第八章:応龍の真実
もうすぐ春休みが終わるので、更新ペースが更に遅くなるかも知れない事をご了承下さい
銀蛇の洞窟は周囲の者を寄せ付けないように鎖で入り口を封じられていた。恐らく危険である事を知っている地元の誰かがこうしたのだろう。
遠くから見れば確かにこの洞窟がある岩山は細長い大蛇のようだった。しかし銀を連想させるような要素は確認出来ないが。
何も言わずに銀蒐が一歩前に出て、その槍で鎖を断ち切った。
「おお、やるじゃん」
いちいち囃し立てる陳鎌が鬱陶しいのか冷ややかな眼差しを向ける銀蒐。
「中は暗そうだな……」
「各自蝋燭を出せ」
蝋燭立てに刺した蝋燭を取り出した一行。火元はない。
黎琳は先端に意識を集中させ、気によって熱を発生させる。
そうかからないうちに全ての蝋燭に火が点いた。
「罠があるかも知れないし、慎重に」
ゆっくりと一行は中へと足を踏み入れる。
熱砂の砂漠とはかけ離れた涼しい暗闇の世界。水を確認する事は出来ないものの、外に居るよりかは幾分も行動が取りやすい。
特に変わった様子はないようだ。罠もないようなので、順調に歩を進められていた。
――良い噂を聞かない所にしてはおかしい。何かが起こる前兆なのかも知れない
逆に順調過ぎて、警戒を強めざるを得なかった。
と、前方で道が三つに分かれている。
「何処に行けばいいんだろうか?」
「知らん」
「本当に行き当たりばったりですね……」
どうしようかとその場で立ち止まった時だった。
ふいに強大な力を感じた。慌てて黎琳が戦闘体制になる。
「どうしましたか?」
「……強い奴が来る」
「え」
感じた事のない強大な力を感じる。新たな刺客だろうか。その割には気配を隠すという陰湿な行動をしないものだ。
近づいてくるに連れて、それがいつも感じる重苦しい妖魔の力ではないことを悟った。
――妖魔じゃなくて、こんな強大な力を持つって……
『誰か、いらっしゃったのですね』
「誰だ!?」
響いた声でそれが女である事は分かった。けれど、何だか聞き覚えがあるような……?
『いいえ、誰か、ではなく、選ばれた者達のようですね』
「どういう事……」
その声の持ち主は何の気配もなく黎琳の背後に迫っていた。
早く気付いた陳鎌が黎琳に手を伸ばそうとしたが、間に合わなかった。
背後から身体の自由を奪われた黎琳は気分が悪くて仕方が無かった。ぽわぽわ波立つ白っぽく輝く髪、雲のように白い肌。頭に触れているその女の耳は――自分と同じく長細いものだった。
『選ばれし者達よ、我が試練を乗り越えよ!』
気持ち悪い浮遊感に、とうとう黎琳は意識を手放した。
光ったかと思えば、二人の姿は何処にも無かった。
「くっ……黎琳殿が連れ去られた……」
「あいつ……いつもの威勢が無かった。また何かされてるかも知れない……!」
不覚だった。
どうして今回もまた黎琳と引き剥がされる事になったのだろう。
相手が必然的に黎琳を標的にしてるようにしか思えないのだが。
何か惹きつける様な要素を彼女が持っているのだろうか。
とにかく、早急に救出しなければならないのには変わりない。
「追うぞ!」
「追うって、何処へですか!?」
目の前には分かれた三本道。消え去った女の元へ繋がっている道がどれなのか検討付かない。
どうする事も出来ず、衿泉は握った拳に更に力を入れた。
それ以上やったら手に爪が喰い込んで出血してしまう。春零がそっとその固く握られた手をほぐす。
「焦らないで、考えましょう」
走り出したい衝動を何とか抑えて、冷静さを取り戻す。
作戦会議をしようと矢先、洞窟が揺らいだ。
「!」
地震とか物理的な感じではなかった。その感覚は人魚達の使った幻の類に似ていた。
気が付けば目の前の景色が太陽の光で包まれた草原へと変化していた。風が強く吹き、少し油断すれば同じく身体が宙を舞ってしまいそうだ。
『我が試練を、乗り越えよ。そして、我の元へ、彼女の元へと――』
先程の女の声が轟いた。
そして目の前で秘められた物語が幕を開ける――。
何の予告もなしに空から何かが舞い降りてきた。真っ白な翼を持つ、純白の龍だった。
つい先日見た応龍とは色が似つかない。瞳の色も蒼と緑の境目のような色をしていた。
地上に降り立ったその龍は身震いし、人間の姿を形どる。
「あの女……龍だったのか」
その姿は先程の女そのものだった。が、こちらの方がかなり若いように思う。
『ここまで来たら、大丈夫かしら?』
天を仰ぎ、彼女は呟く。
この様子からすると、彼女は神々が住まうとされる天界からやって来たようだ。が、許されて地上に来た訳でもないらしい。
急いで彼女はこの場を去ろうとする。
すると、何処からともなく声が聞こえた。
『そんなに急いで何処へ行くつもりだい?嬢ちゃん』
『!!』
草むらに潜んでいた目つきの悪い集団が次々に現れた。
陳鎌が戦闘体制に入ったのを慌てて制し、これが幻である事を教えてやる。
『いや、天龍様よぉ!?』
『私に触れるな!下がれ、穢された者達!』
よくよく見ると、彼らは何かに操られているらしい。邪悪な気配が彼らの背後にあった。
「これはあの方の過去なのだろうが……ここは応龍ではなく天龍に纏わる洞窟だったって事だろうか?どう思う、衿泉殿」
「試練がどうのって言ってたのが引っ掛かる」
「どうして春零達が試練を受けなければならないのですか?」
「どのみちこれが終わらない限り、出る事も叶わないって事だろ?僕、こういうの苦手なんですけど」
「ここは我慢強く……」
耐えるべきだろう。
はっと目を覚まし、身を起こした黎琳。
見覚えの無い空間。火が灯され、薄暗く照らされた室内はまるで何処かの遺跡の一室のようだった。
『目を覚ましましたね、黎琳』
名を呼ばれ、気分悪そうに黎琳は彼女を睨みつけた。
『やはり、恨んでいるのですか、この母を』
「は、は……」
確か、母の名前は――。
「藍樺」
『香耀が教えたようですね、我が名を。こうしてここに魂だけの形となって留まり、黎琳を待っていました。失われた真実を語るために』
聞きたかった事であったけど、聞きたくないとも思った。
自分について知る事が、怖かった。その一歩を踏み出したら、自分を見失ってしまいそうで。