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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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     許す強き心をもって

 「おお、姫様!待ちくたびれましたぞ!」

 じいやが時計を指差して、くどくどと文句を言ってくる。

 ――仕方ないじゃろう。あの後泣いた顔を何とかするために必死で顔を洗ったのじゃからな。そして慌ててやって来た兵達への言い訳も……

 三人を浴室へ押し込めて、扉の鍵やらも外して、兵達に平気だと言うのにどれだけ労力と精神力を使った事か。

 「処刑の準備は整っておりまする。さあさ、行きますぞ」

 眩い光の差す場所。そこは鳥族の長並びに子息達が重大な事をする時に立つ場所。外に通じており、今回の場合は、処刑をそこで指揮する場所……。

 ――大掛かりな計画を実行する前に、気付けて良かったのじゃ

 自分はもう道を外しはしない。

 両親の本当に望む道を歩む。それだけだ。

 意を決してその場へ立つ。民の大歓声が聞こえた。しかし蓬杏にとってはただの雑音にしか聞こえなかった。

 余計な事は考えない。今は集中しよう。

 「皆のもの!これより妾が父、母、そして数多くの同志達を死へ追いやった重罪人、あの盗賊の長を打ち首とする!」

 「姫様、よくぞご決断を~!」

 一気に盛り上がる民衆。

 「盗賊の長よ、前へ!」

 地上では、用意されたお立ち台に陳鎌が立つのが見えた。あれはもはや血に飢えた狼ではない。ただただ犯した罪を漠然と認識した受刑者そのものだった。

 ――そなたも、いい者達と出会ったものじゃ

 あんなに真っ直ぐ信念を持った者達が居るとは思わなかった。ああいう存在こそ、泥沼化しているこの国を、世界を変える貴重なものなのだろう。

 その志に触れ、改心する事が出来た盗賊の長。そして、新たに人の血に手を汚そうとした鳥族の長すらも説得してみせた。

 孤独に飢えたこの身には、彼らのような存在が必要なのかも知れない。

 「思い残すことがあるのならば、言うがいい」

 「……すまなかった」

 「へ?」

 その場が凍りついたように静まった。

 「許される事ではないと分かっているけど、もう一度だけ言わせて欲しい。……すまなかった。あの日に死んだ全ての命に、弔いの言葉を残させてもらうよ」

 堰を切ったように周囲がざわつき始めた。横目でじいやを見やれば、恐ろしい形相で陳鎌を睨みつけている事に気付いた。骨の髄まで染み付いた恨みに念のせいだろうか。いや、それでは計り知れないような、もっと別の……。

 「惑わされるな、民よ!姫様のお望みどおり、この者の首を即刻刎ねてやれっ!!」

 「お前か、幼き姫君にとんだ洗脳をしてくれたのは」

 突如響いた声。

 釈然と現れたのは、この結界の中へと迷い込んだ望まぬ来客者達だった。捕らえていたはずの双剣使いが横に控え、更にその横に金髪の娘と茶髪の槍使いが並ぶ。そして中央に堂々と立つ亜麻色の長髪の女。

