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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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     異変の笛

 「あとはごゆっくりどうぞ」

 女将がそう言って扉をしめた。

 五人全員が入れるくらいの大広間で泊まる事にした一同。

 本当は男女で部屋を分けたかったのだが、生憎部屋が空いていなかったのだ。

 「絶対覗いたら殺します」

 笑顔でそう言う春零の目は本気だった。

 流石に二度もそんな命の危険に飛び込むような真似をする阿呆はこの中には居ないだろう。

 「そう言えば、衿泉。風呂に入る前の話だけど――」

 「え?あ!?」

 慌て始める衿泉に春零が訝しげに視線を送る。

 一番聞いて欲しくない相手は特に興味なさそうに自分の髪の手入れをしていた。

 「怪しいです。気になるです」

 「べ、別にそんな大した話ではないっ」

 「……春零、ちょっと顔を貸せ」

 黎琳の呼び出しを受け、詮索を止めた春零。二人で着替え用に仕切ったもう一つの部屋へと入っていく。

 その背中をしかと見送り、衿泉は陳鎌を睨んだ。

 「別に知られても大丈夫な内容だったと思うのだがな、衿泉殿」

 「そうだ、そうだ!髪の毛が綺麗だったから、下ろせば、だなんて!」

 「聞き様によっては完全に殴られるじゃないか……」

 何せそう思ったのはやましい事をしたせいなので。

 それに、そういう言葉を聞いて顔を赤らめる、みたいな普通な反応を彼女には期待出来ないので。

 ――こちらだけ恥ずかしい、って思うだけみたいだし

 陳鎌の盗賊団の根城での件があるので、そう予測するのは容易だった。

 彼女もあまり男女の意識というものを持っていないようだ。鈍いって言うのは相手を知らず知らずのうちに傷つけてしまっているんだなと今回つくづく思う。

 「衿泉殿の片思いの行方はどうやることやら……」

 「本当、黎琳まっしぐらって感じだぞ」

 何て考えていたら呆けていたらしい。

 よっぽどの阿呆面をしていたようで、陳鎌が衿泉の頬をつねって引っ張った。

 「いひゃい!」

 「僕よりかお子ちゃまな衿泉に教えてやる。さっさと決めないと――僕がもらっちゃうから」

 思わず銀蒐が飲もうとしていた白湯を噴き出した。

 一瞬この覗き魔が何を言ったのか理解していなかった。

 けど、すぐに何を言ったのか頭で理解した衿泉がぐっと下唇を噛んだ。

 「これから二人の邪魔しちゃうから、覚悟しなよ!」

 「こ、これから……?」

 「決めたのさ。君達についていくってね」

 頼もしい仲間が増えた、と言うよりは難癖者がついてくる羽目になったと言うのが正しいのか。

 「一応俺は構わないけど……」

 「私もだ。一番の問題は春零殿だと思うが」

 「何とかなる!てか、何とかする!」

 ――その自信は一体何処から来るんだ!!

 でも一緒に旅するなら、飽きないかも知れないけど。

 そこへ話を終えた黎琳と春零が戻ってきた。

 順を追って説明をするべきだと思い、銀蒐が口を開きかけた所で。

 女性陣の前に土下座をした陳鎌。

 「な、何ですか!」

 「お願いします!僕も旅に連れてって下さい!」

 「や、やです!何とか言って下さい!黎琳!」

 「別に私は構わないが」

 さらりと言った黎琳に春零は青ざめ、陳鎌がその腕にしがみついた。

 「やっぱり分かってくれてんだね!黎琳!」

 「こんな所で放り出したら、後々この世の汚点になり兼ねないからな」

 「……はい?」

 「ああ、そういう事でしたら良いですよ」

 嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 『しっかり調教してあげるから、覚悟しな(さい)!』

 はっきり言って、我らが女性陣は男に対してかなりお厳しいようです。

 専ら関係ない銀蒐は窓の外を見て、何も聞かぬ振りをする。

 が、外に異変を感じ、顔をしかめた。

 もう日が暮れてきているのに、どの建物も電気一つ点いていない。

 よくよく見れば、この温泉旅館も満室だと言われたのに、どの部屋も明かりが点いていないのだ。外は暗く、人が歩いている気配もない。

 「皆――」

 異変を知らせようとした時だった。

 ピイイイイイイッッッッ

 「!!」

 「!?」

 得体の知れぬ音が響き渡った。

 耳のよい黎琳がすぐさま自分の手で耳周辺を覆った。春零と陳鎌も不快感が顔に滲み出ていた。

 銀蒐はこの甲高い笛の音そのものに反応は示さなかったが、何処から聞こえているのかと辺りを見回す。

 一方衿泉は特に動かなかった。

 数分でその音は止んだ。

 「な、何だったんだ?今の音」

 「何か嫌らしい音だったぜ……」

 「嫌らしいのはお前だけで十分だってのに」

 「?春零嬢?」

 また春蘭に入れ替わっているらしい。今日は出たり入ったり忙しい奴だ。

 「悪いが説明は後だ。黎琳、あれはたぶん罠だ。術をかける時に使う笛の音だ」

 「術の笛?その割には何も特に起こってない様に思うが……」

 警戒をしてか衿泉が双剣を抜いた。

 そしてその切っ先を――黎琳達へと向けた。

 「衿泉!?」

 「く……身体、が……勝手に……!」

 どうやら身体のみが操られているらしい。

 動揺して上手く動けなかった黎琳の頬を片方の双剣が斬った。赤い鮮血が彼女の頬を滴る。

 「黎琳!ここはあたしに任せな!」

 言うなり春蘭は衿泉との間合いを詰めた。

 身を翻し、剣を持つ右手を正確に蹴り上げた。彼の右手から片方の双剣が零れ落ち、宙を舞って床に突き刺さった。

 「武器さえ取り上げれば、こっちのもんだ!」

 次に左手を狙おうとした春蘭だったが、空いた右手が春蘭の淡く波立った金髪を掴んだ。

 そのまま後ろへ体制を崩してしまう。

 左手に握られた剣先が春蘭目掛けて振り下ろされる!

 ガキンッ

 寸止めで彼女を助けたのは紛れもなく陳鎌だった。

 「僕の目の前でそんな事をするとは、趣味悪いなぁ」

 そのまま押し倒し、よろけた衿泉を尻目に陳鎌が春蘭に肩を貸す。

 「春蘭殿!怪我は」

 「いや、あたしは大丈夫だ。油断しただけで」

 「でも一歩間違えれば確実に殺されてたよね、あの状況じゃ」

 釘を刺すように陳鎌が言った。

 「あとでちゃんと説明してくれるんだよね、春蘭(・・)?」

 そう言って陳鎌は春蘭を銀蒐に預け、再び衿泉と対峙する。

 ――原因は恐らくあの笛。だが、どうやって元に戻せばいいのか分からない。しかし、この状況からして一つ言える事は……

 仕掛けてきたのは紛れもなく楓姫を殺したあの男だ。

 奴を探し出せば恐らく……。

 「この場を頼んだ!」

 「え?ちょっと、黎琳殿!?」

 黎琳は単身部屋を飛び出した。


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