受け入れる強さ
やっとの思いで洞窟の外へと出てきた一行は、外に出るなりその場にへたり込んだ。
「はぁぁ~、疲れた」
肩を回し、ようやく解放されたと言わんばかりに嬉しそうに言う陳鎌。
辺りはすっかり暗くなって――否、真夜中って感じだ。
すぐさま野営の準備をし、毛布にくるまってある程度固まって寝転ぶ。空には優しい光が沢山散りばめられていた。そう言えば、夜空をゆっくり見ている余裕なんて今まで全然なかった。
「なあ、衿泉」
「どうした?」
隣の衿泉に話しかければすぐさま返事が来た。やっぱり。
「……ちゃんと寝てないと、明日力が入らないぞ」
「俺は慣れてるから平気だ。黎琳の方こそ、休め。攫われて、幻影見せられて、身体もそうだが精神的な疲労も相当だろう」
的確に突いてくる衿泉に腹が立って、背を向けてやる。
「言われなくても分かってる!ただ、星が綺麗だと言いたかっただけだ」
「星、か……」
切なげなその声色に思わず振り返ってしまった。
仰向けに寝転がり、真っ直ぐに夜空を見つめるその瞳。
「あの村で、星空観察をした時があったな……」
出会って間もない頃を思い出す。
突然大切なモノを失くした無力の罪を思い知り、強い決意で道を切り開いてきた彼の姿を黎琳は一番近い位置で見てきた。
だからこそ、分かる。
「お前は、強くなったな」
思わず本音が出てしまっていた。
「え」
まさか黎琳から褒められるとは露ほども思ってなかった衿泉は目を丸くした。互いに視線をばっちり合わせる。
が、先に何を続けていいのか分からないので、互いにそっぽを向いた。
――駄目だ、顔を合わして喋れん
陳鎌の途切れ途切れのいびきと、春零の寝息が聞こえる。
銀蒐は呼吸を忘れているのではないかと思うくらい静かだ。
背を向けた相手を意識して、互いに窺う。
やがて、降参したかのように沈黙を打ち破ったのは衿泉の方だった。
「……それでも、黎琳の足元には及ばないさ」
どうやら落ち込んでいるようだ。
――そもそも応龍である私に追いつけると思ってるのか……
この前のお返し、と言う意味も込めて、衿泉の頭をぽんぽんと弾むように軽く叩いた。
言葉を紡ごうとした彼の唇に人差し指をそっと触れさせ、何も言うな、と黎琳は言った。
「お前の強さは誰よりもこの私がよく知っている。私には私なりの強さがあり、衿泉には衿泉なりの強さがある。基準を私に定めて落ち込んでいる暇があれば、もっと自分を激励出来るようにする事だな」
彼は自分にない強さを確かに持っていた。
それは――受け入れる強さ。
応龍を求めるように無理にけしかけた時、一番に真っ向に反対していたのに、今や応龍の存在を否定しようとはしない。更には母親にさえ異端者のような視線を送らなかった。誰よりも呑み込みが早く、その心をしかと理解した上での紳士的判断が出来ていた。
きっと、その強さは私を今後救ってくれる事だろう。
だから今は信じれる。いつか正体がばれる時が来ても、衿泉は迫害する事はしない。特別扱いもしない。普通に第三者としての言動をしてくれるだろう。
「……本当、お前は不思議だな」
一瞬肩がビクリと強張ってしまった。
「黎琳の言葉と、その強さに俺は救われてるよ。黎琳の言葉を聞けば、心に温かいものが流れてくる。黎琳の強さによって、俺は何度命を助けられた?……いつか、俺も……黎、琳の、よう……に――」
最後まで言い終わらないうちに、衿泉は目を閉じた。
肝心の最後の部分が聞き取れず、黎琳はもやもやしたものの、疲れているのも無理はない、と自分も睡魔に身を委ねようとしたが。
……眠れなかった。
黎琳は最後に母親が口にした「黎冥」の事が気掛かりだった。
たぶんあれは、双子の片割れである兄の名。彼を頼む、と言う事は、まだ決着は付けられていない、という事だ。
「黎冥は、もしかして……目覚めようとしているのか?」
再び災いをもたらそうとするのであれば、自分は身内である彼に手をかけなければならないのだろうか。
今は誰にも言えないその疑問を星空にぶつけてみたけれど、帰ってくるのは静寂な光のみだった。
「夜が終わる……」
徐々に白み始める空を見上げ、早々に洞窟へと逃げ込むように走る一匹の狐。
暗闇の中で奥へと歩いていくその狐の姿はだんだん人の形を取る。それは中性的な顔立ちをした、春蘭を暴走させた元凶であった。
溜謎は再びかの方が封印された広間へとやって来た。
先程数回鼓動をしていたが、彼の命が復活しているのか、はたまた別の何かに共鳴したのか、原因はいまいち掴めていない。
――あたしは運命を受け入れていない。こんな運命など、変えてみせる……!そのためには、同じく受け入れがたい運命を背負ったこの方のお力添えが必要……!
事が思った以上に進まないことに焦りを隠せないでいた。
春蘭の失敗、王都支配の失敗、そしてよい駒であった人間の研究者を失くす誤算。
元々計画が狂った一番の要因は応龍にあると言っても過言ではない。
が、監視をしていた「鴉」によれば、王都の件と研究者の件はある人間達によるものであると言うではないか。
たった数名の人間がここまで阻める程、この計画に抜け目は無かったはずだ。
――自分の目で確かめてみる必要がありそうね
もしかすると、その一行の中に応龍が混じっている可能性がある。それならば、こうも容易く配下が消されてしまうのも、辻褄が合う。
ぎりっと音を立てて奥歯を噛み締める。
忌々しい応龍の存在。とは言え、まだ彼女にはやってもらわねばならない事があるので、殺す訳には行かない。
一番の邪魔者を最後まで消せないのはもどかしい。
と、溜謎の左目の目じり下に黒い月の烙印が浮かび上がった。
「ううっ……!」
時折、戒めのようにこの烙印が疼き、激しい痛みが彼女を襲っていた。
そしてこれを付けたのは、天の支配者どもだ。
母を奪っておいて、しかもこの仕打ち。何が天の救世主だ。あれは救世主などではない。そんな仮面をつけた堕天使どもなのだ。
「許しはしない……!今に見てろ、七神ども!あたしは、母の願いを、叶えるぞ……!」
復讐者の手の内で、王の駒は着々と覚醒準備を整えていた。