 口こそ笑みを浮かべてはいたが、視線はは憤りを隠さずに鋭いものであった。

 間に合って良かった、と蓬杏は心中でほっと安堵のため息を漏らした。

 兵をやり過ごした後、彼らに牢へと繋いだ者の居場所を伝えたのだが、剥奪されていた武器まで取り戻しているとは予想以上に早かったものだ。

 「き、貴様等は一体……!?」

 全てを言い切る前にじいやは黎琳の放った波動によって吹き飛ばされていた。宙へと投げ出され、その身体は民衆の波の中へと埋もれていった。

 何が起こったか分からない民衆は混乱状態だ。口々に言葉にならぬ叫びを放ち、逃げ惑う者も居れば、何か武器はないかと探し出す者も居る。

 「黎、琳……」

 情けなく出た陳鎌のか弱い声を聞き、黎琳は陳鎌を見やった。そしてにっこり親指を立てるのだった。

 「野蛮な悪魔め!」

 民衆の波からもがき上がり、陳鎌の処刑台へとよじ登るじいや。

 「!じいや、止めるのじゃ!」

 「罪と共に、闇へと還れ!下賤な血よ!」

 用意されていた処刑用の鎌を握るなり、それは陳鎌の首を寸断するために勢いよく真横に振りかざされた。

 「止めるのじゃぁぁぁぁぁ!」

 蓬杏の叫びが力となり、灼熱の炎がじいやもろとも鎌を焼いた。

 「ぎゃあああぁぁぁ!?」

 「!?」

 流石の黎琳も驚いた。今まで仮にも支えとなってきた彼にあのような仕打ちをするとは思わなかったのだ。

 しかし、それが彼女が望んでしたのではないと分かるのに、それほど時間はかからなかった。燃え盛る炎に呑まれていく彼の姿を見、蓬杏は自分の口元を押さえ、へたり込んだ。本当はあそこまでするつもりはなかったのだ。だが、幼さ故に力加減をする事が出来なかった。それが今目の前の結果を生み出してしまったのだ。

 その間に衿泉が叫ぶ。

 「陳鎌!来い!」

 「……っ」

 本当にこれでいいのか、分からない。けれど、仲間は陳鎌の死を望んではいない事だけは、確かによく分かった。

 陳鎌はその場を逃げ出し、仲間達の元へと駆けた。衿泉の剣の鞘に飛びつかまり、そのまま二階の見下ろし台へと上がった。

 「あの炎、消した方がいいよな」

 「春零殿が大丈夫なのであれば、話は別なのだが……」

 「……まあ大丈夫だろう。――代わる」

 言うなり春蘭は引っ込み、その間に足元をふらつかせながらも、春零は再び意識を取り戻した。ここは何処?と言わんばかりに首を傾げる彼女に銀蒐が促す。

 「春零殿、歌を。あの炎を鎮めてもらいたい。説明は後で」

 「……多分大丈夫です。いきます」

 少々喉の運動をしてから、彼女は歌を紡ぎ出した。混乱していた民衆でさえも落ち着きを取り戻し、その歌に聞き入る。心の落ち着きと同じように炎もみるみる静まっていった。

 後に残ったのは黒こげになった一人の鳥族の姿だけだった。既に鎌は完全に焼け消えていた。

 変わり果てた親代わりの姿に、蓬杏は涙するかと思われた。しかし、彼女は泣けなかった。ただただ呆然とその姿を眺める事しか出来なかった。

 「これもまた人間がもたらした厄災なのだわ……っ」

 誰かのその声で、民衆ははっとして非難の声を上げた。

 「人間を許すな!盗賊の長は死ぬべきだ!」

 「何が謝罪だ!報いだ!」

 耳を塞ぎたくなるような罵りばかりが響いた。

 「……止めよ」

 小さく呟いた姫君。

 「あれはどう考えても妾のせいじゃ……。彼を責める事は許さぬ!」

 まさか彼女が庇うと思っていなかった陳鎌は思わず悪態をついてしまっていた。

 「はっ、今更何を庇ってるんだよ?殺せよ、お前の手で?殺せよ!」

 「罪は当然償ってもらう。しかしそれは死によっては償えぬのじゃ。貴様は罪を背負い、生き抜いてもらう。妾の元でな!」

 「ご冗談でしょう、姫様!」

 非難の矛先が完全に蓬杏へと変えられていた。それでも彼女は引かなかった。

 「我々は、軽率過ぎたのじゃ……。死すればそれで何もかもが終わりなのじゃ。罪人はそれで、自分の罪を背負う苦しみを味わう事なく無へと還る事になる。罪人が罪滅ぼしに死ぬことは罪からの離脱であると、我々先祖も説いたであろう!」

 彼女の訴えに全員が黙り込んだ。

 「憎しみは憎しみしか生まない。そんな簡単な世のつくりを妾も、皆も、忘れ去ってしまったのじゃ……。血に塗れた世界を誰が望む?少なくとも、彼らはその手を、血で染めて欲しくはなかろうに……!」

 頑なだった鳥族の思いがようやく揺らぎ始めた時だった。

 「姫様……じいやの言いつけを守れませんでしたか……」

 炭と化していたはずのじいやが動き出したのは。


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