胸に抱く絶望と孤独
なかなか定期更新が出来なくてすみません。
只今期末考査中ですので、余計に執筆作業が進まない状況にあります。
次回更新も二週間以上空くかと思われますので、ご了承下さい。
なお、今回は文字量が少し多くなっております。
何故だ。
我々は何もしていない。なのに、何故、このような仕打ちを受けなければならない。
罪のない同胞達が凶刃の前に次々と倒れていく。
自分の髪と同じ赤が見慣れた土地にも広がっていた。家屋には火が点けられ、燃え盛る炎が歓喜に踊っていた。
全てが赤に染められた世界。
この時ほど、赤という色を嫌悪した時はないだろう。
目の前で両親の身体を微塵に切り裂いたあの男の事は忘れない。他人の命を奪う事を愉しむ奇怪な人間の事だけは。
何処までも同胞達を追い詰める人間だけは、絶対に許せなかった。
けれど……。
「姫様?」
家臣の者の声で、蓬杏ははっとした。
いつの間にやら彼は連れて行かれていたらしい。
「まさか、あの人間を許そうとしているのですか?」
「有り得ぬ。まずは手始めとしてあれを殺し、残りの仲間も皆殺しにするのじゃ!」
鳥族をまとめる者として、やらなければならない。
誰も守ってはくれない。すがるものもない。
否、すがらせてもらえないのだ。
どんなにこちらが好意的であったとしても、相手が救いを拒否するのだから。
人を贔屓にして、ちっとも見向きもしない残酷な天界の住人。挙げ句の果てには排除のために応龍を光臨させようとする。人はそれに乗じて調子に乗る。人間の手だけでも半数の同志が滅んだのだ。それに神や応龍が介入すれば、一族もろとも滅びの道を歩む事必至であろう。
――何故我々だけにこのような災難を振りかけるのじゃ……。我々は神に逆らったわけでもなく、ただ慎ましく生きていただけだと言うのに……
自身の事だけでも辛いのに、鳥族の民を思うとより一層胸が張り裂けそうになる。
この辛さから抜け出せるものなら抜け出したい。けど、それは無理な話だ。自分は一族を取りまとめる長なのだ。民の声から耳を離す事は出来ない。
立場の事など、両親が死ぬまでは考えた事もなかった。少なくとも、地位問題などに関わるのは、もっと先だと思っていたから。
「姫様、憂いに帯びた表情をしていますな。民に不信感を煽ってしまいかねまする」
咳払いし、物言いをつけるじいや。
じいやは昔から両親の次に親当然で側に居た者だ。
両親が亡くなってから、復讐を誓えたのも、じいやが居たお陰だった。
民衆の心を掴ものも、扇動も、じいやの言うとおりにすれば、いとも簡単だった。
逆に言えば、じいやの支えがなかったら、ここまで辿り着けなかった。念願がいよいよ叶うのだ。仇敵を裁く事、そして浮つき、我が物で地上に居座る人間達に報復する事が。
それなのに、心がザワザワと落ち着かない。
これ以上考え事をして、じいやに怒られるのは御免だ。姫は無理やりにこりと笑い、その場をかわした。
「さて、神聖なる裁きの時が来るのじゃ、妾は身を清めてこよう」
「では、また後程」
風呂に入る時ぐらいしか一人にはなれない。ここまでお付きの者が四六時中付き纏っていると、空気も重い。
――誰かの言いなりにはなりたくないのじゃ。妾は、芯の強き君主とならねば
そう、揺らいでいてはならないのだ。
盗賊の長が、前には一欠けらも出さなかった情の念など鼻にかける必要はない。
用意された大理石の浴槽にとっぷり浸かる。
雑念を洗い流せ。
目を閉じ、精神を落ち着かせる。仄かな鈴蘭の香りも作用してか、数分立てば不安感も随分となくなった。
蓬杏は十分と言えるほど身も心も清めた。否、清めたはずだった。
本当に清められていたのならば、この後風呂に出るなり三人の人間が並んで待ち構えて居る事に酷く動揺する事などなかっただろうから。
