第九章:鳥籠からの飛翔
これからテスト週間入る上に、ストックがなくなったので、更新が遅れます。
ご了承くださいませ。
応龍にまつわる試練を無事乗り越えた一行はとりあえず温泉の街へ一旦戻る事にした。
太陽は既に空高く上がっており、かなりの熱を帯びている。
「……そしてまたこれか」
暑さに弱い衿泉は適度に水分補給をしているにも関わらず、干物状態に近かった。
ようやく緑の大地が見え始めたかと思えば、急に陳鎌が立ち止まった。
「どうした、陳鎌殿」
「森に何かが居る」
肉眼ではただ緑と黄土色の大地の区別程度しか出来ないと言うのに、彼は更に視えていると言うのか。
意識を遠方へ集中させてみると、確かにこそこそと動く何かが居るらしい。しかも、こちらの様子を窺っていると見た。
「でたらめ言って、また何か企んでるのではないですよね?」
「相変わらず、信頼性がないようだね、僕は」
「春零、陳鎌が言ってる事は本当だ。僅かだが、気が乱れ動くのを感じる」
「流石は黎琳!」
飛びついてきた陳鎌に。
「砂漠の真ん中で暑苦しいわ、馬鹿者!」
と、足蹴りを喰らわせる黎琳。
何気にそんな元気のないはずである衿泉まで鞘で陳鎌を叩いていた。
「とりあえず、気付いていない振りをして、近づいてみるか……」
もしかすると、妖魔の監視かも知れない。
つい最近まで温泉の街は、妖魔の配下の掌中にあったのだ。定期的に連絡を寄越す係が居てもおかしくはない。
街に行くような素振りで少しずつ横道に逸れていく。
ある程度の所で、銀蒐が槍に手をかける。
「!?」
流石の相手も危機を覚え、自らこちらへと飛び出してきた。
抜き身の短刀を取り出すなり、それを投げつけてくる相手。
「皆の衆、私の後ろへ!」
槍を回転させ、盾のようにして短刀を弾き飛ばす。
力なく地面に落ちた短刀を拾い上げ、銀蒐が落ち着いた声音で問う。
「貴方は一体誰です?少なくとも、力ある妖魔ではないと見受けたが」
相手が俯いていた顔を上げるなり一行は驚いた。
長い紅がかった茶の髪で隠れていた、羽のような耳が露になったからだ。
瞳孔は妖魔のように鋭いものであったが、とても邪悪な存在であるとは思えない、人間に近いものだった。
「……人間は敵。殺す」
言うなり、背から真紅の翼が生えた。
「聞いた事ある。この近くに鳥族が棲む集落が隠れてあると。お前はその一員なんだね」
陳鎌は妙に落ち着いた面持ちで対峙していた。
それとは対照的に、相手は更に興奮する。
「我々を責め立て、追い続ける人間など滅びてしまえ!」
「落ち着け!」
少々頭に血が昇りすぎているようなので、黎琳が気を打ち込んで、高ぶった気を静める。
冷や水を浴びたかのように鳥族の娘は頭を振った。威嚇でめいいっぱい広がっていた翼は縮こまった。
「私達はお前を殺すつもりはない。信じて欲しい」
「ふっ、それで情けをかけたと?」
冷静さを取り戻した割には、相手の発する言葉は刺々しいものだった。
「よく聞け、人間。我らが姫様が近日中に戦いの旗揚げを行われる。あの温泉街が消滅するのも時間の問題だ。せいぜい束の間の休息を楽しんでおくことだな」
制止させる間もなく、鳥族の者は茂みの中へと消え失せた。
「旗揚げ……鳥族が人間への奇襲を目論んでいる……」
「陳鎌、顔色が悪いぞ」
彼が妖魔と人間の間に生まれた子であると黎琳が悟った時のようだった。
何も言わずに踵を返そうとした陳鎌の手を、黎琳がすかさず掴んだ。
「逃げるな。……話せ。私達は仲間だ。あの応龍の真実さえ受け入れた者達だぞ?心置きなく話すがいい」
「そうです。全く、貴方が一丁前に水臭い事をしてると、見ているこっちが腹立ってきますよ」
相変わらずの厳しい態度とは裏腹に、言っている事は彼を擁護している春零。銀蒐は無言で頷き、衿泉は軽く息をついてから承諾した。
皆の視線が一気に陳鎌へと集中する。
「隠し事の通らない奴等で、面倒だなぁ……」
一瞬黎琳は揺さぶられたようで血の気が引いた。
けどそれは陳鎌が述べた素直な感想であると悟り、すぐに心は平静を取り戻す。
「実は、鳥族をあそこまで追い詰めたのは、僕が率いる盗賊団だったのさ」
「!!」
つまりは、恨みの種を撒いたのは彼とそれに続いた盗賊団であったと言う事実。
あまり他人の命の重さを感じなかった前の彼ならば、やってしまいそうな事であったが。
今となっては、そのせいで犠牲が出る事を思い知り、青ざめるくらい彼は改心している。
「僕は鳥族から恨まれていても当然だろうなぁ」
乾いた笑い。
無理してると分かっていても、掛ける言葉は何一つ思い浮かばなくて。
誰にでも過去の過ちがあり、それを嘆いても許される訳がなくて、それに縛り付けられているのかも知れない。黎琳はむしろ、一人でないことを知り、安堵した。
――それを誰よりも分かっているのに……、私は言えない
悟られてはならないのだから。
「……だったら、その償いとして、出来る事をすべきだろう」
怒っているかと思いきや、そう言った衿泉は吹っ切れたような顔をしていた。
「お前はまだ後悔する場面じゃない。後悔する前に、行動を起こせ。俺の二の舞にならないように」
――衿泉。そうか、お前は……いや、お前こそ私と、同じなんだな……
確かに陳鎌が鳥族を襲った事は後悔する事項かも知れない。が、これから起こる悲劇は何とか食い止めればそれでいいだろう。ここでうじうじとしているよりかは随分とましだ。
どうしてだろう。彼の存在を知れば知るほど、とても心強いのは。
今なら、笑顔で言える。
「そうだぞ、陳鎌。今から鳥族の隠れ里に行って、争いの火種を取りに行こうじゃないか!」
希望に満ち溢れたその言葉と、姿に、衿泉はかの者の面影を見たような気がした。
未来への希望の道標となる、気高き龍の姿を。
思わずごしごしと目を擦ってしまった衿泉。
「あ、今少し見惚れてただろ」
「……どうしてそこで揚げ足を取ろうと行動が出来るんだ」
「僕も彼女に慰めてもらって、すっかり元気を取り戻したって奴さ」
どうしてこんな奴とはったりをしなければならないのだろうか。
「さあて、黎琳のおかげで復活した事だし、すぐ温泉街戻って、支度して、準備が出来次第行くぞ!」
今の陳鎌にとって、黎琳の存在は大きな活力であった。
この先に待ち受ける新たな出会いまでは。