幼き姫の復讐
「……」
「僕達って今回かなり運が悪すぎると思わないかい?衿泉?」
「お前の不運にこっちが巻き込まれてるだけだろ」
冷酷にあしらわれ、歯を剥き出す陳鎌。本当ならしばきたいところなのだが。
――生憎二人は鎖に繋がれ、宙に吊るされていた。足も両足揃えて縛られているので、自由に動く事もままならない。
武器は案の定とられてしまっている。
口だけは塞がれていないので、こうして会話は出来るのだが、それではどうしようもなかった。
「鳥族、お前の事、気付いてなさそうだったな」
「そりゃそうだろうさ。僕は手下達に混乱を起こさせている間に頭首の家へ侵入したのだから」
「お前、頭首を……殺したのか!?」
「言っただろう?僕は恨まれて当然だって」
自嘲気味に笑う彼の姿は実に弱々しいものだった。かつてこれが大きな盗賊団を率いていた頭領であるとは思いがたいぐらいに。
「罰が当たったんだ……。ふ、衿泉は盗賊団と関係ないって言ってやるから安心しなよ」
「陳鎌」
「こんな目にあうのは僕だけでいいって言ってるんだ!」
緩んでいた額当てがはらりと落ちた。カツンッと鉄版と床とが衝突する音が静寂に響いた。
閉じられていた第三の目が開かれる。
この異様な光景を目の当たりにするのは、なかなか慣れないものだ。衿泉も思わず顔をしかめてしまっていた。
「さて、ずっとこうしているのも御免だからな!」
足の縄を打ち破り、鎖を引きちぎる。
無駄に華麗に着地した陳鎌は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。その目は以前と同じものを感じさせられた。
「おい!見張りが居るんだろ!来い!僕は抜け出してやったぞ!」
「……!?」
慌ててやって来る複数の足音。
「なっ……!」
「その目、妖魔と人間の間の忌み子……!」
「お前達の上に会わせろ」
脅迫的なその声音に流石の鳥族達も奮い上がった。
とは言え、そんな要求が通るはずもなく。
「あのお方に会わせる訳がなかろう!……が、処刑の際なら顔は拝めよう。口を利くことは許されぬだろうが」
「ほう……、じゃあ薙ぎ倒してもいいかな?」
「ほざけ!混ざり者などに……!」
大体、牢の外にすら出れていないのに。
そう言おうとした鳥族の口が一瞬にして裂けた。
牢の鉄格子もろとも隠し持っていた『くない』で切り裂いたのだ。
「出口は出来たし、口封じも出来たし、一石二鳥だな」
牢の鉄格子もろとも隠し持っていたと驚異的な腕力で切り裂いたのだ。
恐怖に足がすくみ、動けないでいるもう一人の見張りを睨みつける。切れ切れの悲鳴を何とか喉から押し出し、迫り来る脅威をただただ見据える事しか出来なかった。
「つまらないものを斬りたくはないんだけどね」
瞬時に背へと回りこみ、背中に三本線をしかと刻み込んでやる。血飛沫が陳鎌を汚していく。
口を裂かれた方は血を吐き出しながらも陳鎌に歯向かおうとしていた。が、陳鎌があっさり顔面を蹴り、気絶した。恐らくもう助かりはしないだろうが。
背に傷を負った方はぴくりとも動かない。こちらもほぼ死にかけと言ったところか。
「陳鎌!」
「こうしたら、より僕が盗賊団の頭領だったって証明になるしね。この二人には気の毒だったけど」
「お前、本当に確実に殺されるぞ!?」
「確実に殺されるためだよ、陳鎌。僕はその罪から結局逃げられはしないんだ。けど、落とし前はつける。次なる犠牲者はこの命を賭けて出させない。短い間だったけど、楽しかった。黎琳にもそう言っといて」
「そんな遺言、頼まれないからな」
「そう言わないでよ、衿泉。恩に報えず、悪いと……ね」
そして走り去る陳鎌。追う事は叶わず、止める事すら出来なかった衿泉は、自分の不甲斐なさを呪った。
情けない話だが、ここは黎琳達の助けを待つしかない。
――早く来てくれ……!あいつが殺されてしまう前に!
一人死への運命を辿る事にした陳鎌は見事地下牢から脱出した。
そこまでは順調だったのだが。
「貴様は……!」
出るなり鳥族の軍団と遭遇してしまった。
中心に居た十二歳程度の少女とバッチリ目が合った。髪の色と同じ朱色の目が驚愕に震える。
こんな一際目立つ容姿をしているので、はっきりと陳鎌は覚えていた。
目の前で赤い飛沫を浴びせられ、泣き喚いて突っ込んできた小娘。口調や素振りが大事に育てられた事をより一層連想させ、苛立たせたあの娘。
――僕の殺した頭首の一人娘。あの後自殺する雰囲気だったんだけど、こうして生きて復讐に業を煮やしていたとはな……
「久しぶりの再会だよな?姫様?」
「その汚らわしい口で妾を呼ぶな!盗賊の長!」
近くに居た兵の剣を抜き、真っ直ぐに突き出す少女。単調すぎるその攻撃は避けるのに容易すぎて反吐が出そうだった。こんな一撃でやられるのは、元盗賊の長としての威厳が許さなかった。
「ふっ、やっぱり箱入り娘は箱入り娘だな」
こんな事、別に言いたくもないのに、つい口から零れてる。
これは嫉妬なのだと直感的に感じていた。ごく当たり前に親と仲間に恵まれ、大事に大事に育ってきたこの姫に嫉妬しているのだ。
我ながら子供かと思ってしまう。
「妾への数多くの侮辱、そして妾が母上・父上を殺めた罪、その命でもっても償いきれぬと知るのじゃ!」
「僕を処刑台へ連れて行きなよ。その代わり、盗賊と関係のない後から追って来た旅の一派は解放する事が条件だがね」
「……お前の言う事などっ!」
突如目の前に火の粉が上がった。突然の熱が皮膚を焼き焦がす。
一寸ほどの円状に火傷の痕をくっきり残して火の粉は消えた。
じわじわ襲い掛かる痛みを堪えながら、目の前の少女をしっかり見据える。あの憎しみの目から逃げてはいけない。しかとこの目に焼き付けて……――。
「……っ」
やっぱりまだ相手は子供だ。今にも泣き出しそうだった。それは母と父を想ってなのか、それとも人をこの手にかけることに恐怖を抱いての事なのかは分からないが。
「蓬杏」
そう両親に呼ばれていたはずだ。案の定、少女はびくり、と肩を震わせた。
「――処刑台へ連れて行くのじゃ……」
もう目も合わせようとしなかった。
復讐に燃える姫の心は、仇を前にして炎の如く揺らいでいた。