似た者同士
「それで?この春零嬢とは違う、野蛮な二重人格の女の説明をして欲しいんだけど?」
「誰が野蛮だ、ふしだらな非常識人が」
陳鎌の疑問はもっともだが、そこで春蘭と火花を散らすのはやめてほしいものだ。
同じく旅する仲間になる事になった以上、それは隠しきれない事でもあったし、話さねばならない事でもあった。
この事を春零、並びに春蘭は危惧していたのだ。そう簡単に受け入れられるような話でもない。下手をすれば拒絶されるかも知れない、と。
確かに陳鎌は自分の身の上の都合上、妖怪と関わる人間は嫌いだ。妖魔だった春蘭を受け入れている春零を敵視するのではないかと心配していた。
――私は、こいつはむしろ受け入れるんじゃないかと思う
そう、恐らく彼も自分の事を話さねばならない時が来るのだから。
例外なく、黎琳も。
順を追って春蘭が説明をした。生きて生まれなかった自分の魂を利用し、妖魔へと仕立て上げられ、殺戮の罪を犯した事を。
彼女の手が元は血塗られたものだった事を知った陳鎌は最初こそ顔を青ざめたが、思った以上に落ち着いていた。
話を終えた春蘭は今までに見せたことのない、不安げな表情を見せていた。
「あたしはあんたの事、嫌いだから、あんたもあたしの事嫌いでいい。けど、春零だけは、嫌いになってやらないで欲しい。罪があるのはあたしだけだ。春零そのものは普通の娘と何一つ変わらぬ子だから」
「そこまで必死で弁明しなくても、僕は春零嬢も春蘭もそこまで毛嫌いするつもりはないけど?」
あっさり言いのけた陳鎌に春蘭は目を丸くし、堪え切れずに笑った。
「変な奴だな、あんた」
「それはどうも」
確かに普通とはずれた男だとは思うが、と他の一同は胸中で呟いた。
「じゃあ仲間を信頼するって意味で、僕も話しておく」
風呂でさえ外さなかった額当てに手をかける。
隠されていた部分が露になり、黎琳以外の全員があっと驚きの声を上げた。
衿泉と銀蒐はそこにあるのが古傷だと聞かされていたので余計に驚いたようだ。その額に第三の眼の存在があった事に。
「僕の父親が妖魔でね。まさか子供が出来るだなんて夢にも思ってなかったと母親は言ったよ。最初こそ妖魔の力は目覚めなかったけれど、目覚めた途端、周囲どころか母親すら態度をころりと変えて、あの砂漠へと捨てられたのさ」
「……」
すらすら言っている割には陳鎌の表情は辛そうだった。
親の愛情を知らない黎琳と春蘭には思うものがあった。
「妖魔だからって悪とか、決め付けないでくれよ。僕は裏切ったりするつもりはない。心から誓う」
「……衿泉殿」
一番の心配は衿泉がどう出るか、だった。
妖魔全てを憎んでいると言っても過言ではない衿泉が果たして受け入れられるものだろうか、と。
緊張の沈黙が流れた。
「俺はお前の事、別にそれで嫌ったりするつもりはない。それは俺が一番知ったつもりだ。もし裏切りをするつもりだったなら、あの時春零を庇う必要はなかった。事実としてお前は妖魔と人間かも知れない。けど、俺はお前は違うと思う。人間らしい、善意の心を俺はあの時感じ取ったから」
きっと今までの経験からして、衿泉は理解したのだと思う。妖魔と言う存在が悪い訳ではないのだと。
遥か昔には人間と妖魔が共に暮らしていた時期があると黎琳は神々の教えによって知っている。存在そのものが元凶ではない。問題なのは、心なのだろう。
尋常じゃない邪念の心を持ち、この国を揺るがしている妖魔並びに付き従う者達こそ、その敵意を向けるべき存在なのだ。
少なくとも、彼に向けるべきものではない。
「やっぱり僕は君達に出会えた事で、運命を切り開いた気がする」
今までに感じた事の無いこの充実感。
「よし、これからよろしく頼む!」
「がっ!?」
調子に乗って衿泉の背中をバシッと叩いた。
少し迷惑そうな顔をした衿泉だったが、次の瞬間には吹っ切れたように笑みを浮かべた。
それを見た黎琳は凄く胸が締め付けられるような感覚を覚えた。咄嗟に自分の手を胸へと当てる。
何だろう。この感覚。
気持ち悪くは無いけど、圧力に押しつぶされそうな感じ。
「あ、何顔赤くしてるの?」
「!?」
陳鎌の言葉で、自分の頬が紅潮している事に気付いた黎琳。
どうしていいのか分からず、戸惑ってしまったのが逆に彼の感性をくすぐったようで。
「美人でもあり、可愛らしさもあるって、男としては見逃せないなぁ、黎琳」
「!?お、お前……」
頭をわしゃわしゃと撫でられた黎琳。いつもならぶっ放すところだが、妙な殺気を感じて様子を窺っていると。
どうやらその殺気を出しているのは紛れもなく衿泉らしく。
「言うの忘れてたけど、それとこれとは話が別だぞ、陳鎌!」
「何の事だろうね?仲間と認めてくれたんでしょ?つまりは黎琳と仲むつまじくなってもいいって認めた――」
「屁理屈を言うな!」
当の本人そっちのけで言い争いを始めた二人に、大人しくしていた銀蒐と春蘭ははあっとため息を着いた。
「そろそろ春零に変わる」 「大体黎琳と衿泉はどういう関係なんだよ!」
「え?あ、そうか?」 「五月蝿い!俺の命の恩人だ!」
「……はあ」 「別に付き合ってないんだったら、僕が手を出してもいいじゃないか!」
「――っ」 「駄目だったら駄目だ!」
『いい加減にしないかぁぁぁ!』
珍しくも銀蒐と黎琳が同時に声を張り上げた。
銀蒐が陳鎌に、黎琳が衿泉に、それぞれ叱り付けている様子を見て、春零はこれからの旅はかなり騒がしいものになりそうだ思ってふふふと笑った。
その二日後、一行はこの町を旅立つ。
町は元通りになり、本当の町長も見つかって良かった。
ただ、一人だけ姉を自ら殺してしまったと言う弟が気掛かりだったけど。
そんな事を考えている余裕なんて、この旅にはない。
「武器の手入れもしてもらったし、食料も調達したし、準備万端だな!」
満足気に黎琳は言った。その手には買った温泉饅頭があった。
歩きながら一口頬張る。温泉で嗅いだ硫黄の臭いがして、もちもちの食感が広がる。
「あ、美味い」
「本当か?もっと買えば良かったな……」
生憎彼女が頬張っているのが最後の一個で、あんまり菓子類を好まなかった衿泉は一個も食べてない。
けど彼女が嬉しそうに食べているのを見ると、ついつい食べたくなって。
「どれ、一口」
彼女の手に握られた食べかけの饅頭を衿泉が一口頬張った。
思ったより甘くなくて、意外といけるなと衿泉は思った。
一方の黎琳は逆に口の中が甘く切ない事になっていて、仕方が無かった。
恋も現実も、そう甘くはないのだけれど。