信頼
今週からしばらく研修旅行で海外へ行くので、先駆けて二話アップさせていただきました。
また研修旅行から帰ってきたら、すぐ定期テストが来るので、更新がどうなるか定かではありません。
次回の更新までしばし、お待ち下さいませ。
「……!」
ばっと背後の扉を見た黎琳に何事かと陳鎌が首を傾げる。
念の為解毒剤を打ってもらった直後のため、足元がふらつく。
「おい、何処へ行くつもりなんだ……?」
「衿泉……」
今、確かに声がした。
自分の名を呼ぶ、たくましい勇者の声が。
覚束ない足取りで扉へと近づく。
するとその扉がバアンと乱暴に開かれた。風圧で髪がたなびくのを必死で押さえた。ぎゅっと目を瞑る。
「黎琳!」
聞きなれた声。
目を開ける。
すぐ目の前に彼の姿があった。汗だらけで、多少擦り傷があちこち出来てしまっている。
必死になって駆けつけてくれたのだろうか。
だが……――。
「ああ、やっぱり無事だったんだな。良かった――」
「ちっとも良くないわ、馬鹿者……!」
殴ろうとしたが、足が絡み危うくこけそうになった黎琳を衿泉が支える。
そこへ後続の春蘭、銀蒐が入ってくる。
「ほう、無事で済んだか、黎琳」
「……その口調は春蘭だな?お陰様でな。何とか解毒剤を投与してもらえたので」
「この盗賊団の長が?黎琳殿?」
「ああ」
ばつの悪そうに視線を逸らす陳鎌。
一発殴ろうと思っていた衿泉だったが、黎琳を助けた所を見ると、反省しているようだ。怒りは収まらないが、黎琳が無事だったので、まあよしとしよう。
と、突如足の力が抜けて、支えのなくなった黎琳もろともその場に崩れ落ちる。
「衿泉殿!」
「衿泉、まだ熱あるじゃないか。そんな無理をしたらぶり返すぞ」
「……あんまり俺に無理をさせるな」
はあっと呼吸を整える衿泉はかなり苦しそうだ。こんな無茶をさせてしまったのは確かに自分だ。助けてと言った覚えはないが、それほど心配をかけていたのには変わりないだろう。
――「飴と鞭」とか言うからな。いつもは鞭ばかりだから、たまには飴でいってみるか……。そうしなくて下僕として働かなくなっても困る
目を逸らしつつ、そっと言ってみる。
「その、悪かった……。ありがとう」
次の瞬間、衿泉の顔はただでさえ赤みがあったのに、余計に赤くなった。
俯き、前髪で表情を隠す彼らしくない行動。何が起きているのか分からず、黎琳は訝しげな表情をした。
一方見守っていた三人は視線を合わせて必死で笑いを堪えていた。
「黎琳、見張りをしていた楓姫って女に衿泉はなぁ」
「!言うな!」
慌てて春蘭の口を塞ぐ。
自分でも何であんな事を言ったのか分からない。熱のせいか、頭がよく回らない状態だったので――。だから思い出すと……恥ずかしい。
こんなものを黎琳本人に知られてしまったら、もう絶対顔向けが出来ない!
複雑な心境を汲み取るような器用な奴でない事は重々承知していたが。
「何故隠すんだ?言え」
「な、何でもない」
「何でもなくないだろう。言え」
「……お前には絶対言わん」
「何だと!?」
口喧嘩を始めてしまった二人を見て、春蘭はお手上げ、と言わんばかりに両手を上下させた。
と、意識の中の春零が話しかけてきた。
『春蘭、そろそろ変わってくれないかな?』
「そうだな。美味しい所は一応見せてもらったし」
『あ、そうですか。……心配しなくても春零は大丈夫ですよ。もう取り乱したりしませんから』
「うん、今の春零なら大丈夫だ。あたしの出番はここで終わり。じゃあまた」
すうっと春零の意識が表へと戻された。
まだ口喧嘩を続けている二人に向けて、彼女は怒ろうとしなかった。逆に優しい笑みを浮かべて見守るような表情を見せた。
春零に戻った事を悟った銀蒐は、嬉しそうに口の端を上げた。
「黎琳、無事で良かった」
「?今度は春零?」
「良かった……!」
言うなり春零は黎琳の胸へと飛び込んだ。
「ごめんなさい、嫌な思いをさせて……!」
「過ぎた事だ、いいんだよ」
「……?」
訳の分からない衿泉が首を傾げる所に。
「陳鎌♪」
「楓姫……!?」
楓姫がやって来るなり飛びつき、そのまま後ろに倒れる陳鎌と楓姫。
「ごめん、見事に脱出されてしまっちゃった♪」
「……いいさ。元々これから彼らを解放してやれと言うつもりだったから」
「え?」
陳鎌は彼らを見た。
互いに信頼しあっているこの絆の強さは会話なしでもはっきりと分かる。
自分と最も縁のないその宝物を持つ彼らが羨ましかった。
「僕が唯一手に入れてない宝を彼らは持ってるんだからさ。信頼っていう堅い絆がね」
「……」
あたしだって信じてるもん、陳鎌の事♪なんて言いそうな彼女が珍しく黙ったままだった。
「おっと、武器や金目の物は全部返すよ。楓姫、持って来い」
「了解~♪」
パタパタ駆けていく楓姫の後姿を見送る。
ふと陳鎌と黎琳の視線が合った。
――大丈夫だよ、お前は。ちゃんと信頼されてるさ
目だけでその思いを伝えようとして、思わずふっと笑みを浮かべる。陳鎌もまたようやく笑みを浮かべた。
「それで?解毒薬を貰うまでに至った経緯を話してもらいましょうか、黎琳殿?」
「!?」
「まさか、やましい事なんてしてませんよね?」
「本当まさかですよ~?黎琳は恋愛のれも知らないのに~?」
銀蒐と春零が言うなり凄い勢いで衿泉が黎琳の肩を掴んで揺さぶった。
「本当に色仕掛けとか、してないだろうな……?」
「じゃあ等価交換だ。お前が私にさっきの隠し事を洗いざらい吐くのなら教えてやる」
「!!卑怯な!」
「意地でも教えないなら、こっちも意地でも教えない。それだけの事だ」
彼の正体についての説明を回避して事細かに言うのは面倒だ。
尚も聞き出そうとする理に適わない非常識者にお仕置きをしてやる。うりうりと頬をつねって左右に引き伸ばす。
「いだいっ!ひゃめれくれ!」
間抜けな衿泉の顔に思わず吹き出す一同の所へ。
「陳鎌!大変!」
「楓姫?どうした?」
「彼らの荷物はあったんだけど、その他の武器並びに食料とかがないの!!」
「え!?」
ようやく返って来た自分達の荷物に手を差し伸べようとした時、洞窟がグラリと揺れた。