第十章:枯渇した深緑
随分と更新が遅れましてすみません。
この約10日間は学校の海外研修旅行に行っていたため、更新・執筆が出来ませんでした。
今後は定期的に小説を更新出来ると思いますので、温かく見守って下さいますよう宜しくお願いします。
鳥族の集落を出て約一週間が経った。
一行は北東へ向かって進んでいた。その理由は先日銀蒐が皆に話した事だった。
「妖魔の親玉は何処に居るのだろう?都に龍の息吹の泉、砂漠の盗賊団の根城、鳥族の集落……距離的に等間隔だとは思わないだろうか?」
確かに遠くもなく近くもない場所で彼女は暗躍している。そして地図を確認してみると、それが円の一部のように線で繋げる事も判明した。
そしてその円の中央に当たるのが、風琳国最大の山である仙筒山であった。
「ほう、あれが仙筒山なのかっ」
蓬杏は外に出てから異様に興奮状態が続いていた。それもそうだろう。ほとんどが始めて見たり触れたりするものなのだから。食の文化もかなり違うらしく、干し肉を出したらこんなものは食べぬとか言って無残にも放り投げた。その代わり、木の中を物色して、みみずやら昆虫を沢山食べていた。春零が悲鳴を上げ、銀蒐にすがりついたのも無理はない。
この山の頂に辿り着いたものは仙人の力を得るとか言う伝説もあると香耀から聞いた事がある。けれど、それも迷信に過ぎないだろうと黎琳は信じていなかった。
その頂に一つの影が立っている事に気付くまでは。
「あんな針のような頂に誰か立っているなんて……常識じゃあ有り得ませんよ!?」
「では、あれは仙人だと?」
「へえ~、仙人にしては若そうだなぁ~」
目利きのいい陳鎌は影の姿形をしかとその目に捉えているようだ。
ふいに黎琳の目にもその影の容姿が露に映し出された。
山姥を思わせる長い白髪――いや、あれは太陽の光を反射して白く輝く銀の髪そのものだった。そして何処を見据えているか分からない虚ろな深緑の瞳が、黎琳の幼き記憶を呼び覚ます。
燃え盛る炎、村人の血で汚れた手。過ちの時間が勝手に浮かび上がってくる。
――……っ
「黎琳!?」
耐え切れずに黎琳はその場に倒れこんでいた。
「あ……私、は……――いや……っ……!」
「落ち着け黎琳!」
頭を抱え、痙攣する黎琳を抱き抱え、必死で声をかける衿泉。
続いて陳鎌と蓬杏も顔を歪め、その場に膝をつく。
「何じゃ……これは!?」
「微かにしか聞こえないが、これは相当邪悪な感じだね……」
「どうした!?何が起こってる!?」
「聞こえるって、何がです?」
銀蒐、春零が互いに見合って顔をしかめた。衿泉も首を横に振った。
苦しそうにうわ言を呟く黎琳の姿を、衿泉は見ていられなかった。
「何処か、休める場所を探そう」
「……僅かですが、川のせせらぎが聞こえます。こっちです!」
衿泉は黎琳を軽々と背負い、春零の案内に従う。
「立てるか?」
「……僕はまだ平気だ。それより、こっちの方がかなり重症なようだよ……」
隣で耳を塞ぎ、その何かに怯える蓬杏。
「蓬杏殿は私が背負おう。陳鎌殿は後についてきてくれ」
「ああ」
銀蒐が彼女を背負うのを見て、陳鎌は一瞬時が止まったかのように感じた。
「何ですの、ここは……」
川に出たはいいものの、その向こうに広がる景色に皆目を見開いた。
自分達の居る方は青々とした緑の森が広がっているのに対し、対岸には不気味な黒の森がひっそりと佇んでいたのである。
気味が悪いが、他にゆっくりと休めそうな場所はない。一行は仕方なくここに留まる事にした。その森を目にしなくても済むよう、背を向けて腰を下ろした。
以前黎琳はうわ言を口にし、意識が朦朧としているようだ。
熱があるのか、と思い、衿泉が額に手を当てるも、そうではなかった。
「……陳鎌殿、気分は」
「うん、川の水で顔を洗ったら、たいぶましになったよ」
三人はとりあえず安堵したものの、まだ気は抜けない状態だった。
「陳鎌、お前の身に――今は黎琳と蓬杏に何が起こっているんだ?」
その問いへの答えを口にするのに、少しの時間を要した。
躊躇いを振り捨て、陳鎌は正直に話した。
「誰かの声が、聞こえたんだ。とても低くて――憎悪に満ちた、暗い声が、呼ぶんだ。真っ黒な闇の中へと」
ふいに、春零の顔が歪んだ。
「春零?」
「春蘭が言ってるんです……。あたしには聞こえた。あの声は、あたしを地上に留めた力ある声だって――」
「力ある声?それって、つまりは声を使って何か術を施していると言うのか?」
「だとしたら、それはまずいんじゃあ……」
一気に血の気が引いた。
「黎琳……!」
衿泉が力の限り黎琳をゆする。それでも彼女は現実世界へ戻ってきそうにもなかった。
蓬杏の方はがっくりとうなだれ、完全に意識を失ってしまった。
「誰か……誰か、助けて!」
「春零殿……」
「応龍、見ているんだったら今すぐ来てくれよ!」
――彼女は来る?……たぶん、来ないと思う
案の定、応龍が現れそうな様子は全くなかった。
嘘、どうして、などと不安をぶちまける彼らを余所に、衿泉は黎琳をただただ見つめた。
――ほら、やっぱり
心の中で、ずっとそういう感覚はあったのかも知れない。そもそも、最初の出会いの時から、彼女の身の上の話は一切していない。禁忌であると言わんばかりだったからだ。だからこそ、彼女を想えば想うほど、その素性が気になって仕方がなかった。話せない事情があるならあるで、それでいいと最初は思えていたのに、どうしても知りたいと思うようになってしまったのが、いけなかったのだ。
知りたくもなかった真実を知ってしまった事に対して、罪悪感があった。
本当は彼女の口から話して欲しかった。きっと彼女だって、いつかは話そうと思っていたはずだ。なのに、それを差し置いて気付いてしまった自分が居る――。
――気付いてしまった以上、俺は黎琳を……
余計に手放せない。
「……ん」
一度は微かすぎて聞こえなかった声。
二度目ははっきりと聞こえた。
「衿……泉……」
自分の名を呼ぶ声が。
いつも強気の彼女がこうして弱々しく居る事が不自然だった。
応龍として、彼女は影で大きなモノを背負っていた。こんな華奢な身体と心で。
――決めたんだ。俺は応龍……いや、黎琳と共に同じ立場で戦うと!
黒の森が怪しくざわつき始めた。
『嫌だなぁ……まさかここが勘付かれちゃったなんて』
再び不気味な笑みと共に現れた一つの影。それは鳥族を襲撃した妖弧・溜謎だった。