右の槍使いと左の金髪娘も怒った様子ではあったが、真ん中の亜麻色の長髪の娘の顔の歪み様は凄まじかった。
「お前が一番地位が高く、この鳥族を仕切ってる者だと見た。……こんな子供が恐ろしい事を考えるものだ」
鳥族の姫がじきに人間殲滅へ動く、と言う話は既に聞いていたが、その指揮者である姫がまだここまで幼いとは聞いていない。まだ酸いも甘いも見分けられそうにない子供にしか見えない。
「……妾を子供扱いするな!」
「あんまり大声を出されると、のし倒した鳥族達が来る。黎琳殿、とりあえず脱衣所に入り込むべきだ」
「言われなくとも!」
口を塞ぎ、黎琳は先程蓬杏が出てきた脱衣所の中へと押し込めた。後ろから入った春蘭と銀蒐が即座に扉を閉め、鍵をかける。念の為に掃除用に置かれていた箒で扉を固定する。
どんなに大声を出しても、声が届く範囲など知れている。ここで反抗するのは得策ではないと判断した蓬杏は、睨みつける事を忘れずも、大人しくなった。
「それで、妾を人質に何をしようと言うのじゃ?先に捕らえた者達の解放か?」
「いいや、あんたと話をしに来たのさ。同じく迫害される者同士なら話も分かるんじゃないかと思ってさ」
まんざらでも無いように春蘭が言ってのけた。
「お前も忌み子なのじゃな!?」
「それとは違うね。ただ単にあたしは死して一度穢された魂として此処に残っているだけ。でも、あんたの事は何となく分かるさ」
「人の子らに妾の絶望など分かる訳が無い!」
長い袖を振るい、春蘭の頬を叩いた蓬杏。不甲斐ない事だが、頬の赤みもそれほどではなく、さほど大した威力はなかった。
「妾は許さぬ……!両親もろとも虐殺した悪魔達を!許さぬ!妾をここまで陥れた仇だけは……!」
「だからって人間を傷つけていいはずがないだろう!」
凛と響き渡った声。
こんな大声を出したら気付かれてしまう、と銀蒐が声無き声で言うものの、黎琳はそんなものお構い無しだった。
「私の仲間には妖魔に自分以外の村の者全てを殺された者が居る。衿泉だって、最初は妖魔の存在を憎んでいた!けれど、あいつは、憎むのを止めた。それがどういう事であるかを知ったからだ!人間でも妖魔でも関係なく、心があるだろう!心を見抜けるお前の目は飾りか?」
「う、五月蝿い!黙れ!」
「黙らない!お前だって本当は分かっている筈だ!今のお前には迷いが見える。人を処刑する事をするべきなのか、せざるべきなのか……。人の心を、見たのだろう?恐らく、仇敵の姿に」
「違う……!妾は……妾は!」
「どうしてそこまで執着するのか、自分でも分かっていないようだな」
――確かにそうじゃ。誰が、何が、妾をここまで駆り立てる?
「今静かに考えてみろ。両親は、そう人を殺す道具としてお前を育てたのか?」
幸せだった日々を思い起こす。両親はいつも笑顔だった。
『よく聞いて、蓬杏。貴方は清く正しい心を持たねばなりませんよ。姫として、やがて王に即位する身として、全てを慈しむ心を持ちなさい』
『王とは孤独なものだ。しかし狂気にはしってはならぬ。許す心を、大事にするのだ……。憎しみは憎しみしかもたらさない。我々は蓬杏にだけは、血に染まって欲しくはない』
切なる両親の願いをようやく思い出した。
そうだった。両親は死ぬ前に、大事な事を既に教えてくれていたのだ。
頬を生温い滴が流れていく。
――母上、父上は妾には、その手を血で染めて欲しくなかった。その願いを無視して、妾はただただ、憎しみばかりを……!
その場にしゃがみ込み、蓬杏は大声で泣き出した。
絶対見つかる、と言わんばかりに呆れる銀醜を余所に、黎琳は自分の子供をあやすように背中をさすってやるのだった。