脱出
「な、何?」
大きな音と共に天井からバラバラと石が落ちてくる。
「どうやら外から攻撃を受けているみたいだ。ここに居ては崩れる。外へ!」
扉から出ようとすれば、そこには大量の妖怪が押し迫っていた。
「なっ……」
気配が読めなかった。
毒で力も体力も消耗しているからだろうか?
これはまるで――春零と春蘭の一件と同じだ。
――まさか、これは、人間に巣食った妖怪なのか!?
先頭でやってきた妖怪が襲い掛かってくる。
「そう簡単にくたばると思うなよ」
言うなり、衿泉は双剣を一振り薙いだ。
少しの間があって。黒い血を噴き出し、妖怪は真っ二つになって倒れた。
――これが、修行の成果か……?
次々と妖怪を斬って行く衿泉は以前と比べて動作の無駄が少なくなっている。更に切りかかる速度も上がっているようだ。
春零を背中に庇いながら銀蒐も槍を振り回していた。回す事で攻撃しつつも盾ともなっているのだ。
その隙に呼吸を整え、春零が歌を轟かせる。平衡感覚を奪って妖怪達が体制を崩してゴロゴロ転がる。
「妖怪と言えども、僕の根城を荒らす者は許さないよ」
ジャキッと鉤爪を出し、弧を描くかのように一風巻き起こしてやる。
三本の爪のような痕をくっきり刻まれ、妖怪は絶命する。妖怪すらも絶命させるこんな強力な毒があるとは全然知らなかった、と黎琳は改めて自分の知識の狭さを思い知った。
とりあえず第一陣は凌いだらしい。後続が来る気配は今の所ない。
「さっさと出るぞ、黎琳」
背中を見せてしゃがむ衿泉。おぶっていくつもりらしい。
「馬鹿者。私は平気だ。それに、おぶっていれば戦いの邪魔になる」
自力で立ち上がる黎琳。多少眩暈がするものの、正気で居られぬ程ではない。
「楓姫、行こう」
「うん♪」
先行して陳鎌と楓姫が行く。その後に銀蒐と春零、最後に衿泉と黎琳が出る。
出口へと走り出して、しばらくするとまた大きく洞窟が揺れた。ガラガラと先程よりも大きな岩などが降ってくる。
「出口を塞がれる前に出ないと!」
廊下に点々と居る妖怪は先行する陳鎌と楓姫が蹴散らし、出口へと向かう。
眩い光の差す方へ。外に出られようかと言う所で。
「!!楓姫、危ない!」
再び洞窟が揺れ、目の前に大きな岩盤が落ちてきた。
間一髪の所で後ろへと飛び退いた二人は何とか無傷で済んだ。
だが唯一の出口が完全に塞がれてしまっていた。
「このままでは皆生き埋めになってしまいますよ!」
「武器ではどうしようもない……黎琳殿、酷だが、いけそうか?」
「……万全とは言えないがな」
岩盤に手を置き、意識を集中させる。
ぐっと内側から破裂するように気を収縮する。
そしてそれを一気に放つ……!
これで岩盤が粉々に砕けて脱出成功――のはずだったのだが。
ビシッとある程度の亀裂が走っただけだった。
――ちっ……
「悪い、上手く気を制御出来ないらしい。少し時間がかかりそうだ」
そう言っている合間にも、洞窟は少しずつ崩れている。残された時間があと少しである事は明白だった。
――次で成功させないと、もう助からない
彼らの命の行方は黎琳に託された。
更に後ろからまだ中を徘徊していた妖怪達が襲い掛かってくる。
「ここは我々が!」
銀蒐と春零が妖怪達を食い止める。
「黎琳!俺も手伝う!」
黎琳の手の甲の上に衿泉の掌が重なる。彼の持つ気が伝わってくる。
最大力でぶち壊す!
「行くぞ!!」
持てる気を注ぐ。更に衿泉の気が力を高める。
気を収縮させ、それを一気に解放する……!
バアンッ
大きな音が響いた。
確かに岩盤は粉々に破壊されていた。
しかし支えを失った天井が一気に崩れ始める。
「え……」
「と、とにかく全速力で走れぇぇぇぇ!!」
全員必死でその場を駆け抜けた。
最後に出てきた春零の足が完全に外に出た時、洞窟は跡形もなく瓦礫の山と化していった。
崩壊があらかた収まった所で全員その場にへたり込んだ。
「ほ、本当に、死ぬかと、思い、ました……」
「春零殿の、言う通り、だった……」
「破壊された、弾みで、崩壊が、進むって、思わなかったの~?」
「とんだ、阿呆かも、しれないなぁ……」
「何でそんなに責められなきゃならないんだ!私がああして岩盤を壊さなければ全員生き埋めになってたぞ!今あるその命はまさに私の活躍のたわものだろうが!もっと感謝しろ!」
「感謝しろって……」
「そうだ!全く、これでは私の身体がもたない……」
ふうっと力を抜けばあっという間に黎琳は倒れこんだ。
「おい!黎琳!」
返事も出来ない程衰弱しきっていた。
無理もない。毒に冒され、ぼろぼろの身体で尚も力を使わせたこちらが悪いのだ。
――すまない。しばらくはゆっくり休んでいてくれ
思った以上に細いその肩を抱え、衿泉は心の中で呟いた。
万全な体調ではないものの、全く動けない事はない。ここが攻撃を受けている以上、もっと遠くに避難しないと。
しかしそう全てが上手く行くはずもなく。
「待ってたぞぉ。若造」
敵が既に包囲していた。
嬉しそうにニヤニヤ笑うやせこけた男。
「裏切ったのか。やっぱり今まで長を仕切っていた奴が下手で我慢出来る訳ないってか」
「付け入る隙を探していたのさ。ヒヒヒ……俺はぁ、最強のぉ、存在にぃぃなれだぁぁぁぁぁ!」
絶叫するなりその傍らに立っていた男と共に黒い液状となった。
「!!」
それが粘土細工のように形をつくり、一つの異形な存在へと変わり果てた。
「不浄ナル存在デアリ、我々ノ脅威トナルオ前ハココデ死ネ!!ダガ、死ヌ前ニ更ナル絶望ヲ刻ンデヤル」
「どういう事だ」
陳鎌の傍らに居た腹黒少女が彼らへと歩み寄り、同じく立ち塞がった。
全員が絶句し、しばし石のように動けなかった。
「……楓姫」
かろうじて陳鎌が発した名前。
名を呼ばれた彼女は以前のような笑みではなく、妖しげな微笑みを浮かべた。