籠に挑む者達
更新が随分と遅くなってしまい、誠に申し訳ありません!
相変わらずストックが無い状態であるため、不定期更新が続くと予想されます。誠心誠意、時間の許す範囲で執筆を進めて行きたいと思いますので、ご理解の程宜しくお願いします。
「……なあ陳鎌」
「ん?」
「俺達のこの状況は一体何なのだろうか」
皆ぐったりとしてその場に座り込んでいるこの状況は。
「それは、茂みの中へ入ってみたはいいものの、方向が分からなくなっちゃったから、必死で戻る道を探したけど、見つからなかったから♪」
「なにが『から♪』だ、この大馬鹿者がぁ!」
「ぐふうっ!」
強烈な蹴りを腹に受け、陳鎌は完全に伸びてしまった。
蹴りを入れた美脚美人はまさに不機嫌そのものだった。機嫌を取ろうと下手に動けば、恐らく同じ末路を辿る事になるだろう。
そもそも、道に迷う羽目になってしまったのは、陳鎌が感覚的にこっちだのあっちだの言ってずかずか奥へと入ってしまったからなのだ。追いつくのに必死で、帰り道の印を付けている暇さえなかった。
「食料はあるが……ずっとこのままだったらまずいな」
「衿泉殿の言うとおりだ。いっその事、食費削りに陳鎌殿を置いてきてもいいかも知れない」
あの冷静さで有名な銀蒐でさえ怒っているようだ。
春零はもはや怒るどころか、それを通り越して呆れるばかりだった。
「やっぱり、この人を仲間に入れるべきではなかったのかも知れませんね」
「それは別として、この性質をまず何とかしてもらわないと、全員が危険に晒されることになるだろうし。私が直々調教する必要がありそうだな……」
調教出来る状態にまず調教する必要がありそうだが。
「とりあえず、仮眠でもしますか……」
それぞれが楽な体制を取り、休息へ入る。
黎琳も確かに疲れてはいたが、すぐ確かめたい事があったので、そっと彼らの元から抜け出した。
この茂みに入ってから、温泉での騒動の時には感じられなかった力を感じていた。恐らく道に迷ってしまったのは、この満ち溢れている力のせいでもあるだろう。
気で探りたいものだが、疲れのせいで、上手く制御が出来ないので諦めた。
ふうっとため息を着き、戻ろうとした彼女の背に突然現れた一つの影。
「!!」
反射的に振り返り、構える。
が、その影は敵ではなかった。その人物の登場に驚いた黎琳はぽかんと口を開けてしまった。
「試練は終わったと見て良さそうだな」
その相手は地上へは早々赴かないはずの、唯一親友と呼べる、七神の一人であったのだから。
香耀は衿泉達が居る場所を見据えて、はあっとため息を着いた。
「でも、まさか人間達と行動を共にしていたとは……」
「母と同じように引き裂こうとするか?」
「いや、個人としてはいい事だと思う」
その目は厳格なものではなく、我が子を労るものだった。
「ずっと外と隔離されて育ったお前にとって、そうして触れ合いをする事は大切な事だ」
「香耀……」
「分かってくれ……。我が罪は重いだろう。だが、全てはお前とその母のためを思って……」
「私は香耀を恨んだりはしない」
母親代わりとして側に居たのだからよく知ってる。
彼女の本心がそんなに冷徹なものではないと。もしもそうだったら、今ここにこうして自分は存在していないだろうから。
厳しい事を言いながらも、影でずっと支えてきたその存在を感じられたから。
実の親ではなくても、彼女はれっきとした、今の自分の母親だ。
「ありがとう……これからも、見守っていてくれ」
自然と感謝の言葉が零れていた。
聞いた瞬間こそ目を丸くしていた香耀であったが、しばらくしてふっと柔らかな笑みを浮かべた。
随分昔に見せたその優しい眼差しが、胸に温かい灯火を点ける。
「言われなくてもそうする。我が身が滅ぶまで」
抱擁を交わす二人。もう少し早くこうして和解が出来ていれば良かったのかも知れない。
「……香耀、ところでこの辺りに満ちるこの力は何だ?」
腕を離し、専門家に疑問をぶつける。
「これは結界だな」
「結界?」
「真ん中に護られている場所がある。侵入者を阻む門がある、と言うべきなのだろうな。近づこうとすれば押し戻されて、迷宮へとのめり込む一方だ」
道理で同じ景色を堂々巡りする訳だ。てっきり幻で無限回廊を歩かされているのかと思っていた。
まあ幻の割には木は生き生きしているし、土の感触も特に異常はなかったが。
「これを突破して、中へと入るにはどうすればいい?」
「お前の力ならば、綻びに気を当てれば打ち砕けるかも知れん」
語尾からして、確証はさほど無いと見た。知識人がそう言うのだから、この結界は相当手強いものであると推測出来る。
「少々時間がかかるが、我が力で分析をしてみるか?」
「いや、その情報だけで十分だ。ありがとう、養母さん。後は自分と、仲間の力で切り開く」
ひらひらと手を振って、森の中へと消えていく彼女の姿をしばし呆然と見送った香耀。
人との心の対話がもたらすものは、偉大であると肌で感じた。彼女はまたしばらく見ない間に成長している。これこそが神と龍との違いなのだと感じさせられる。
彼女が大きくなっていくのを、自分は変わらぬまま見守る。
だからと言って、何も変わらないのではない。身体的な面では成長がなくとも、学ぶ事くらいは出来る。
そうであるからこそ、最近は思うのだ。このままでは居られない、と――
随分昔から疑問はあった。けれど、本能が叫んでいた。逆らってはならない、と。
「……お前が果たせぬ責務を果たす、藍樺」
しかと黎琳の姿を記憶に焼き付けて、香耀は天界へと飛翔する。
主神に反逆するという決意を胸に秘めて。
「結界、ねぇ」
元来た道を戻りながら黎琳はぶつぶつと呟いていた。
見えないモノを破壊するのは容易ではない。結界に巡っている力の属性ですら分からないなら尚更だ。
――とりあえず、試しに打ち込んでみるか?
慎重に気の流れを読む。渦巻いている中心に向かって、それなりに加減した気の塊を炸裂させる。
「はぁ!」
ピシッとひびのいく音がした。
そう間が立たないうちに、そう聞き慣れない素っ頓狂な声が聞こえた。
「何だこれは!?」
「何なんだよ、くそっ……!」
――何か不味い事をしてしまったようだな
知らぬ振りをして皆の元へと辿り着く黎琳。
「どうした!?」
「あ……黎琳……。あれを……」
恐怖に引きつった春零の視線を追えば、思わず黎琳も驚きを隠せずに小さく声を出してしまった。
衿泉と陳鎌の身体がどんどん薄れていっていた。何処か異空間へとその存在を呑み込まれて行くかのように。
咄嗟に黎琳は手を伸ばして駆けていた。いつもの冷静さがあれば有り得ない事だった。けれど、気が動転してしまっていた。
離れるのがこんなに不安に思った事がいままであったことか。
「衿泉!」
その名をしかと呼び、手が触れようとする直前に、陳鎌もろとも衿泉の姿は完全に消え失せてしまった。
「……!」
体制を崩し、その場へしゃがみ込む。
虚空を掴んだその手を忌々しげに黎琳は睨みつけていた。
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