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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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     交わらぬ龍

 明かりが一つもない真っ暗な洞窟の中を一人、黎琳は歩いていた。

 こうして何も見えない状況でも進めるのは、気を感じ取り、そこに何があるのか、どんな風なのかが手にとって分かるからだ。龍の中には夜目の利くものも居るのだとか言うが、生憎そんな目は持っていない。が、気さえあればそれで十分困難なく進める道でもあった。

 そして気とは少し違う、自分を招く何かの流れを感じ取っていた。おいで、と言わんばかりに何かが先行して行くのを黎琳は感じていた。

 光ある世界からどんどん遠くなっていく。あれはきっと、いわゆる闇への案内人だ。そしてそれが導く先には――。

 『随分とご到着が早かったわね』

 その声で黎琳は暗がりで役に立たなかった目を開けた。

 ぼんやりした蝋燭の火が目の前にいる妖狐を薄く照らしていた。奥には更に濃い闇が続いている。

 足元には何か分からぬ陣が赤で記されていた。お世辞にも綺麗とは言えない陣の書き方からして、これは血で書かれたものだろうと推測出来る。

 「成すべき事は既に終わったようだが」

 『あと一つ、足りないんだよ……黎冥様を封じ込める最後の砦である万年氷を溶かす気がね!』

 「!!」

 急に奥から紫の光が黎琳目掛けて放たれた。当たる寸前の所で回避した黎琳だったが、逸れた光線が地面を高温で焼き尽くす様を見て危機感を募らせた。

 これが……既に目覚めつつある黎冥の力の一部に過ぎないのだから。

 『遅いよ』

 怯んだ隙に、溜謎が背後に回っていた。再び避けようとしたが、まんまとその鋭い爪の餌食となってしまう。

 「あっ……!」

 『さあ、やってもらうよ!復活の儀式をね!』

 しゃがみ込んだ彼女の周りに炎が陣を描く。それが完全体を形成した時。

 

 ドクンッ!


 「!!」

 抗えない力が働き、身体がいう事を利かなくなる。

 見開いた目には、氷の中から今にも動き飛び出しそうな黎冥の姿がまざまざと映る。手が、そちらへと向けられる。そして成す術なく気が放たれた。

 それは見事万年氷の亀裂へと命中し、光と共にそれを打ち砕いた。

 身体の自由が突如戻ってくる。それでも黎琳はどうする事も出来なかった。高鳴る心臓。感じる危険な影――。

 ユラリとそれはこちらへとやって来た。ちぢれた銀の長髪は顔を覆い隠し、表情は見えない。が、凄まじい闇の気が溢れかえっていた。表情がどんな感じであるかは容易に想像出来そうだった。

 『黎冥様……』

 嬉しそうに駆け寄り、跪く溜謎。その時、黎冥の顔が露になった。

 もはや彼にそれらしき感情の欠片一つ存在している風ではなかった。開いたままの瞳孔がギラギラと溜謎を見ていた。流石の溜謎もはっと息を呑み、目を伏せる。

 『お前が……俺の声を聞き、我に尽くした狐か』

 ようやく口を開いた彼に、溜謎は恐怖など何処かへと吹き飛ばし、抱きついた。

 『左様に御座います。早速ですが、どうか制裁をお下しくださいませ。思いあがる人間どもへ!運命などと言って理不尽を突きつける七神どもへと!』

 『そうだ……我が家族を、我が妹を、全てを奪った者達に……復讐を!』

 とても正気であるとは思えなかった。とは言え、こんなのを止められる自信は更々なかった。

 絶叫がこの空間内に響き渡る。恐らく、外にも響いているのではないかと思われる。これを聞いて、すっとんで来るのではないかと黎琳は余計に不安になった。

 どうすればいい。

 今持てる力では――勝てない。

 『どうだい、応龍?これから新しき世界が始まるんだよ!黎冥様の作る、理想郷が!』

 「それが人間と七神の殲滅か!」

 『選ばれし者達だけの世界が創られるのさ!ふさわしき者達だけの、自由の世界が――』

 「ふざけるな!そんなもののために兄を復活させたのか!再び……過ちを繰り返させるために!」

 胸が痛い。辛い。

 ここで吠えても彼には届かないのは百も承知だった。

 それでも、この妹の姿を一目見れば――。

 彼の目がこちらへとゆっくり向けられた。大きな威圧感に目を瞬かせながらも、視線を逸らさなかった。

 『あ……ああ……――』

 嗚咽を漏らしながら、兄は妹の元へと歩み寄り、抱き寄せた。

 『幾久しく……黎琳、俺の元へと帰って来てくれたのだな』

 『!!黎冥様……』

 要らぬ心が蘇ってしまったと言わんばかりに舌打ちをする溜謎。

 まさかこうして妹を認識するとは思わなかった。そこまで、彼は自分の存在を大切に想ってくれていた事がよく分かる。

 だから――殺すことは出来ない。

 このまま心を取り戻し、丸く収まってくれたらそれで万々歳なのだ。

 それなのに、運命の歯車は止まる事を知らない。

 『さあ、お前も共に新世界へと行こう!』

 根本的な考えを覆すことは妹の存在をもってしても不可能であった。折角の再会の抱擁を突き飛ばす黎琳。

 どうしてそんな反応をするのか彼にはよく分かっていないらしい。訝しげな表情を見せた。

 「それは……間違っていると思う。私の知る兄であるならば――」

 『何故……我が側から離れていく?そんなはずはない……これは、違うんだ……これは、神から差し向けられたがらくた人形なんだ!本物の妹であれば、そんな事を言うはずがない!』

 「くっ」

 殺気立った気が黎琳を吹き飛ばす。

 分かり合えるはずなのに、分かり合えない。

 近くに居たはずなのに、遠い。

 こうして彼を歪ませたのは、全ての不運な出来事のせい。父の死、力の暴走、妹の誘拐、そして彼を守るために死んだ母。その気持ちはよく分かる。けれど、それは間違った道だと彼を再び光の道へ導くことが叶わない。

 挙げ句の果てには、自分は偽者であると面と向かって言われる始末。

 血こそ交われど、心は交わらぬ二匹の龍。

 ――ああ、このままここで死んでしまったら、楽になれるのに

 こんな現実ならいっそ、逃げてしまいたい。

 受身もせずに黎琳の身体は岩の壁へ激突するかと思われた。

 「黎琳!」

 その寸前で疾風が彼女を受け止め、着地した。

 振り返れば忘れかけていた支えたる存在がそこに居た。

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