった。狂った帝王から逃げざるを得ず、とは言え側を離れるわけにもいかず、あの部屋に閉じ篭もるしかなかった非力な女王。
銀蒐の事だから、帰巣本能ならぬ服従本能で居場所くらい特定しているだろう。
黎琳は目的地へ一直線に向かった。如何にも地下へと続いていると言わんばかりの暗い地下階段の入り口が木々に隠れているのを発見できたからだ。この扉の破壊ようからすると、中に妖魔が侵入しているのも間違いないと見える。
それなりの覚悟をして暗闇の世界へ足を進めた。けれど、その覚悟とは裏腹に妖魔と出会う気配は一切なかった。感じるのはもはや生きてはいないただの肉の塊。血の臭い。それだけだ。
何だかあの過去の日を連想させる暗闇の中の光景に黎琳は眉を顰めた。ここで堕ちてはならぬ。強く言い聞かせて正気を何とか保つ。
「記憶ではここら辺のはずだが……」
行く手はただの行き止まりにしか思えない。先に部屋のような空洞を感じ取る事も出来なかった。
「……この感覚。何かに私の力が阻まれているような――」
そう、鳥族の里のように。
と、黎琳の背後で気配なく刃が煌いた。
首筋に触れる寸前で何とか回避し、相手の顔面に拳を突き出した。とは言え、当たる寸前で止めたが。
「……妖魔じゃない?」
「その声、銀蒐か……」
気配を消すのが上手い彼はこの暗闇でそう簡単に誰であるか認識できなかった。
「王と女王は!?」
「隠し部屋は以前のとは別の部屋だ。だが――」
王が妖魔の毒に伏せてしまったのだ、と銀蒐が震える声音でそう言った。