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龍神烈風伝  作者: 鈴蘭
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     若き盗賊の長

 「はあっ、はあっ……」

 「――……なかなかくだばらないな、この女」

 自分の右手に装備された鉤爪を見る陳鎌。その鋭い切っ先には紫がかった液体が確かについていた。

 これは砂漠に生息している毒蛇から摂れる、強い毒だ。とは言え、その強烈な毒を摂れるのは一部の良く育った希少な毒蛇だけなのだが。

 気に入らない奴はすぐにこの鉤爪の餌食にしてやった。

 それになるのを恐れてか、恭しく下についた者達。

 腹に抱える暗黒の闇を透し見ては憂鬱な日々が続いていた。

 全てが自分の描いた道筋通りに運ばなければ無性に腹が立つのだ。

 理由ははっきりとしていた。

 こんな熱砂の砂漠に捨てて行った両親のせいだ。

 「くっ……そ……」

 胸糞悪い熱が黎琳の体内を蹂躙していた。

 いくら強烈な毒だと言っても死までは至らしめられない。龍の気によって大半は浄化されるからだ。

 だが、かなり毒性が強いらしい。暑さで身体がへばっているのもあるのか、一行に回復の兆しがない。

 ――気に食わない、こいつ!

 身体を奮い立たせる。

 「!そんな、馬鹿な……」

 荒い呼吸を整えようとしながらも、黎琳は敵意を剥き出しにした。

 その威圧感に盗賊の長たる者でさえも恐怖を覚えた。まあ今回の場合は毒に対しての抵抗力に驚いたのもあるだろうが。

 「この私をコケにしやがって……――!」

 気が空気の渦をつくる。この暑さと反応して気は炎を纏った渦と化した。

 唸る炎の渦が容赦なく陳鎌に襲い掛かる。

 「うっ、うわあぁぁぁ!」

 両腕と背中に火傷を線状に刻み付けた。

 その場に蹲る陳鎌に黎琳は一歩ずつ近づいた。

 はっと顔を上げた時には黎琳の掌が確実に陳鎌を捉えていた。

 「形勢逆転だな……」

 「い、今の技は、人のものじゃない……」

 ――知ってる。似たような感覚をしかと覚えている……。これは……

 身を仰け反らせ、うろたえる陳鎌。後ずさり、壁にぶつかっても尚逃れようとする。

 黎琳は彼の目を見て、動きを止めた。

 向けられていたその眼差しは、軽蔑の色を宿していた。

 「ば、化け物ぉぉぉ!来るなぁぁぁ!」

 「!?」

 化け物扱いするなんて何たる侮辱、と以前の黎琳は怒りに狂っていただろう。

 だけど、違った。

 身動きが取れなくなっていた。毒のせいでもあるだろうが、一番は精神的な問題だろう。

 ――私は人間じゃない……。人は妖怪や妖魔の事も化け物と呼ぶ。それは、人外の恐ろしい力を持つ存在だから。だったら、私は?人間じゃなくて、人外の並外れた力を持つ存在である私も、化け物?化け物なのか……?

 妖怪や妖魔と、私は非なるものであれど、人間から見れば、同じ存在?

 幻覚で見せられた己の過去を思い出した。人の村の惨劇。血に塗れた己の姿。あれをしでかしたのは、己自身なのか。

 「……ない」

 ふざけるな。

 「そんなの、認めない!」

 陳鎌の頬を一発ぶん殴った。

 ザザザと地面と肌を擦る音が響いた。

 「私は化け物なんかじゃない!私は妖怪や妖魔とは違う!私は、私は……!」

 人を救うために地上に舞い降りた応龍だ。

 そう単刀直入に言えたらどんなに良いだろうか。

 後に続きそうだった言葉を呑み込み、真っ直ぐに陳鎌を見据えた。

 元から四方にはねた癖のある赤紫の髪。頭につけてあった額当てがハラリと取れた。

 「……!」

 露となったのは額に開かれた第三の目だった。

 額当てが取れたのを悟って彼は慌てて額を両手で覆った。ふいに深緑の瞳が潤んだ。

 「僕を見るな!来るな!」

 「……お前、妖魔なのか?」

 「違う!僕は妖魔じゃない……!れっきとした人間の血が流れているんだ!」

 人間の血が流れているのに、人間ではない。これは一体どういう事なのか。

 「僕には人間の血が流れてる……。けど、忌々しい妖魔の血も流れている」

 両手を地につき、陳鎌は吐き出すように自分の正体を明かした。

 「僕は、人間と妖魔の間に生まれた忌み子なのさ」

 「!!」

 人間と妖魔の間に生まれた子供。

 妖魔であって、妖魔じゃない。人間であって、人間じゃない。

 ――自分はどちらでもないなら、一体何なんだろうって昔は問いかけてたな……

 誰にも言えなかった秘密を言った瞬間、今まで晴れなかった気持ちが晴れたような気がした。

 そうだ、どんなに価値のある財産を手に入れても、仲間と呼べる者がようやく見つかっても、気分が晴れなかったのは……。

 己の正体を隠し続けなければ、このままで居られない。だからこそ正体を明かせないせいだったんだ。

 「……」

 いつの間にやら呼吸も鼓動も落ち着いてきていた。何とか毒を浄化する事が出来たようだ。

 ――全く、私が応龍じゃなかったら死んでいるところだぞ

 怒りは未だに収まらない。

 けれど、知ってしまった。

 この盗賊の長は、自分と同じ苦しみを背負って生きているのだと。

 そして、ずっと孤独だったのだと。

 「私と、同じなんだな……」

 「……?」

 「辛いだろう、苦しいだろう」

 自然と身体が動いていた。

 背後からぎゅっと抱きしめられた陳鎌はその温かみに涙を一粒零した。

 同じく黎琳も胸に広がる孤独と辛さに瞳を潤ませた。


 「ふっ……いい情報を入手したもんだ」

 痩せこけた男が満足気に笑みを浮かべて長の部屋から離れていく。

 どうやら一連のやり取りを聞いていたらしい。

 「前々からあいつの強さは尋常じゃないと思ってたんだ。ついにあいつの尻尾を掴んだんだ……!」

 「おい」

 野太い声が背後からして、男はひっと短い悲鳴を上げた。

 体格のよい健康的な肌色をした男が痩せこけた男を上から見ていた。

 「あいつ、とは、長の事か?」

 「へえ、旦那」

 旦那と呼ばれたその男の目はギラリと光った。

 「ようやく動き出す時が来たようだな」

 そう言うなり黒い影が二人を包むように纏わりついた。

 「滅ぼせ……あのお方の障害になる者達をぉぉぉぉ!」

 影は膨張し、一つの形をした妖魔へと姿を変えた。

 「ヨウヤク見ツケタ……混ザリ者」

 日は暮れ行く中で、その妖魔は深まりつつある闇に溶け出して消えた。


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