大空へ羽ばたく
「黎琳殿、衿泉殿、陳鎌殿!」
「三人とも、無事で良かったです……!」
無事三人は銀蒐、春零と合流する事が出来た。
蓬杏は春零の袖を強く握り、その影に隠れながらも、陳鎌に、
「そうでなくては困るのじゃ」
と言うのだった。陳鎌は思わず笑った。
「相変わらず口数の減らない姫さんだなぁ」
「馬鹿者!妾を笑い飛ばすとは何事じゃ!」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人の姿は仲むつまじい兄妹のよう。
「春零、あの者をこらしめよ!」
「ちょ、ちょっと!?春零は……!」
「邪魔するなら、今度は春零で遊んじゃうよ?何処から弄ぼうかな……?」
冗談のようで、冗談のように聞こえないその発言に銀蒐が石化した。
「本当に羞恥心を知らない男ですね!」
「いい加減にしないか!」
わざと先程治療した傷跡に肘鉄を喰らわせた黎琳。言葉になってない悲鳴が辺りにこだました。その場にしゃがみ込み、傷を抱える陳鎌に勝ち誇ったように黎琳が追い討ちをかける。
「お前はそこの鳥族の姫の尻にでも敷かれておけ!そもそも、生かされているのは、その姫の寛大な心のおかげだろうが!」
「「全く以ってそうだ!」」
同じく避難してきている鳥族の民すら黎琳の(実を言えば姫君のだろうが)味方になっていた。
「そうじゃ!妾の僕として、働いてもらうぞ!」
黎琳にしがみつきながら蓬杏は口を尖らせた。
もはや味方は誰も居ない、と陳鎌は観念するのだった。
「でも、僕は一応黎琳達と旅をしているんだ。まさか、ここへ残れ、だなんて言わないよね……?」
「それはそれでいいかもです!」
普通に否定しない春零の言葉は陳鎌の心にグサリと音を立てて突き刺さった。
さらには。
「厄介払いが出来て、清々する」
「全くだ。腕は悪くないので、口惜しいがな……」
もう陳鎌ががっくりとうなだれるしかなかった。
そこへ助け舟が。
「衿泉殿、黎琳殿。それに春零殿も。普通に素直に言うべきだ」
「「……」」
全員があらぬ方向を向いて、視線を泳がせる。
「……――まあ、ここで放り出したら、ここに迷惑をかける事になるだろうが、な」
「そうだな。……俺は、こういう奴と居るの、悪くないのかもな」
「――少しは仲間として認めているのですから、残ればいいではないんですか?」
銀蒐がふむふむ、と頷いた。
何だかんだ言っても、この期間で生まれた絆は強い――そう陳鎌は感じた。
今この時、彼は孤独に飢えた時に切望したモノが手中にあることを認識した。
――まだ僕は生きなければならない。自分の更なる望みを叶える為に。仲間達の信頼に応えるために。そして……この幼き姫への償いのために。だから僕はもう『死』を選ぼうとはしない。そう、誓うさ……
陳鎌の心の奥の何処かで重みを増していた最後の鎖が解き放たれた。
「僕も、出来れば行きたい。けど、罪から逃げないように、姫さんが監視してくれるんだろ?だったら、ついてくるのが一番てっとり早いんじゃないの?」
「!妾にわざわざ外へ出向けと……!?」
「ほう、怖いんだ。そりゃあこんな生暖かな鳥の巣で育った箱入り娘には厳しい世の中かも知れないけどねぇ?」
「……っ!妾に出来ない事はないのじゃ!!」
ついていく、と明言したに等しい発言に鳥族達がどよめいた。
頭首が不在となるなんて、常識的に有り得ない話だ。唯一残された王家の血を継ぐ先導者を失うのは損害が大きすぎる。
しかし陳鎌は彼女が外の世界へと触れる必要があるのだと随分前から考えていた。一族の君主として存在する資質を育てるためにも。幼き彼女にとっては困難な試練とはなるだろうが、鳥族の未来の安寧のためにも必要ではないのか、と。
「妾が居なくなったところで、鳥族の結束は離れぬ。妾が長となってから、一体何をした?皆のためにと思ってした事が、不満の種を生んでいた事を知らぬとは言わせんのじゃ」
「……!!」
「間違った方向へ鳥族を先導しようとした妾も罪深い。許されるならば、妾に時間を欲しい。父上と母上が喜ばれる誇らしい真の君主となるために、妾は外へ出よう。帰ってきた時、その姿を見て、妾が長としてふさわしいか、判断してほしい」
つまりは、血筋にこだわらず技量で長を決めると言う、伝統を重く見る鳥族達にとっては斬新的な採決案を提示したのだ。
姫がここまで罪意識をしていたとは思わず、うろたえる民。そこまでしなくても……という呟きが何処からか漏れた。それに蓬杏は迷いなく答えた。
「いや、そうでもしなければ。妾自身が不甲斐なく、許せないのじゃ」
その瞳に込められた力に、民はかつての首領――彼女の父親の姿を見た。真の奥の心に語りかけ、繁栄の道へと導こうとした、偉大なる先導者の姿を。
口々に意見交換が行われるのを一行はただただ見守った。
少ししてから、何処からともなく歓声が上がった。
「我らが気高き姫様のご決断に万歳!」
「我々も帰られるまでに姫様が誇れる民として成長しておきます!」
「皆……」
瞳を潤まる蓬杏。彼女はその日の間中ほぼ休みなく民の激励を受けていた。
「準備万端だなっ!」
「絶好の旅立ち日和ですね」
黎琳や鳥族の民の介抱によりすっかり傷も疲労も癒えた一行は旅立ちの時を迎えた。
初めて故郷を飛び出す蓬杏は不安そうな表情を隠しきれないでいた。それもそうだろう。再びこの地にあの妖魔が襲撃したらと思うとぞっとする。
――けれど狙いは邪魔者である私達である事は分かった。ここに居てはどのみち狙われる事になるだろう……
「行こう」
蓬杏を促す黎琳。それでも彼女の足は動かなかった。
はあっとため息を着きながらも、黎琳は彼女を宥めるのだった。
「自分の決意はそんな柔なものだったのか?自分自身をもっと信じればいい。彼らとてそう易々とくたばるつもりは更々ない。彼らの事も信じてやれ。……いつか必ず帰ってこられると信じていればいい」
「……信じる……。そうじゃ、妾は信じている。皆の力を。必ず妾は立派な君主となってみせる!それまで……しばしの別れじゃ!待ってて、父上、母上!」
不安を振り払い、蓬杏は旅立ちの一歩を踏み出すのであった。陳鎌はその様子をまるで彼女が妹であるかのように見守っていた。
――どうして今まで気付かなかったのだろう
一行の一番後ろを歩く衿泉は頭の中で思考を巡らせていた。
先日会った応龍。最初に彼女に会った時、髪は降ろされており、その美しい銀に目を惹かれたものだが……。
――あの姿は……色以外黎琳そっくりだった
そのことがいつまでも気掛かりで仕方がなかった。
そして先程の言葉で、内面的にも似ていると確信出来た。信じろという言葉の響きが応龍のものとほぼ同じだと思えたからだ。
心の中でそれは有り得ないと決め付けていたから、今までそう思わなかったのかも知れない。
――黎琳、お前は……




